第31話 再会
いきなり目の前に現れたら彼はどんな反応をするだろうか。
(きっと笑ってはくれないだろうな)
マリアは自分の足がどんどん重くなっていくように感じていた。一歩進む度にシルクとの再会が近づいてくる。
とてつもない嬉しさと同じくらい、巨大な不安が彼女の肩に鎮座していた。
彼の性格を考えれば、自分を遠ざけたいと思うはずだとマリアは考える。怒る表情は想像できないけれども、暖かく迎えてくれることはなさそうだ。
マリアは息を吐く。もう一度彼の笑顔が見たくて家を出たというのに、それでは本末転倒だ。
(それでも、私には無理だった)
彼が故郷を離れて時が経てば経つほどに、狂おしい痛みとなって押し寄せてくる自分の感情にマリアは苦しんでいた。あんな、思いもよらないタイミングでシルクと離れるなんて許せなかった。
(許せないって。何を許せなかったんだろ、私は)
前を歩くアゼルの背中をぼんやりと見つめながら、マリアは自嘲気味に笑っていた。
きっと許せなかったのは己自身だ、とマリアは思う。
ぼんやりと未来を夢見ていた。
色々と不自由に悩むことはあるだろうけど、おそらくは幸せになれるだろう。今と立ち位置が変わったとしても、きっとシルクは自分の手の届くところにてくれるだろう。それぐらいの距離なら、自分は我慢できる。
シルクとの別れが訪れた時、それまで夢想していた、マリアにしてみれば現実的な想像さえも、儚いものだと実感した。
彼の決意を考えればこれが今生の別れとなる可能性もあった。いや、おそらくはそうなったであろう。
そんな、簡単なことさえ気づけなかった自分が許せなかったのだとマリアは思う。
(だから、これは私のわがままです)
スッと、マリアは視線を前に向けた。シルクがどんな反応を見せようが、マリアの決意は揺るがない。
幼い頃から、ずっと受動的に物事を見てきた。そんなマリアが一念発起して外の世界に飛び出した。シルクの背中を追いかけて。
ずっと遠かった背中に追いつけるというのに、今更臆病になってどうするのか。
(まずは落ち着いて。そう、一人の大人として挨拶をしてから……)
シルクと対面した時に、自分がするべき振る舞いをマリアは確認する。成長した姿を、まずは見せてやろうと思っていた。
「嬢ちゃん、ここ」
そんなことをマリアが考えていたら、目的地に着いてしまったようだ。マリアの心臓が、ドクンと大きく高鳴った。
「は、はい!」
「……いやいや、そんなガチガチで。戦いに来たわけじゃないんだから」
マリアが拳をぎゅっと握ったまま返事をするものだから、アゼルは苦笑いを浮かべている。マリアはそのまま全力で駆け出しそうな勢いに見えた。
「まぁ、気持ちは分かるけどさ。そんな状態だと、まともに話もできんだろ」
マリアから事情を聞いているアゼルは彼女の緊張をほぐそうと軽い口調で話しかけている。気を使わせている、と察したマリアは別の意味で体を縮ませていた。
(こりゃ、ダメだな)
アゼルは思案する。考えてはみたものの、経験不足で良いアイデアが浮かばない。とりあえず、やってみるしかなそうだとアゼルは判断した。
「俺がシルクと先に話をするから、ここで待ってな」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
アゼルはマリアから視線を外し、扉の前に移動する。その戸を、こんこんと二度叩いた。
「シルク、いるか?」
アゼルの言葉に、すぐ部屋の住人が返事をした。
「アゼル、戻ったのかい? いいよ、入って」
(あっ……)
マリアは息を飲む。少し低くなったけれども、懐かしい声。それだけで涙が出そうになる。
その声で自分の名を、もう一度呼んでほしい。そんな望みが生まれてしまった彼女の心はすでに制御できなくなっている。
アゼルが扉を開けて中の様子が見えた瞬間、マリアは本能のままに走り出していた。
「ちょ、ちょっと嬢ちゃん!?」
驚きの声をあげるアゼルの脇を抜けて部屋に飛び込む。眼前には、机に資料を置こうとしているシルクの後ろ姿。
間違いない、見間違えるはずがない。マリアはそのまま加速する。
「アゼル、どうしたの。そんな声出して……うわっ」
そして、振り返ったシルクの胸にマリアは勢いよく飛び込んだのであった。
「え、えっと」
眼下から嗚咽が聞こえてくる。腰にまわされた腕は意外に力強く、シルクを固定する。予想外の出来事に、シルクの思考が止まっていた。
もっとも、本当に戸惑っていたのは同じ部屋にいた一人の兵士だ。上官に報告に訪れたら、その上官に泣きついている女の子を目の当たりにしてしまった。その衝撃は計り知れない。
(裏では女、泣かせまくってるのかなぁ)
女性関係で全く噂を聞かないシルクについて、よからぬ想像までしてしまっていた。
「よかった、ご無事で。ずっと、会いたかった……」
(えっ)
泣き声が、意味のある言葉になった時にシルクは驚愕の表情を浮かべていた。
彼女が目の前にいる。そんなわけがない。そんなわけがないのだが。
(そうだ、忘れるはずもないんだ)
その声はとても懐かしい声。幼い頃、両親を亡くした彼女を自分が守ってあげなくてはとシルクは誓った。
涙声を聞くのは、その時以来だ。だから気づけなかったが、今はっきりとシルクは思い出す。
信頼できる人に預けた後も、ずっと気がかりだった。そんな彼女が本当に目の前に。
信じられない思いを未だに持ちながら、シルクは彼女の肩に手を置いた。そして、ゆっくりと体を離す。少し落ち着いたのか、シルクの誘導に彼女は抗うことなく応えていた。
走った勢いでずれていたフードが全て落ちる。そこから、ふんわりと銀色の長い髪がこぼれた。
涙に濡れる紫の瞳をまっすぐに見つめ、シルクは言う。
「本当に君なのかい、マリア」
「はい、兄様。お久しぶりです」
マリアは名前を呼んでもらえたことに、再び感極まりそうになるのをこらえていた。
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