第三章 その華は決して折れることはなく

第26話 命を賭して

 王国からの圧政に苦しんでいたアルテ族が生んだ火種。それは瞬く間にヴェレリア王国北部全域に燃え広がることとなった。


 王国側からは反乱軍、彼ら自身は解放軍と名付けるほどにアルテ族長リチィオが集めた勢力は巨大なものとなる。

 王国北部軍の虚をついたリチィオの策は成功するかに思えた。しかし、北部軍士官シルクの部隊の活躍もあって北部軍は最後の一歩で踏みとどまった。


 フェルデンの占拠に成功した解放軍は北部軍を完全に孤立させる。しかし、解放軍は将であるリチィオが捕らえられ、その動きを鈍化させていた。

 中央の援軍がフェルデンを突破するのが先か、それともダーボン城が落ちるのが先か。緊迫した膠着状態は突然の出来事で一気に解かれることになる。


 この状況を作り出した張本人、シルクの離反である。


 戦局は傾き、運命は結末に向けて疾く流れ出す。幹部が捨てたダーボン城は解放軍によって占領され、北部軍の大半は投稿することになった。この状況が伝えられたことで、中央軍も一度フェルデンから退くことを決断する。


 後に「北部解放戦争」と呼ばれることになる戦は、こうして解放軍の勝利に終わった。


 そして、訪れた平穏。これが束の間のことだと知らずに、戦い疲れた者達は安寧を享受するのであった。



「た、頼む。見逃してくれ」

 追い詰められたオットマーは情けなく懇願する。一時は北部を治める地位にいたとは思えないほど、とてつもなく小さく見えた。

 そんな様子に、ミィナはわざとらしく息を吐いた。


 ひょいっと槍を持ち上げ、流れるような動作で前方に突き刺す。

「ひいっ」

 オットマーの口から声がもれた。槍の先は彼の頬をかすめ、背後の木を貫いた。あまりの速度で目で追えていないオットマーは、ただミィナの発する殺気に気圧されていた。


 槍を突き刺したまま、くいっとミィナは顎で立ち去るように促す。

 行動の意図が読めず様子を伺っていたオットマー。しかし、ミィナが再び攻撃の姿勢をとったのを見て森の奥へと去っていく。

 小さくなる背中を睨みつけ、再びミィナは大きく息を吐いた。


「姉御、逃してよかったのか」

「あねご言うな、あんたの方が歳上なのに」

 ミィナは仲間の言葉に苛立ちながら答えている。仮面で隠していても、苦い顔をしているのが周囲の人間にはよく分かった。

 それぐらい、全身から不機嫌さがにじみ出ている。


「でも、せっかく見つけたってのに。どんだけ探し回ったんだよ、あいつ」

「……」

 それを言われると短絡的な行動だったのではないか、と考え込んでしまってミィナも黙り込む。


 先日解放軍はダーボン城を手に入れたものの、すでに包囲網を抜けて脱出した者も多かった。

 特に北部軍の上層部が姿を消していたことに、ミィナは呆れた。敵側の兵士がすぐに投降してくるのにも面食らったが、もぬけの殻となっていたダーボン城の状態を見ると彼らの弱気も納得できた。


 もちろん、それは上司に見捨てられた兵士への同情心があるからで、他に個人的に納得出来ないこともミィナには多々ある。その、最も大きな者がオットマーの自分に対する態度だった。


(あたしは、最後の相手に相応ふさわしくないってか!)


 彼の命乞いを思い出して、リィナは怒りの感情に任せて槍の刃がない側、石突を地面に叩きつけた。その衝撃と音に、周囲の仲間が何事かと目を丸くする。

「ああ、イライラする」

 ぐつぐつと熱を加えても、煮え切らない心。ミィナはまるでペンを回すかのように頭上で槍を回している。その速度を恐れて、側にいた男は思わず後ずさった。


 アルテの戦士は、死を悟った時に自分が認める相手と最後に命を懸けて戦うことをほまれとしている。旧時代的なことはミィナも重々承知しているし、父であるリチィオからヴェレリア王国だけでなく他の国の文化も教えてもらっているからアルテ以外に通用しない考え方なのも分かっている。

 それでも、自分が憧れたのはアルテの戦士としての生き様だ。この根っこは変わりようがない。故に、戦うまでもなく逃げ出す相手を見ると自分が認められていないような感覚にミィナは襲われるのだ。


 ドン、ともう一度地面に槍を叩きつける。思いの外、スッキリとした顔でミィナは口を開く。

「ま、いっか」

 戦いは終わったと、ミィナは仮面を取る。そして、髪留めを外し髪を下ろした。


「本当にいいのか」

 暴走が止まったのを見計らって、再び声をかけられる。まだ口をすぼめているものの、ミィナの感情は徐々に落ち着いてきていた。

「いーの。フェルデンは通り抜けれないし、山越えしようとしたって熊か狼の餌になるだけなんだから」


 しっしっと追い払う素振りをする彼女を見て、彼は諦めたようだ。ミィナを一人残して、仲間は段々と彼女の側から離れていく。

 そして、誰もいなくなったタイミングでミィナは大きく背伸びをした。


「最後の相手、ねぇ」

 不意に叔父のオルドーのことを思い出す。彼は、すでに長く生きることができないと知ってミィナを連れて最後の戦に出た。

 エンブル砦の攻略。それは失敗に終わり、ミィナは初めて退却するという屈辱をしった。


 そして、オルドーは最後の相手を選んで戦いを挑み、散っていった。


 尊敬する叔父が選んだ者というのは、どれだけ屈強な男だろう。そうミィナは考えていた。

 その相手が、自分と年の変わらぬ、自分よりも華奢な少年だと知った時のミィナの驚きと言ったら無い。

 同時に、オルドーがなぜ認めたのか興味を持った。


 シルク・アルビス。その名を初めて聞いたのは処刑されようとしていた父を助けに行った時だ。

「まぁ、今なら分かるよ。叔父貴の気持ち」

 彼にはミィナの信じてきた強さとは違う力を感じる。


 意思の強さ、とでもいうのだろうか。普通、裏切り者というのはどこか不安が残っているものだ。しかし、彼は一切そういうところを表に出さない。目の輝きは敵として対峙したときと変わらないと、誰かが言っていた。

 もちろん、前の組織を裏切ったのは事実であり、シルクのことを信用できない者達も多い。ただでさえ、目立つ銀色の髪が彼らの恨みを増幅させた。

 しかし、だ。彼らがシルクに対して何か言う度に、シルクは思うことを真っ直ぐに言う。皮肉も通用しないし、ただの悪態は相手にしない。それだけでなく、建設的な意見を返してくる。


 そんなことを繰り返したものだから、現在彼は比較的強い発言力を仲間内で得ることとなった。

「信用もされてるし」

 シルクの部下であった人間は、環境が変わったというのに変わらない態度で彼に接している。彼らの力量は、そう大したことがないというのに多くの戦果を上げていた。


 ああいうのも、『強さ』と呼んでいいのだろう。剣も槍も持たないリチィオに対して、若干蔑みのような感情を抱いていた幼い頃の自分を叱りたい気分になっていた。

 父だって立派に戦っていたのだ、と同年代のシルクの姿を通じて尊敬できるようになった。ミィナはそんな変化をもたらしてくれたことに、感謝の念を抱いている。


「落ち着いたら、一度話してみようかな」


 その時が来るのが楽しみになったミィナは先程の怒りはどこへやら。意気揚々と帰り道を走っていった。

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