神様テレビ

音無 響

第1話 異世界へ

 全方位から、光が押し寄せて来る。

その光りの中に、辛うじで人影らしきものが見える。


“あぁ、昔こんな場面シーンをテレビで見たな”


 確か着陸した円盤から、宇宙人が現れるところが、こんな感じだったか?

眩い光りの中で、ウネウネと揺れる人影。それも複数。

 勿論、彼らもしくは彼女らは宇宙人ではない。


(それにしても……相変わらず眩しい。…)ため息混じりに目を細める。

出来る事ならサングラスを掛けたい。だが、それは許されないだろう。

またもため息が漏れる。俺は仕方なく部屋の末席で、大人しくしている。


「じゃ、会議始めるわよ〜。…と、その前に、お客様は神様です。」


 何の前触れも無く脳内に直接響く声。これぞ正しく、神託と呼ばれるもの。


“神の声である”


 何を寝ぼけた事をと思われるかもしれないが、事実だからどうする事も出来ない。与えられた立場と職務を粛々しゅくしゅくとこなすことが最善である。その事をここに来て逸早いちはやく悟った訳だが、果たしてこれは悟りを開いたと言えるのだろうか?自分自信は宗教などに興味もなく、どちらかといえば無神論者に近い存在だったと思う。そんな自分が神様と直接関わるなど、夢にも思っていなかった。



 本当にどうして、こうなったのか自分にもさっぱり分からなかった。あまりの驚愕の展開に、これはきっと現実ではないと何度も思った。年齢を重ねると物事をあまり新鮮に感じられなくなり、驚きや感動に心が揺れ動くことも極端に少なくなってしまう。しかし、ここでは総べてが斬新で新鮮だ。なんせ人間界ではないのだから。

 とにかく、今日も一日が無事に終わる事を祈る。


「お客様は神様です。」頭を下げつつ、ボソボソ喋る。


 他の出席者である神様達も同様に喋るから、俺の頭の中は今やご神託が嵐のように吹き荒れている。“お客様は神様です”このご神託が音響爆弾のように、鳴り響きながら脳細胞を攻撃してくる。例えるなら教会の鐘がすぐ隣で、リンゴン、リンゴンとけたたましく鳴っている感じだろうか。


 奥歯を噛み締め堪える。急激な気圧の変化に、耳をやられた時のような得も言えぬ不快感に包まれる。少しすれば回復すると自分自身に言い聞かせる。もちろん苦悶の表情など一切浮かべない、常に平常心とアルカイックスマイルを心掛ける。それが、しがない社員の哀しい定めだからだ。


 お陰様で視覚と聴覚は、かなり鍛えられたと思う。まあ、実際は聴覚経由ではなく、直接脳内に伝達されるので、音に対しての効果は期待できないかもしれない。こんな状況にもしだいに慣れつつある。人は慣れてしまう生き物なのだと改めて認識する。そして、人の適応能力とは本当に凄いものだと感心する。


 ちなみに俺の名前は、沢渡順平さわたりじゅんぺい

 現在、神様による神様のためのテレビ、神様テレビの戦略会議に出席中である。

このテレビ局は、制作サイドが神様で、視聴者も神様となる。まさに、神様尽くしなのだが、そんな神様だらけの中に、何故か普通の人間である俺が居る。


 そんな俺の立ち位置は、マルチタレント的なポジションだろうか?

とにかく、忙しいのだ、企画、制作、出演、編集など何でもやらされている。

正直、完全なブラック企業だ。これは明らかに働かせ過ぎだろ、訴えてやる!

