餓鬼・六殺

ホー、ホー……


深夜…道の真ん中、たき火のそばに、馬と二つの人の影…どうやら、二人と一頭が野宿をしている。


「旦那ぁ……こんなとこでのんびりしてていいんすかい?敵の縄張りでのん気に一夜を過ごすなんてぞっとしやしねぇや……」


平助がもう一つの影に話しかける。だが、返事はない。寝ているのであろうか?しかし、彼は構わずに話し続ける。


「だいたい、旦那が悪いんですぜ?こんな依頼を……」


平助の愚痴は止まらない。


「おい、どうなってる……」「わからん、やつは死んだのか?」「やつらが生きてるなら死んでんだろ」「どうする」「やるのか?やるのか?」


雑木林の暗闇に、12個の赤い光……奇妙な声が平助たちを見ながら、雑木林の影で不快な甲高い声で相談をしている。六つの影の見た目は同じ、額に二つの角、ぽっこりと出た腹、青黒い肌、そして、手には粗末な棍棒……餓鬼である。いや、一匹だけ他の餓鬼よりも一回り大きいものが混じっている。


「やならなきゃ俺らが殺される」「御屋形様はコワイ!」「どうする」「やるのか?やるのか?」


体の大きい餓鬼が前に出る。餓鬼たちの頭なのだろうか?手にした棍棒も一回りも二回りも大きい。


「同時に行くぞ……俺とお前は手前のやつを、お前とお前は奥のやつだ……お前らは馬をやれ……」


リーダー格の鬼は他の餓鬼とは違った、不快には変わらないが低い声で言う。他の鬼たちは無言で頷く。そして……


「行くぞ!!」


雑木林から走り出し、道に出たその刹那!

「ギャーーーーー!」

上から降りてきた何かに背後から、唐竹割に左右真っ二つに叩き切られる!

「ひとーつ!」

餓鬼たちはあまりの出来事に一瞬動きを止めてしまう!そして、そこには月明りに照らされた……


      化け物、殺してござ候

       極楽院 吉兆之助


「二つ!三つ!」

影は振り向きざまに二体を斬り伏せる!

これはいかなることであろうか?

そう、かがり火は囮である!吉兆之助は木の上で息を殺し、狡猾にこの機会を狙っていたのだ!残りの餓鬼は慌てて棍棒を構える!

「おう、助けてやるとは言わねぇし、逃げろとも言わねぇよ?ただ……」


刀を正眼に構える。


「楽には殺してやるから安心しねぇ」

「キシャーーーー!」


一匹の餓鬼が言い終わると同時に、棍棒を振り上げ飛び掛かってくる!


「四つ!」

「ギャーーーー!!」


刀を振り上げ袈裟切りに真っ二つ!


「キシャーーーー!!」


更にもう一匹が、刀を振り下ろした吉兆之助に襲い掛かる!


「五つ!!」


刀の切っ先を返し股下から脳天へ向けての一閃、真っ二つ!


吉兆之助は最後の一匹を見る。完全に戦意を喪失し棒立ちになっている。


「た、助けてくれ……お、俺らはあいつに無理やり……な、なんでも話す!い、命だけは!」


吉兆之助は無言で刀を構えなおす。まっすぐな、それでいて殺意のこもった冷たい視線で餓鬼に問う


「……お前らはあと何人いる?」

「お、俺ら以外にはもういない。御屋形様は怖いお人で、ちょっとでも気に入らないことがあるとすぐに手下でも殺して食っちまうんだ……」


吉兆之助の顔が一層険しくなる。


「どこにいる?」

「この峠のてっぺんにある古寺だ。な、何なら道案内もする……そ、そうだ!御屋形様の正体は……」

「見越し入道だろ?」


餓鬼は押し黙る。もう話すことは何もない。そして、吉兆之助の目から殺意が消えることもない……


「う、うわーーーー!」


餓鬼はがむしゃらに吉兆之助に殴りかかる!


しかし、吉兆之助は大きく踏み込み、その突きが深々と餓鬼の胸に突き刺さる!


「六つ!」


「ガ……お、俺が死んでも……御屋形様が……お前をころ……」


餓鬼は最後に呪詛を吐きながら絶命、どろどろと溶け、この世から消え失せた…


「だ、旦那?終わったんで?」


すべてが終わり平助がおずおずと近づいてくる。

吉兆之助は刀を収めながら平助を見る。馬も平助も無事であり、あたりに怪しい気配もない。


「終わったぜ……だが、ちょいと厄介なことになりやがったがな……」


吉兆之助は顔をしかめる。


「さっきの餓鬼どもの頭の事ですかい?」

「ああ、相手は思った通りの見越し入道だが……」

「旦那、すいやせん。見越し入道ってなんですか?」

「おめぇ……そんなことも知らねぇのかい?」


吉兆之助はあきれながらも簡単に説明する。

見越し入道…峠に現れて人を襲う妖怪。僧侶の姿で現れ、見上げれば見上げるほどにどんどんと大きくなるという。


「見越したって唱えりゃ助かるとか言われちゃいるが、その程度で何とかなるならこんなことにはなるめぇよ。しかも、妖怪まで食ってやがる……」

「ど、同族食いですかい?」


平助にも緊張が走る・妖怪が人を殺し食うのは不思議なことではい。それによって力も得る。食えば食うほど、長く生きれば生きるほど強くなる……それが妖怪と言う生き物だ。

しかし、同じ妖怪を食うのは妖怪の間でも禁忌の行為とされている。人を食っても残酷になっていくが、同族である妖怪を食らえば人とは比較にならないくらい残酷……いや、それ以上の危険な存在になるため、周囲に破滅をもたらしかねない。妖怪を食らった妖怪を妖怪が殺すということも珍しくはない。


「旦那……逃げるってのは……なしですよね?」


平助は聞く。分かってはいる。吉兆之助は逃げるような男ではない。だからこそ、その男気に惚れこみ妖怪退治などと言う危ない橋を共に渡っているのだ。


「そうだなぁ……」


吉兆之助は顎をさすりながら目を閉じ、しばし考える。

そして、目を開き、にやっ不敵な笑みを浮かべつつ平助を見る。


「平助よ。今回ばっかりは、おめぇの命を預けて貰うことになるかもしれねぇぜ?」

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