化け物殺し・吉兆之助退魔異聞 ~見越し峠血風奇譚~
鶏ニンジャ
前口上 峠の怪異
べべんべんべん!
さあさ、皆さんお立会い!華のお江戸の妖怪退治!腕はめっぽう立つが、女と義理人情にはとんと弱い。そんな伊達男、
今回のお話は、お江戸を離れて三千里!三度の飯より博打好き、ちょいと気に弱いのが玉に瑕の渡世人の
しか-し、なんとなんと、泊まった旅籠の近くの山にゃあ、馬鹿でっかーい妖怪が出るって言うから一大事。
泊まった旅籠の女将にゃ泣きつかれ、これを見捨てちゃ漢が廃る!
このでっかい妖怪を吉兆之助は見事打ち倒せるのか?宿場の平和は守られるのか?
化け物殺してござ候!極楽院 吉兆之助の大活躍!ずずずいーっとご覧あれ!
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「たび~ゆけばぁ~……」
吉兆之助は馬子に引かれて馬の背で、三味線を弾きながらのん気に歌っている。
「旦那…のん気すぎやしませんかね?これから俺らは人を食らうって言う妖怪相手に大立ち回りしなきゃならないんですぜ?」
「何を言ってやがる。いつ、お前が戦ったって?」
吉兆之助は三味線を弾くのをやめて平助に投げ渡す。平助はそれを落としそうになるが何とか受け止める。
「旦那、見くびっちゃいけやせんぜ!あっしだって、こう見えてもやっとうの稽古はしてるんですぜ?」
平助は三味線の首のところをもって刀を構える真似をする。しかし、明らかに素人もいいところ、適当な構えでしかない。
「はいはい、大先生。そん時になったらビシッといいところを見せてくれよ」
ここは人を食う巨大妖怪が出ると言われる峠の道中。右手は雑木林のなだらかな山、左手は谷になっている。谷は深く、落ちたらひとたまりもないだであろう。
この二人、いつもはお江戸の妖怪退治で稼いでいるが、かの妖怪・
当然、彼らも江戸っ子。宵越しの金は持つまいと吉原や高級料亭へ繰り出そうとしたが、季節は春。遠出をするにはちょうどいいと言う事で、江戸ではなく京の都で贅沢三昧と考え旅に出たのだ。
「しっかし、旦那。よく今回の仕事を引き受けやしたね。しかもあの程度の金子で引き受けるなんて……」
男二人の気ままな旅路。あっちへふらふら、こっちへふらふら。そんな旅の途中に妙にさびれた宿場町に到着した吉兆の助様御一行。
しかし、この寂れた原因が妖怪の仕業と分かったときには後の祭り、すっかり日も暮れてしまったので、しぶしぶその宿場町の旅籠に泊まることとなっしまったのだ。
「馬鹿野郎が。孔子様のありがたいお言葉にもあるじゃねぇか。「義を見てせざるは勇無きなり」ってな。旦那をなくして一人で旅籠を切り盛りしてる女将に、泣いて頼られたのを無下にしちゃぁ漢が廃るってもんよ」
平助は普通の旅姿だが、吉兆之助にいたっては、上背もあって眉目秀麗、しかも、背中には
化け物、殺してござ候
極楽院 吉兆之助
と書かれた、いつもの赤と黄色の派手な着流し姿で旅をするものだから、とにかく目立つ。
その姿を見た女将は吉兆之助に泣きすがり「どうか、峠の人食い妖怪を、宿場の皆のためにも御成敗を」と頼んできたのである。
「旦那…旦那はそんなにいいお人でしたっけ?」
確かに、吉兆之助も最初は引き受けるつもりはなかった。
だがしかし、これは平助は知らぬことだが、その晩に女将は吉兆之助の部屋を訪れたのだ。最初は吉兆之助も驚き、拒否もしたが、そこは彼も男である。据え膳食わぬはなんとやら、女将とはそういう仲になってしまった。