となる流れなのだが、訴える場所もなく、ただ時間だけが空しく過ぎて行く。


 一度、神様に待遇改善の要求をしたのだが、俺が言う“辛い、厳しい”など

神様の感覚では、全く以て楽勝、余裕で対処できる筈だと、軽く返された。

その神様曰く、「其方は、日本人だの。日本と云えば、沢山の神様達が御座すところ。この神様テレビの視聴者の多くは、其方の国の神様だ。沢山の神様がいらっしゃる。これは、実にいいことだ。何故なら、唯一神だの唯一絶対神だのになると、人の願いを聴くのも、叶えるのも、神託を授けるのも、罰を与えるのも、全部独りでやらなくちゃいけない。つまり、独り対多数となる。これは難儀でな。泣き言なんか言っている暇など無んじゃよ。最近、よく聞くなブラック企業。そんな言葉が生まれる数千年前から、我々は過酷な環境で働き続けている。その神は、いったい誰の為に働いているか。そなた、知っておるかの?」


 その神様は、遠くを眺めながら、そう仰ったのだ。(実際、冷や汗が流れました。)


「申し訳ございません。とんだ生意気を申し上げてしまい、何とお詫びすれば、大変失礼致しました。平に平にご容赦を。」


 それはもう、目にも留まらぬ早さで土下座しました。全人類を代表して、何度も頭を下げてお詫びさせて頂きました。


 これは余談だが、余りに忙しすぎるのは精神衛生上好ましく無いとのことだ。

 その昔、神様が多忙過ぎて天使達を休み無く働かせた。その結果、精神疾患を患い。堕ちてしまった天使達が大勢いた。暗黒面に堕ちたのか、それとも別なのかはよく分からないが。


(…!!…つまり、堕天使か?……)


 それ以降、ある程度の息抜きと休息は必要と考えられ。真面目に頑張り過ぎない!というよく解らない努力がされている。


(堕天使って、そんな背景があったのか。知らなくてもいい裏事情を知ってしまった。いったい、どれ程長い期間休み無しで働かせたのか。正直、怖くて聞けない。)


 そんな思考の海を漂い、中庸な微笑みを浮かべ会議に参加していた。

ふと、部屋の片隅を視ると黒子がいた。崩れ落ちそうになるが、咄嗟に足を踏ん張って耐えた。思えば、あの黒子とも長い付き合いだ。


(あの黒子の中身は、毎回同じなんだよな? それとも違うのか?

 やはり、あの黒子の中身は、あの方なのだろうか?)


 碌に会話すらした事は無いが、あの方であれば、本当に長い付き合いだな。そんな事を思いながら、遠い目をしていた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 始まりは白い部屋。そう、異世界転生にありがちな、あの部屋だった。

目を開けると、正面に神様らしきお方がいらした。後光が眩しすぎてよく見えない。そして、少しお歳を召していらっしゃるのか、脳内に響く声に老いの気配を感じる。


「まず、始めに断わっておくが、其方は既に……………。」


(おぉ〜神様の解説キターーーーーー!!こっ…これは!異世界転生か?

 チートか?これ…たぶん間違いないよね!!)


 真面に話も訊かず、煩悩ゲージが跳ね上がる。嫌が上でも期待に胸が膨らみ、

あれもこれも実現させたい妄想が、ねじれた欲望の濁流となって溢れ出てくる。

汚れた妄想と抑えることが出来ない、黒い衝動が自分を突き抜けて行く。


 もしこの時、腰に変身ベルトがあったなら、そしてそれが欲望という名のエネルギーで稼働する機械マシンであったなら、自分は確実に変身していただろう。ただ、何に変身したかは秘密だ。普通の人が、俺を見たらドン引きしただろうな。


(やべ妄想が止まらない。ベルトが…ベルトが回転してしまう。あ〜でも、最近のベルトは回転しないんだよな〜。あれ?なんて言えば。)


「ブッへ…。」 (…?…何、今誰か吹き出さなかった?)


 正直に云えば、このときの俺は、欲望の瞳をギラギラと輝かせた、

ただの痛いおっさんだったに違いない。


「では、異世界転生特典じゃが……何が、ええかの〜。」


(ウフォ〜!転生特典キターーーーー!!)


 俺の煩悩ゲージがMAXになる。


(苦節数十年、ついに俺様の時代到来!しかも、夢にまで見た異世界転生!

