第5話

「第二回キャラクター紹介だぜ!」

 金髪ツインテール少女、凪はノリノリで叫ぶ。

「第二回に紹介するのは『名前とか見た目の設定が某執事マンガのヒロインじゃね』と言われているあたし、高岡凪の紹介だ!」

 そこには触れない方向で……。

「まあ、その某作品はもう終わるから大丈夫だ」

「そういう問題か……?」

「それにうちの作者はその漫画のファンだからさ」

「おう」

「途中まではコミックス揃えてるから」

「全部そろえろや」

 サ○デーで連載は追ってるので……。

「さあ、細かいことは置いといてあたしのキャラ紹介行くぞー」

 凪が話を打ち切ろうとしたそのときだった。

「ちょっと待つんだよ!」

 凪の話を遮ったのは、黒髪の美少女、愛原そよぎである。

「読者から『キャラデザが想像してたのと違う』と言われてるこの愛原そよぎから一言言わせてもらうんだよ」

 そよぎは凪を真っ直ぐに指差して叫ぶ。

「凪ちゃんは前回、私のキャラ紹介を奪って、実質的にキャラ紹介をしてもらっていたんだよ!」

 激しい剣幕で迫るそよぎに、凪はいつも通り、にこにこと笑って応じる。

「あはは、前回のキャラ紹介はそよっちのキャラをしっかり説明できていたと思うぜ」

「そ、そんなことないんだよ!」

 そよぎは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「前回のキャラ紹介で終わったら、新規の読者は私がおバカさんキャラだと勘違いしちゃうんだよ!」

「あってるんだよなあ……」

 僕の呟きを無視して、そよぎは喚く。

「ともかく、私のキャラ紹介のやり直しを要求するんだよ!」

「わかった、わかった」

 凪は一つため息をついてから言う。

「あたしは大人だからな。今回はそよっちに譲ってやろう」

「ほんとに?」

「ああ。今回の主役はそよっちだ」

「やったあ」

 そよぎはうさぎのように飛び跳ねて喜んでいる。

「……その方が面白そうだし」

 凪の小声のつぶやきはそよぎの耳には入っていないようだ……。


「というわけで、今回は私のプロモーションビデオを放映するよ」

「プロモーションビデオ?」

 僕は前回の有様を思い出して、思わず顔をしかめる。

 その僕の表情を見て、そよぎは頬を膨らませて言う。

「前回とは違うんだよ! 今回は凪ちゃんと違って、きちんと敏腕Pの監修のもと制作したからね!」

「敏腕P……?」

 嫌な予感しかしない……。

「さあ、今回はそのPが放映の準備も整えてくれてるからサクサクいくよ! ぽちっとな」

 そよぎはどこからか取り出したリモコンのスイッチを入れる。

 僕たちの目の前に巨大なスクリーンが現れ、そこに映像が投射される。


『愛原そよぎの一日』 


 そんなテロップが表示され、映像が始まる。


ナレーション(以下N)「我々は今回、この世界が誇る至宝、愛原そよぎさんに独占取材する許可をいただいた。これは、美少女愛原そよぎのとある一日を追ったドキュメンタリーである」


「………………」

 僕は黙って映像を見つめる。


N「愛原そよぎの朝は早い」

 画面に髪を梳いているそよぎの姿が大写しになる。

N「彼女はその美貌を維持するために努力を欠かすことはない。徹底した自己管理。それが彼女の美しさの秘密だ」

そよぎ「あれ?」

 画面の中のそよぎが間抜けな声を漏らす。

そよぎ「雪哉ー。この髪留めどうやってつけるんだっけ?」

 ガタゴト(カメラをどこかに置く音)

雪哉「そのリボンは髪に巻き付けて使うんだよ、姉さん」

そよぎ「むうう……。なに、このややこしいリボン……。こんなの本編の私の容姿の描写に入ってなかったんだよ」

雪哉「そういう髪飾りがないと、表紙が目立たなくなるから……。あ、もちろん、姉さんは、そんな髪飾りがなくたって、素敵だよ!」

そよぎ「はいはい。まあいいや。雪哉、つけて」

雪哉「はい、喜んで!」

 手慣れた様子でそよぎに髪飾りをつける雪哉。

N「彼女の美の追及への姿勢には驚かされるばかりである」


(だ、駄目だ。まだツッコムな……こらえるんだ……)


N「彼女のこだわりは食事にも現れる」 

 ダイニングテーブルにつくそよぎ。その前に置かれているのは、トースト、サラダ、スープ、スクランブルエッグにコーヒー。それらが高級感のある食器に盛り付けられている。まるで、高級ホテルの朝食のようだ。

