第5話 導かれしもの
その日、女子修道院では朝の祈りを捧げている最中だった。突然、一人の修道女が神懸かりの状態となり託宣を授かった。修道院は騒然となり、朝から確認や対応に追われていた。その修道女が授かった託宣は、概ね次の通りであった。
森に現れる
そして、其の者を悪しき者より守り、神の家で保護せよ。
悪しき者、かの者を誘惑せんと悪しき
故に、其方らとは別の禁域を設け守護せよ。
其の者を導きし教会の乙女、これの面倒を見させるのだ。
この神託を受けた女子修道院の院長が、クラビリーヌであった。クラビリーヌは、急いで近くの教会を訪れると、その足で司祭へ報告した。話を聴いた司祭は、教会関係者を町中に向かわせ情報を集めた。クラビリーヌは司祭の指示で、ギルドへ向かい、多くの冒険者の協力が得られるように手配した。司祭も急いで領主の館へ赴き、状況説明と今後の対応を話し合っていた。
ギルドに向かったクラビリーヌは、丁度その時、森へ調査に出かけている冒険者グループの話を聞いた。その話を聴いた時、クラビリーヌは確信に近い何かを感じた。それは神託の内容にある “其の者を導きし教会の乙女”の部分だった。そう、森の調査へ向かった暁の誓いのメンバーにはあの子がいる。神子様を導く乙女は、レイシアであると確信する院長であった。
そして、院長は夕方に南東門へ赴いていた。ギルドからは、冒険者が戻る予定は明日と聞いていたのだが、少し早く戻って来る可能性もあることに気付き、こうして様子を伺っていたのだ。
クラビリーヌ院長はレイシアを大いに褒め、溢れるばかりの微笑みをたたえ抱きしめた。全く状況が理解出来ていないレイシアに、院長は今日一日に起こったことを説明した。
「とにかく、今日は朝から大忙しで、それでそのご神託は
森に現れる
そして、其の者を悪しき者より守り、神の家で保護せよ。
悪しき者、かの者を誘惑せんと悪しき
故に、其方らとは別の禁域を設け守護せよ。
其の者を導きし教会の乙女、これの面倒を見させるのだ。
という内容なの、分かったかしら。」
院長は喜びを噛み締めて、レイシアを見詰めた。レイシアから見ても、院長は嬉しくて仕方がないといった様子だった。レイシアはこの話しを聞いて、意味が理解出来なかった。しかし、霞がかった頭の中が鮮明になると、じわじわと絶望が全身を覆い尽くし、死刑宣告にも似た衝撃を感じた。
(…森に現れる神子?…神の家で保護?…其の者を導きし教会の乙女…
これの面倒を……どういう…こと……面倒をみる……私が?)
レイシアは、あまりのショックに言葉を失い呆然とした。その他のパーティーメンバーも、全く状況が飲み込めなかった。そんな中、殆ど全裸に近い男の前に、クラビリーヌ院長は
「神子様、神様からのお言葉を賜り、お迎えに上がりました。私、クラビリーヌと申します。これより、私達の神の家にご案内いたします。詳しいことは、そちらに着いてからご説明させて頂きます。」
院長はそこまで話すと、持参した司祭用のローブを恭しく掲げた。後ろ手に縛られた男は、少し驚いた表情をしていたが状況を理解して満足げに何度も頷いていた。逆に冒険者グループの人間は、全く何も理解できなかった。
「あのクラビリーヌ院長。その男には、取り合えずギルドでの説明に立ち会わせたいのですが。」
暁の誓いのリーダーであるレオナルドは、このタイミングを逃せば、この話の流れから置き去りにされることに気付き急いで意見を述べた。しかし、院長は何も言わず、ただ微笑みを浮かべて
(えっ、何?意味分かんないんだけど。俺の説明がおかしかった?