 何という事か!世界が俺に微笑みかけている!今、この瞬間に俺が…)


「キャラ濃すぎね。でも採用よ」……?…… 俺の頭の中に、直接響く言葉。


(なっ、なに?……採用?……何の話?……)


 焦って周囲を見れば、空中に何かが浮かんでいた。


(何だ?)


 目を凝らし見詰める先の何かが動いた。その何かは、別の空間から差し込まれた手だった。


“……!!……なに……?”


 徐々に引き裂かれて行く白い空間。向こう側は暗黒宇宙のような光景が拡がっている。あまりの出来事に言葉を失い、ただ唖然と見詰めているだけだった。暗黒宇宙のような場所から、眩い光りとともに何者かが白い空間に入り込んで来た。あまりの眩しさに直接見る事が出来ないが、仕草や雰囲気的なものから、女性ではないかと思われた。


 元々、この部屋にいらした神様に目を向ければ、何故だか焦っていらっしゃる。それも尋常でない焦り方だった……そして俺は、この状況に首を傾げた。


 そんな俺は、現在進行形で、何故だか白い部屋で正座している。

俺の隣には、この部屋に元々いらした神様が同じように正座している。


(……えっ!…何故?……)


 しかも滅茶苦茶に震えている。先程から振動が半端ない。

 尋常ではない怯えようだが、横を向く訳にも行かず、正面だけを見据えて話を聞いていた。


 ちなみに俺は転生ではなく転移するらしい。今のままの姿で、新たな世界に召還されるみたいな感じだ。…ん?待てよ。…今のままの姿?…何故だか分からないが、自分が下着一枚であることを神様に訴えると、その神様は申された。


「じゃ、その下着と召還特典を交換すると言うことでよろしいか。」


(……ハッ?……。今、何と?……)


「だから、いま申した通り。召還特典とそのパンツを交換で良いかと尋ねたのだが、理解できないか?」


(……聞き間違いじゃなかった…orz……? あれ、俺喋らなくても伝わってる?

 もしかして、ダダ漏れ?)


「如何にも!其方が考えたことは伝わってくるぞ。」


(!!!……ヤバかった。変な事考えなくて良かった。取り敢えず喋らなくていいのか。便利なのか?まあ、いいか。召還特典とパンツを交換!?どう判断するべきか迷うが、俺の中の答えは決まっている!ここは当然、交換でしょ。あ〜特典って何だろ?)


「召還特典は本人固有の能力だ。」


(あの、色々ある中から選べるとか、パラメーターの成長が2倍とかありますかね?)


「これは、本人次第というか。ポテンシャルの問題でな、本人に素養の無い特典は付かない。つまり、料理が出来ないのに料理関連の特典は付かないということだ。」


(あぁ、成る程そういう事か。仕方ない。)


 俺は覚悟を決めてパンツに手を掛けた。

隣で正座させられている神様がいつの間にか、棒の先端に黒丸が付いた

●—————————————— ←こんなアイテムを持っていた。

パンツを脱ぎ捨てた俺のフリ◯ンの股間を隣の神様が隠してくれた。

まさに、阿吽の呼吸と言えた。パンツを脱ぎ捨てると同時に、局部は隠された。

瞬きよりも素早い動作は、まさに神業だった。


「素晴らしい!最高レベルのパフォーマンスだわ。」


 正面の神様が腹を抱えて笑っているようにも見えるが、後光が眩し過ぎで

 本当はどうなのか分からない。


(これで召還特典を頂けますか!俺は魔法系が…「みなまで言うな。心意気は理解した。異世界で精進せよ!安心せよ、御主は死なぬぞ!では、達者で暮らすが良い。」…えっ?…ちっ…待って……)


 その言葉とともに意識は薄らいで行く。

(あれ?召還特典は?……あれ?)そのまま意識はブラックアウトしてしまう。

 人間の男はそのまま白く輝く光に飲み込まれ消え去った。


 正座した神様はこのチャンスを逃すまいと、消え失せた人間の後を追うようにその場を離れようとしたが、まだ話が終わっていないとそのまま正座させられた。

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