第2話 初めまして、そしてさようなら?

 気が付けば鬱蒼うっそうとした森の中に倒れていた。太古の森を思わせる原生林の森、その僅かに開けた空間に男はいた。確か転生ではなく召還であると聞いていたのだが、足下を見ても魔法陣らしきものや魔術的な痕跡を見つける事は出来なかった。


(どういうことだ?誰か迎えに来てくれるのか?)


 周囲を見渡すと、まさに某有名アニメーションに登場していそうな風景なのだが、まさか半透明の巨大な神様が現れるのか!そう思い空の開けた部分に視線を向けてみるが、遥か上空を鳥らしきものがのんびり飛んでいる姿しか見えない。


 しばらく空を眺めていたが、良く晴れた空を白い雲がゆっくりと流れていく光景を堪能しただけだった。これはおかしい。こんな筈は無い。そう考えて1時間程様子を見たが全く変化はなかった。やはり、これではいけないと気持ちを切り替え、生きて行く方法を模索する。まず、水と食料をなんとかしなければ、加えて何か身につけるものが欲しい。先程から股間がスースーのするので落ち着かないのだ。


 せめて何かないかと周囲を見渡し、大小さまざまな葉っぱを目にする。

「やはりコレしかないか。」言葉にすると切なさが込み上げてくる。

 さらに蔦植物を見つけ大きめの葉っぱと組み合わせることで、スカート状の物が出来そうだった。ただ、植物の切断面から白い液が溢れ出し、局部に付着すると爛れるのではないかという不安も無いわけではなかった。この世界の医療がどの程度発達しているのか皆目見当がつかないが、何も無いよりましと考えせっせと材料を採取して回った。


 いつの間にか作業に没頭するあまり、時間の経過をすっかり忘れていた。突然すぐ近くの草むらが揺れ、驚いてそちらを見ると、そこから緑色の物体が飛び出して来た。俺は制作途中の葉っぱのパンツもどきを持ったまま硬直し、アソコは恐怖にすくみ上がった。しかも作業に集中するあまり、体中に付着した植物の液が中途半端に乾き全身は妙にベトベトした。それは何とも情けない状態だった。


(あれは、ゴブリンか?)


 飛び出して来た緑色の物体は、ファンタジーなどに登場するゴブリンの姿と同じに見えた。一瞬、こちらを見たゴブリンもあまりにも異常な光景に驚いた様子だったが、冷静にこちらの様子をうかがい、途轍とてつもなく不憫ふびんな生き物を見るかのような視線を向けて来た。そして、落ち着きを取り戻したゴブリンは、小馬鹿にした視線と明らかに半笑いの表情で見下し、あろう事か鼻で笑いやがった。


 その表情を見た途端、この状況下で抑え込んでいた気持ちが、理不尽な何かに対する何かが弾け飛んだ。好きで裸でいる訳じゃなねぇんだよ!何でこんな思いをしなくちゃいけない!腹の底から込み上げる怒りが、業火の如く吹き出した。


「何見てんだーゴォラァ!見せもんじゃねぇぞ!」

 そう言うが早いか、その時は既に飛びかかっていた。


 ゴブリンは驚いて慌てて逃げようとしたが、突然の攻撃に対処出来ず後ろ向きになったところで飛びつかれた。何一つ身に付けず武器すら持っていない人間が、突然襲いかかってくるとは考えてもいなかっただけに動きが遅れた。さらに悪いことに、人間の男は気付いてしまった。ゴブリンですら局部を布で隠していた。それを見た男はさらに怒りを爆発させ、ゴブリンの局部を隠すボロ布に手を掛けた。


「そいつを寄越せ!」


 大きな声ではなかったが、有無をも言わせぬ物言いが、ゴブリンの恐怖心をさらにあおった。ゴブリンは持っていた筈の武器を放り投げ、自分の腰巻きを必死に手で押さえて、首を左右に振った。本来なら言葉が通じる筈など無いのだが、何故かゴブリンは男の言わんとすることが理解出来た。


「いいから言う通りにしろ、そいつを寄越せば乱暴はしない!」


 腹の底から沸々とした怒りが湧いて来て全く収まらない。さらにゴブリンの行動を見て頭に血が上り、いつの間にか大声で叫び腰布を奪い取ろうとしていた。そして腰布を奪い取ろうとする者と、それを阻止しようとする者の攻防が続いていたとき、またも草むらが揺れ新たに3匹のゴブリンが姿を現した。


 抑え込まれていたゴブリンは、これで助かると歓喜の表情を浮かべ、押さえつけている人間は、新たに現れた3匹のゴブリンですら、局部をボロ布で隠していることに更なる怒りの衝動を爆発させた。この状況では、もはやなりふり構っている訳に行かないと、渾身の力を振り絞り腰布ごとゴブリンを引き寄せた。


 3匹のゴブリンは驚愕していた。目の前で繰り広げられている光景が、理解出来なかった。何かの液体が体中に飛び散った人間の雄とゴブリンの雄がもつれ合っている。しかも、仲間のゴブリンらしきものは恍惚こうこつの表情すら浮かべ、人間の雄は猛り狂いながら、ゴブリンの腰を引き寄せている。普通ゴブリンは人間を捕まえると雄は殺し、雌は生かす。それなのに目の前の人間は何をしている。


 3匹のゴブリンは恐怖した。理解出来ないことに、そして人間に組み伏せられ、なお喜びの表情を浮かべる仲間に。ゴブリンとしての本能が叫んでいた。逃げろと。得体の知れない恐怖と衝動につつまれ、気が付いた時には我先に逃げ出していた。


 本来ゴブリンは森の中でも最弱の魔物であり、集団で行動しなければ直ぐに殺されてしまう生き物だった。そして、ゴブリンの集団は雄ばかりで構成されていた。そのためゴブリンは、他種族の雌を襲いその驚異的な繁殖力で際限なく数を増やして行く。そんなゴブリンは、ある意味悪食とも呼べる種族だ。それがもし、さらなる高位の悪食を目の当たりにして何を思うだろうか?答えは簡単、それは純粋な恐怖であった。


 抑え込まれていたゴブリンは、走り去る仲間の姿に涙が溢れた。そして、理解した。もう駄目だと。ゴブリンの頭の中には、これまでの楽しかった記憶が際限なく現れては消えて行き、どの思い出も愛おしく感じられた。そして、ゴブリンはゆっくりと目を閉じ体の力を抜くのだった。


 突然、ゴブリンの体から力が抜け腰布を奪い取った男は、自分の下敷きになっている哀れなゴブリンを見た。目を閉じて涙を流し、嗚咽とともに震えていた。



(…えっ何?…これって……)

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