女将は「これはひとり身の寂しさゆえ、この件は一夜の夢として口外はいたしませぬ」と約束したが、「肌を重ねた女を見捨てる」などと言うことは吉兆之助の信念に反する行為。
かくして、平助が知らぬ間に吉兆之助は妖怪退治をすると決めたのである。
「旦那…なーんか変な感じじゃありやせんか?何というか静かすぎるというか……」
平助はブルルッっと身を震わせる。確かに、おかしい。春先の…しかも、昼飯を食ってすぐに出発したので、お天道様もまだ高い位置にある。しかし、周囲からは生き物の気配が感じられない。
「だなぁ、確かに妙に静かだ…ところで馬子のおっさんよ。一ついいかい?」
吉兆之助は馬をなでながら馬を引いていた老いた馬子に問う。この馬子もこの峠を越える必要があるということで雇ったのである。
「へい、何でございやしょう……」
年相応のしがれた声で返事が返ってくる。
「いや、この先で何人待っているかと思ってな?」
「……一体なんのことでございやしょう……この先は……」
「左は川で谷になって、右は雑木林の深い山……待ち伏せするには絶好じゃねぇか。なあ、そうだろ?」
一瞬の沈黙…だが、次の瞬間
「うぎゃーーー!」
走り出そうとした馬子の足には、吉兆之助が投げた小刀が深々と突き刺さり前のめりに倒れ込む!
「どうどうどう……まったく、いきなり走り出すからこいつが驚いちまったじゃねぇか」
吉兆之助は馬をなだめる。倒れた馬子は、額から二本の小さい角、ぽっこりと出た腹、肌はみるみる青黒く……子供くらいの背丈の完全な餓鬼の姿になる。
「だ、旦那……」平助は目を見開く。
「おいおい、気付かなかったのかい?やっとうの大先生も形無しだねぇ」
吉兆之助は馬から降りると、手綱を平助に渡し、餓鬼に近づく。餓鬼は必死に逃げようとするが小刀は深々と突き刺さり立つことすらできない。
「ぎゃー!!」
吉兆之助は油断なく、自分の剣が相手をとらえられる距離まで近づく。
「馬鹿だねぇ…おっそろしい化け物が住む山なんて、例え退治するやつが一緒でも、まともな人間なら越えようとは思わないだろうよ……で、仲間は何人だい?」
「う、うう……な、仲間は六人だ!こここ、ここからもっと先、ふ、古いつり橋の上で挟み撃ちにする計画だ!」
餓鬼は耳障りな甲高い声で話し始める。
「他には?」
「ほ、他のやつらはみんな死んじまった…た、頼む改心するから命ばかりは…死ねぇぇぇぇ!!!」
餓鬼は隙を見て吉兆之助に飛び掛かる!しかし!
「……」
抜刀一閃!目にもとまらぬ速さで餓鬼の首が飛び谷底へと転がっていく。餓鬼の体はたちまちどろどろと溶けだし、水たまりのようになったが、すぐに地面に吸われた。
妖怪の体は現世にとどまらないのが、この世界の
「旦那、よかったんですかい?」
「なんだ、平助?同情でもしてるのか」
「冗談はよしてくだせぇ。やつらは人を殺してるんですぜ?」
「ああ、そうさ。殺したら殺される…」
吉兆之助は小刀を抜き懐にしまい、代わりに何やら紙切れを取り出す。
「それが、あいつらと俺らの理よ」
言いながら紙切れを見る。そこには簡単な地図が書き込まれている。
「今はここで……待ち伏せているのがここか……ここにはこいつがあると……ほうほう…」
地図を見ながら一人で何やら頷いている。
「だんな?あっしにも説明しちゃくれませんか?」
ブルルル!っと馬のいななき
「ほら、この馬の不安がってますぜ?」
「おう、わりぃな。やつらを一網打尽にする手が思いついたんでな」
吉兆之助は不敵な笑みを浮かべながら平助にその手を説明し始めた。
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