第3話 冒険者たち

 周囲を警戒しつつ探索をしているのは、Cランクの冒険者“暁の誓い”の五人組だ。リーダーのレオナルドはこの国の出身で、名のある男爵家の四男だった。しかし、男爵家の三男や四男などは余程のことが無い限り、成人後は自力で生きる道を探すしかない。相棒のリチャードも似たようなもので、子供の頃からの腐れ縁で冒険者を始めた。正直、二人とも他には選択肢がなかった。

 最初こそ苦労したが、決して無理はせず、どんな事をしても生き残ることを一番に考えた。


 そして、他の冒険者達に頭を下げ教えを乞い、少しづつだが、確実に力を付けて行った。そんな二人のもとにシーフ兼斥候のサーペイス、魔法士のシズ、それと回復役のレイシアが加入した。メンバーとの相性も良く、チーム全体の攻撃力と守備力が一気に上がった。チームとしてのバランスも良く、数多くの依頼を達成することができた。次第に仕事の幅が広がり、気付けばCランクにまで上がっていた。


 今回の依頼は、森林地帯のゴブリンの調査だった。ゴブリンの目撃情報が増えてくると定期的な駆除が検討される。ゴブリンは魔物の中では最弱の部類に入るが、繁殖力が非常に強いため注意が必要になる。迂闊に目を離すと急激に増加し、さらにゴブリンでも強い部類の亜種が誕生すると、弱いゴブリンの一団を率いて周辺地域を暴れ回り、さらにその一団が増加するという悪循環が起こる。最悪の場合、国が討伐に乗り出す必要が出てくる。


 本来、ゴブリンは他の強い魔物のエサとして必要であり、数が減少し過ぎると森林の奥地から食料を求めて強い魔物が出てくるようになってしまう。森林地帯の食物連鎖の最下層に位置するゴブリンは、ある程度安定した数が必要になる。これはギルドや国の基本的な考え方であり、この方針は何処の国へ行っても同じであった。Cランクの冒険者になると今回のような、調査などの仕事もできるようになる。更に上のBやAランクの冒険者になると、高ランクの魔物などの討伐に忙しく、時間を掛けた調査などしている暇がないのが現状だった。


 今、暁の誓いが調査しているのは、サランドリア王国のバーランド侯領北東部、大森林地帯に隣接した中規模の森林地帯だった。森林奥地に多少強力な魔物がいるが、森のごく浅い地域から中ほど辺りまでであれば、問題のない調査だ。


 常識として最弱モンスターのゴブリンが、森の奥地に居るわけがないので、調査は中間地点までで充分なのだ。そして、森の中に踏み込んだのだが、どうした事か森が静まり返っていた。


「リーダー!どう思う?」


 声を掛けてきたのは、長い付き合いのリチャードだった。森に入ってしばらくして5人とも気付いたようで、会話もなく皆が森の奥に注意を向けている。


「確かに、妙に静かだな。」


 立ち止まって全員で様子を窺う。通常、森の中には魔物と普通の動物が混在している。そして、比較的浅い部分は普通の動物のテリトリーがあり、人が森の中に入ると警戒音を発したり、仲間の動物に警告の鳴き声を送るのだが、それが無かった。


「取り敢えず最大限の警戒をしつつ、森の中間辺りまで様子を見よう。ギルドに報告するにしても、何が原因か分からなければ説明のしようがない。」


 そう言いつつ仲間達を見回すと、みな一応に頷いて見せた。森が静か過ぎるのは、あまり良い傾向ではない。強い魔物などが徘徊している場合、自分の居場所を教える鳴き声などは発しないのが普通だからだ。皆、そのことを理解しているため緊張の面持ちのまま、ゆっくりと森の奥に向けて進んだ。


 ある程度、森の奥に入ると小動物やゴブリンなどの低級の魔物を見かけるのだが、やはり痕跡はあるが姿が見当たらない。しばらく森の奥へと進んだが、どうもいつもとは様子が違う。先頭を歩く斥候のサーペイスを呼び止め、大きめの木の根元で少し休憩する。得体の知れない緊張状態が続くと非常に疲れる。長時間に渡り緊張状態が続くと、咄嗟の判断を誤る可能性が高くなる。その結果は、高い代償を支払うはめになった冒険者は沢山いる。そのため上位の冒険者に成るほど、簡単な仕事でも力を抜かない。この程度の仕事と軽く見ない事が生き残る秘訣であり、上位冒険者になる資質なのだった。


「どう思う?動物や魔物の痕跡はあるが姿が見えない。かなり高位の魔物が徘徊しているのかもしれない。」


 リーダーのレオナルドがパーティーの皆に向けて聞く。当然、撤退を視野に入れつつ、今後の方針を決めておくためだ。斥候役のサーペイスは無言で両手を広げた。現在の状況だけでは判断出来ないとの意味だろう。他のメンバーも同様で、特に誰からも意見は出なかった。


「では、このまま注意しながら森の中程辺りまで行く。そこまでの状況で、その先に進むか決める。各人、最大限の警戒で進もう。」


 その言葉とともに全員立ち上がり、奥へと歩き出した。変化はしばらく歩いた先で、突然起こった。先頭を歩いていたサーペイスが手を挙げ、パーティーメンバーに緊張が走る。前方から何か物凄いスピードで近づいてくる。メンバー全員が顔を見合わせる。こんな静かな森の中で、大きな音を立てることの意味。それは、そんな音など気にすることも無い高位の魔物か、もしくはその魔物に追われている低位の魔物のどちらかだろう。


 幸いこちらの存在は気付かれてはいない。何かが近づいてくる直線上は避けて様子を窺う。かなり近づいている筈なのだが姿が見えない。その時点で、追われているのが低位の魔物だろうと当たりをつける。この場合の問題は、その後に続く魔物がどれ程のものかだ。逃げてくる魔物はゴブリンのようだ。なりふり構わぬ状態で、かなり混乱している様子だった。


 リーダーがパーティーメンバーを見渡す。マズい状況だ。錯乱しているようにも見えたが、何が追ってくるのか見極めなければならない。最悪の場合、自分が引きつけて他のメンバーを逃がすことを頭の片隅で考えていた。


 ゴブリン達が高速で駆け抜けた後、彼らの来た方角に視線を向け耳を澄ましてみる。

 特に何も聴こえない。ゴブリン達の後を何も追って来ない。それどころか静かなものだった。レオナルドは警戒をしつつ皆に聞いた。


「どう思う?」


 他のメンバーも意味が分からないため微妙な表情だった。確かに不自然すぎる。森の静寂とゴブリンの行動に関連があるとすれば、この先を確認するしか無い。取り敢えず、女性二人にこの場に残ってもらい、他の男性3人でこの先きを確認することを提案した。リーダーは残される女性二人に、もし自分たちが戻って来なかった場合は、そのままギルドに報告してほしいと伝えた。


 しかし、女性二人は一人が魔法系であり、もう一人が回復系のため、万が一の場合に魔法も回復もどちらの手段も使えないことを心配した。


 しばしの押し問答の後、もう少し先きの様子を伺って決めることとなり、一同は警戒しながら、奥へ進んだ。そして、この判断を巡って後にとんでもない問題が勃発するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る