N「一日に三食。栄養のとれた食事をすることも肉体の管理には必要なことだ。このような小さな積み重ねが今の彼女に繋がっているのだという」

そよぎ「うっ……」

 そよぎはサラダに手をつけかけて手を止める。

 そよぎが探るようにキョロキョロと周囲を見回した後に、皿に乗っていたトマトを箸でつまむと、

そよぎ「えい」

 別の席に置いてあったサラダの上に乗せてしまった。

そよぎ「ご、ごちそうさまでした」

 そよぎは逃げるようにその場を後にした。

 ゴトッ(カメラをどこかに置く音)

雪哉「……姉さんの残したトマ――」

 ブチッ(映像が途切れた音)

N「彼女は自分にとって必要なものを見極める慧眼を持っているのだ」


(まだあわてるようなツッコミどころじゃない……)


N「彼女は神にも等しき尊い存在であるが、同時に学生でもある。彼女は学生の本分が勉学であることも理解している」

 画面に教室の映像が映る。どこから撮っているのか解らないが、どうやら授業中の様だ。

そよぎ「はい!」

 そよぎはスッと真っ直ぐに手を上げてから起立して言う。

そよぎ「答えは3です!」

教師「いや……私、まだ問題出してないんだけど……」

そよぎ「じゃあ、3.14です!」

教師「いや、今古文の時間なんだけど……」

 コトッ(カメラをどこかに置く音)

雪哉「姉さん、これを」

 雪哉から紙を受け取ったそよぎ。

そよぎ「その『なり』の識別は……『らぎょうよだんかつようどうし【なる】のれんようけい』……です!」

教師「いや、確かに今からそれを聞こうと思ってたし、あってるけど、今さっきの小等部の子はどっから現れたの……?」

N「彼女の勉学における姿勢には頭が下がるばかりである」


(待て。ツッコむな。これは孔明の罠だ)


N「学業やスポーツ、部活動と様々なことに精力的に打ち込む彼女だが、そんな彼女にも羽目を外し、リラックスする時間はある」

そよぎ「お風呂~♪」

 そよぎは鼻歌を歌いながら、着替えを持って脱衣所に向かう。

N「我々は今回、密着取材にということで特別に中に入ることを――」

そよぎ「許してないから♪」

N「密着取材――」

そよぎ「ダメでーす♪」

ピシャリ(扉が閉まる音)

N「……この奥ゆかしさも彼女の魅力の一つであろう(震え声)」


(本当にツッコみたいという気持ちで……胸がいっぱいなら……! どこであれツッコミができる……! たとえ、それが……肉焦がし……骨焼く……鉄板の上でもっ……!)


N「彼女の多忙な一日も終わろうとしている。就寝のための準備を終えた彼女はベッドに入る」

そよぎ「ふわあ……」

 ぬいぐるみが所狭しと置かれたベッドの上。そのぬいぐるみの山に埋もれるようにして、そよぎはベッドの上でに横になる。

そよぎ「おやすみ……」

N「………………」

 コトリ(そっとカメラをどこかに置く音)

雪哉「………………」

そよぎ「雪哉、自分の部屋で寝なさい♪」

雪哉「……密着取材」

そよぎ「自分の部屋に行きなさい♪」

雪哉「………………」

N「……この意志の強さも彼女という存在を形作る一つのピースなのだ(震え声)」


N「我々は今日一日を通して、『愛原そよぎ』という一人の女性の魅力に迫った。しかしながら、今回の取材で彼女の魅力のすべてを充分にお伝えできたという自信はない。それだけ、彼女の魅力とは途方もない深淵さを持ったものなのである。我々はこれからも彼女の存在を追い続けていく。彼女のことを愛する一人の人間として……」

【完】


 映像が終了する。

 そよぎは言う。

「どうだった? 私の魅力は伝わった?」

「ああ。ある意味、十二分に伝わったよ……」

「ふふん。そうでしょう。これを見た人は私の魅力にメロメロだろうね」

「ああ、そうだな……」

 逆に狙って作ったというのなら大したものである。


「私も満足したから、最後にサプライズを一つ言って、今回は終わりにしますか」

「サプライズ?」

 そよぎは満面の笑みで言った。

「今回のPV制作仕切ったPを紹介するよ!」

 そよぎはいつの間にか背後に現れた人影に掌を向ける。

「こんにちは、幸助さん」

 そこに立っていたのはもちろん美少年の愛原雪哉。彼は折り目正しく頭を下げる。

 そよぎは言った。

「なんとPの正体は、私の弟の雪哉でしたー」

「うん、知ってた」

 今世紀で最も驚きの少ないサプライズでした。

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