第八十八回寿司職人会議

かぎろ

第八十八回寿司職人会議

「これより第八十八回寿司職人会議を執り行う」


 禿頭とくとうの寿司職人が言った。


「議長はこの、寿司屋・太平寿司を営む伊勢田が務めさせていただく」


「議題は何だ」ねじり鉢巻きの寿司職人が応じる。「マグロの漁獲量と排他的経済水域について議論した前回からまだ日が浅いが」


「日本海寿司の大勝丸。おまえも感じているだろう、近年勢いを増している格安回転寿司チェーン店の異常さを。彼奴らは寿司ではなくカレーパンやコーラを喧伝するなどして、日本の伝統を壊している」

「その通りだ」


 太い眉をした寿司職人が憤りに声を震わせた。


「おれの経営する北海寿司のお客さんも言っていたよ。なにがカレーパンだ。なにがコーラだ。全然寿司とは関係がないじゃあないか。ふざけているにも程がある」

「北海寿司の稚内もこう言っている。そこで我らは寿司文化を守るため、本物の寿司の旨さをより多くの人に知ってもらおうと思う。そのためにどうするか。おまえたちに意見を求めたい」

「こんなのはどうでしょうか」


 若い寿司職人が言った。


「おまえは東京湾寿司の海老名」

「今の寿司屋界は上層に行くほど閉鎖的です。高級寿司店であっても、もう少し一般の人に親しみやすくするべきです」

「一理ある。して、何か策はあるか」

「フリーWi-Fi導入とか」

「フリーWi-Fi」

「冗談で言っているわけではありません。若者の七割がスマホ依存症予備軍ともいわれるこの時世、どこでも高速データ通信ができることは非常に重要な要素です」

「ワターシもそう思いマース」


 金髪碧眼の寿司職人が言った。


「おまえはNINJA-SUSHIのマイケル」

「Wi-Fiが使えればマックのように親しみを持ってもらえるし実質マックデース」

「寿司屋だ」

「マック路線、いいと思うよ~」


 優しそうな寿司職人が口を挟む。


「おまえは肯定寿司のイエスマン」

「ハッピーセットで子どもたちを呼び込むべきだと思いますわ」

「おまえはほんわか寿司のさやかおねえさん」

「毎月新メニューを用意してステークホルダーを飽きさせないマーケティングも必要かと」

「クリエイティブ寿司のビジネスチャンス高崎」

「寿司会議 行き着く先は マックかな」

「五七五寿司の松尾」

「創作寿司かあ、どこから作ります? やっぱシャリの米を育む土から?」

「DASH寿司のTOKIO」

「やはりマック路線か……いつ実行する? 私も追随する」

「花京院」


 伊勢田が深々とため息をついた。


「マック路線なぞばかばかしい。おまえたちには寿司職人の矜持はないのか。おい大勝丸。おまえもなんとか言わんか」

「実はな伊勢田。新作を持ってきたのだが」

 ぽつりと呟き、ねじり鉢巻きの大勝丸は寿司の乗った皿を机に置いた。

「大勝丸、これは」

「てりやきマック寿ー司ーだ」

「パクリじゃないか」

「仲間からは旨いと評判でな。自信作でもあるから品書きに追加したのだがマックに提訴された」


 その時突然会議室の扉が開き、黒服サングラスの男たちが現れたかと思うと、大勝丸を裁判所へ連れ去っていった。伊勢田は助けようかと思ったのだが大勝丸の「命運、握られちまったな……寿司だけに」という声を聞いてやめた。


「とにかく」伊勢田が仕切り直す。「マックは駄目だ。訴えられたくはなかろう」


「ならこういうのはどうです」


 背広姿でメガネの男が言った。


「おまえは」


 伊勢田が名を呼ぼうとして、眉を顰める。


「おまえは……見ぬ顔だな」

「私はくら寿司の営業部長、倉田と申します」

「なんと」「どうしてくら寿司側の者がここに!」「スパイか?」「つまみ出せ!」


 飛び交う怒号に倉田は苦笑し、脇に控えていた部下と思しき女性に資料の配布を命じた。

 伊勢田はそれに目を通す。


「倉田よ。これは一体」

「単刀直入に言いましょう。弊社はあなたがたのようなバラエティに富んだ優秀な寿司職人たちを必要としている。その類稀なる個性を活用し、ぜひとも、私たちとともに仕事をしていただきたい」

「馬鹿な。我らは誇りある寿司職人。従うわけが」

「いいですよ~」

「肯定寿司のイエスマン!」

「資料で提示された条件を考えたら、十分連携するメリットはあるわね……べ、別にあんたのためじゃないけどっ」

「ツンデレ寿司のツインテ美少女!」

「     」

「無寿司の虚無までそんなことを!」

「どうでしょう。今すぐに決めてくれとは言いませんが……今以上の待遇は確実に保証しますよ」


 倉田の言葉に、ほぼ全員の寿司職人が協力の意を示した。思わぬ裏切り。唖然とする伊勢田。そんな禿頭の寿司職人の肩に、太い眉をした寿司職人の手が置かれた。


「伊勢田」

「おまえは北海寿司の稚内! そうだ、おまえの先程のような憤りを倉田に」


「あんたもわかってたんだろ。格安回転寿司チェーン店だからといって、伝統を壊しているわけじゃあない。別の方向へ進化しているだけなんだ。カレーパンやコーラを出すのは確かに驚きだが、一方で寿司の旨さもできるだけきちんと追求している。気軽に楽しめる寿司屋という新しい形を、おれたちは、受け容れるべきなんじゃないのか。カレーパンうめえ」


 稚内は既にくら寿司の従業員制服を着ていた。伊勢田は悲しみに泣き濡れた。こうして寿司職人会議は解散したのであった。

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