終幕
「吉兆之助様!ありがとうございました」
宿場町をあとにするその日。町中の人間が吉兆之助たちを見送りに来ている。
見越し入道を倒してからは三日三晩の飲めや騒げやの大宴会。住人からは「一生ここに住んでください」と頼まれたが、丁重に辞退した。二人は旅の途中で寄っただけである。そして、何よりもお江戸と違ってこの宿場町は退屈なのである。
「女将……その……なんだ……」
「はい?」
しかし、吉兆之助にも心残りがないわけではない。女将とは、あの時以来、床を共にする機会はなかったが、あの夜のことが忘れられないほどのいい女である。
「おーい……みんなどうしたんだーい!」
吉兆之助がまごまごしていると、遠くから大きな荷物を馬に乗せた男がやってくる。
「お前さん!」女将は言いながら駆け寄っていく。
「へ?お前さん?」
吉兆之助は間抜けな声を出す。
「聞いてください。このお方があの妖怪を退治してくれたんですよ!」
「本当かい!ああ、この世に神様はいたんだね……」
二人は吉兆之助の側にやってくる。
「ありがとうございます。私はみの吉と申します。女将さんとは将来を約束した仲で…」
「お、おう、そうかい…」
吉兆之助の顔は引きつり明らかに動揺している。
「旦那?」平助の訝しむ声。さすがに何かに気付いたようである。
「吉兆之助様……本当にありがとうございました……あの時のことは決して口外は致しませぬ……」
女将は吉兆之助に耳打ちする。
「どうしたんだい?」
「いいや、何でもないよ。お前さん」
みの吉と女将は寄りそう。まるで何年も連れ添ったかのような夫婦にさえ見える。
「おう、じゃあ、二人とも幸せにな。あばよ!」
吉兆之助は振り返り宿場をあとにする。背後からは町人たちの感謝の声が沸き起こる。
「旦那?」
「黙れ、平吉。何も言うんじゃねぇ……」
二人は無言で歩く。やがて宿場は見えなくなり、声も完全に聞こえなくなる。
「はぁ~……」吉兆之助は大きなため息をつき近くの岩に座り込む。
「旦那……こう言っちゃなんですが、旦那は女に甘すぎるんですよ。正直、今回の金子だってあんな化け物を相手にした割には全然ですぜ?」
「うるせぇ……んなこたぁ、わかってるよ……でもよ。い~い女だったんだぜ?」
吉兆之助はあの晩のことを思い出すように締まりのない顔で言う。これには、平助もあきれ顔だ。
「そんなに良かったなら、あの時に全部ぶちまけちまえばよかったでしょうよ?」
「はっ、馬鹿言うねぇ。そんな無粋な真似ができるかよ。男と女の仲なんてのはな?一夜限りの夢物語の方が味があるって言うもんよ」
吉兆之助は立ち上がると着流しのほこりを払う。
「でも、本当は心残りなんでしょ?」
平助の問いに答えずにただ、小さく笑い吉兆之助は歩き始める。
「たび~ゆけば~……」
────────────────
べべんべんべべん!
さあ、見事に宿場町の妖怪退治成し遂げた吉兆之助御一行。このまま無事に京の都にたどり着けるのか?はたまた、またも厄介ごとに巻き込まれてしまうのか?
しかーし、それはまた別のお話!
吉兆之助の活躍は今日はここまで!またいつか皆様とお会いできる日を楽しみに!
ご清聴、ありがとうございました!
化け物殺し・吉兆之助退魔異聞 ~見越し峠血風奇譚~ 鶏ニンジャ @bioniwatori
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