この人、頷いたけど、それは連れて行っていいよの頷きじゃないよね。
俺、ちゃんと説明したよね。ギルドで説明って。)
レオナルドは院長の頷きの意味が理解出来ず、相棒のリチャードの方を見たが、彼も首を傾げていた。サーペイスも理解出来ない様子で得意のお手上げですのポーズを取っていた。そんな中、魔法士のシズは憮然とし、レイシアは慌てて拒絶の声を上げるのだった。
「クラビリーヌ院長、それは何かの間違いです。決して私ではありません。その導きし者は、クラビリーヌ院長の事ではありませんか。断じて私ではないと思います。」
「いいえ、レイシア。貴方なのです。貴方しかいないのです。私を乙女と呼ぶには、少々歳をとり過ぎています。森からこの街へ神子様をお連れし、女子修道院と関連のある女性は、あなた一人しかいないではありませんか。それに、ご神託の内容を聴きギルドで確認した時に、私は直ぐに貴方の事を思い浮かべました。故に間違いないのです。本当なら私が、この私がお世話を致したいところなのですが、我が神の申される事に異を唱えることなど出来ないのです。本当なら、私が…」
「そっ、それでも私ではありません。何かの間違いです。こんな…ことが…。」
レイシアの言葉が弱々しく消えて行く。そんなレイシアを優しく抱き寄せ肩を叩く、院長の目は、これ以上の拒否を許さない威圧を含みレイシアに向けられていた。後に暁の誓いのメンバーは、この時の事をこう語った。
“全く勝てる気がしない魔物に、森で偶然出逢ってしまった時のプレッシャーに匹敵していたと”
事実、この時の院長の瞳を間近で見たレイシアは“ヒッ”と小さな悲鳴を上げたのだった。そんな周囲の空気を全く読まない男が一人。
「おぉ〜。一件落着だな。」
その言葉に、その場に居た全員の視線が突き刺さった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから、修道院に向かう者とギルドに向かう者の二手に分かれた。レイシアを除く、暁の誓いメンバーはギルドへ向かい、院長とレイシア、そして神子様と呼ばれる順平の三人は修道院へ向かった。
(どうでもいいけど腰布にローブだけだと、裸の王様みたいになっているのだが、何とかならないか。すれ違う街の住人の視線が突き刺さるのだが。)
のんびり街並を眺めながら院長とレイシアに先導される順平は、多少の居心地の悪さを感じていた。三人は日が暮れた街の大通りを、都市の中央部分に向けて進んでいた。それから街の中心部に位置する広場を通り抜け、さらに西へ進むと教会らしき建物が見えて来た。この教会に隣接する形で、女子修道院は建てられていた。その門をくぐる段になって、慌ててレイシアが確認していた。
「院長様、男性を招き入れて大丈夫なのですか。女子修道院は男子禁制の筈、この者を招き入れれば、いろいろと問題にしかならないのでは。」
「大丈夫です。全て話しはついています。教会と領主様には、了承を得ています。それとも、貴方は神子様と二人きりで神子様の面倒を見たいと、そう仰っているのかしら…。」
この言葉に、レイシアは迂闊に触れてはいけないキーワードに気付いてしまった。慌てて顔を左右に振ると、引き攣った笑顔を浮かべ“神子様独占ダメ絶対”と呪文の如く、何度も繰り返した。
女子修道院はロの字型の建物で、入り口は正面中央部にあり、最も奥に礼拝堂が設けられていた。建物中央が吹き抜けの中庭で、さまざまな植物が植えられ、それを囲むように建物と回廊が存在していた。建物左奥の元院長室が、順平の部屋として割り当てられていた。その隣がレイシアの部屋で、さらにその隣が院長の部屋だった。この配置に思う所があったのだが、レイシアは院長の瞳を見て言いかけた言葉を飲み込むのだった。
「あの〜、ちょっといいかな。風呂か水浴びをしたいのだが、出来るかな。」
順平は自分の体が植物の液で汚れていたので、洗い流したいと思っていた。レイシアはこの言葉に苛ついたが、この上もなく嬉しそうな院長先生に、心の芯が妙に冷めて行く自分に気が付いた。そして、院長が甲斐甲斐しく世話をする様子を静かに眺めていた。
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