第28話 深き森を越えて
アリエット王国。
ヴェレリア王国や、ティエール諸王連合といった巨大勢力に挟まれながら独立を維持している奇跡の国家。
「相変わらず、
その理由の一つが、今まさにアゼルが苦心している
そして、さらに恐ろしいのは周辺の国から精霊の民と呼ばれる先住民族の存在だ。その名は、アリエット王国の中央に存在する、有史以来一度も水の枯れたことのない精霊の泉から来ている。
かつて、この土地を勢力下に置こうとした国があった。森を焼き払い、一気に精霊の泉周辺にある国府を狙った。しかし、その企みは見事に失敗する。
まず、森が燃えないのだ。水神の加護が強い土地であり、並の炎では負けはしない。樹木を一本、二本焼けただけで鎮火してしまった。
その後、強行突破を目論んだ部隊の最後は悲惨であった。精霊の民を中心としたアリエット王国の戦士が、地の利を生かして襲いかかったという。どこから現れるか分からない、そんな恐怖からか失踪した兵士も多かったと伝えられているのだ。
ナイフを取り出して、枝を取り払うことで道を作っていく。
「枝葉切るくらいは許してくれよ」
アゼルは先程から感じる気配に向けて話しかけた。どうやら、自分は監視されているようだとアゼルは感づいている。
ここで事を荒げるつもりはない。目的は墓参りなのだし、そもそも敵対の意思はないのだ。
ミィナが言うには、アルテ族は同じ先住民族同士、精霊の民とも昔から交流があるという。かつて、お互いの先祖が往来した道を教えてもらった。しばらく使っていなかったせいか、このように森に戻りかけているが想像していたよりも楽な道のりだ。
これなら、思っていたよりも早くシルクのもとに戻れそうである。
「まぁ、そのせいで考える時間もなかったけどな」
野生動物の気配に警戒しつつ山を超え、下りた先でも枝葉を払いながら前に進む。途中、立ち止まるような苦労もないからか作業の連続で考える暇がなかった。
「……もうすぐ、着いちまうか」
もう一つ誤算だったのが、意外と目的地が近かったことだ。アゼルの記憶ではアリエット王国国府から半日の距離に目的地があるはずだ。その目的地が、ヴェレリア王国北部と国府の間を繋ぐこの道の途中にあるという事実が判明したことで更に旅程は短くなった。
「早いのは良いことだけど」
それを一緒に聞いたシルクは、二、三日泊まってきたらと提案してきたがアゼルは首を横に振った。移動時間なら仕方ないと思えるが、そこまでゆっくりと時間を過ごす余裕はアゼルになかった。
ミィナの冗談を真に受けているわけでは決してない。ないのだが、早く戻らなければという思いの方がアゼルには強かった。
「おっ」
急に視界が開ける。森が途切れ、ぽっかりとした空間が広がっている。そこに、いくつかの木でできた家が並んでいた。
遊んでいる子どもの声が風にのって届く。久しぶりに見た景色は、昔のままで時が止まっているかのようだ。
「変わらないな、ここは」
生涯でわずか一年しか過ごさなかった名のない集落。しかし、アゼルにとって唯一故郷と言える場所。
その町は、昔のようにアゼルを迎え入れてくれていた。
「さて、どうするか」
この集落の始まりを知っているアゼルは、腰に差した剣をちらっと見て嘆息する。あまり、戦の匂いが染み付いた自分が町中を歩くべきではないとアゼルは思った。
目的は二つあるのだが、どちらにせよ外れにあるのだから回り込むのが得策だろう。
「せっかく出れたのになぁ」
アゼルは肩を落として森の中に戻る。しかも、今度は獣道を探しながら進まないといけないことに気を重くしていた。
精神的な疲労が大きくなったが、特に問題なく集落の外れにたどり着くことができた。
「ここは、もっと変わらないな」
集落全体を見下ろしている丘の上、そこにはいくつもの墓標が並んでいた。石でできたもの、木でできたもの、信じている宗教が違っていたからか形はまちまちだ。しかし、共通しているのはどれも質素ではあるが綺麗に整っていることだ。
(さすがシスター。一個も手抜きがない)
ここを守っているであろう人を、アゼルは思い出す。これならきっと、母の墓標も問題ないだろうとアゼルは安堵の息を吐いた。
足を進める。母の墓標が見える位置まで来たところで、アゼルは立ち止まった。
「先客か」
予想外のことで一瞬思考が止まったが、その服装に納得して歩みを再開した。
真っ白な衣に身を包んだ少女が、アゼルの母の墓の前で膝をついていた。姿勢を低くしていることも手伝って、彼女の体はとても小さく見えた。透き通った声で奏でられる祈りがアゼルの耳に届く。
聞き覚えのある内容から、彼女が星神教の見習い修道士であることをアゼルは察した。
(教会行脚の途中ってとこか)
この集落にも存在している星神教会は大陸各地に点々と存在している。若い修道士は、修行の度に出ている武僧について様々な場所にある星神教会を訪れるということをアゼルは聞いたことがある。おそらく彼女も、その道中なのだろう。
丁度いい、とアゼルは彼女の横にしゃがんで目を閉じた。言いたいことはまとまっていなかったが、とりあえず祈りの声と一緒に母に報告することにした。
(お袋。ちょっと、まだ覚悟は決まってないけど……何とかやってくよ)
しばらく静かな時間が過ぎ去った後。
「こちらの方のご家族様ですか」
祈りより幼くなった声で、白い修道服を身に着けた少女はアゼルに話しかけてきた。
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