第37話 雨

 片付けをしていると「そういえば」とケイちゃんが口を開く。

「ココが治ったら快気祝いとか…まぁ色々兼ねてパーティでも開かないかって。」

「オーナーが?」

「あぁ。一応は俺の親にもなったわけだからな。あの人。」

 そうだよね。養子縁組したのに、その相談もなければ、養子になってから一度も会えてないよね。今はインフルエンザだから仕方ないんだけど。

「じゃ盛大にやらなくっちゃね。」

「ささやかなのでいいって。」

「どうしてー。」

 ふくれる私にクククッと笑うケイちゃん。そして腕を回して引き寄せられて頬に唇がそっと触れる。

 もう当たり前化してますけど、こっちは割とまだまだ緊張するんですよ。


 私の体調もよくなってきているし、異常行動どうこうも心配ないということで、さすがに今日からは別々で寝ることにした。

「寂しかったらいつでも寝に来ていいんだぜ。お姫様。」

 ケイちゃんはクククッと意地悪く笑ってる。

「大丈夫です!」

 色気だだ漏れのケイちゃんと毎日一緒に寝るなんて心臓がいくつあっても足りないから!

「でも今晩の天気予報は雨だぞ。本当に無理するな。」

 いたずらっ子の顔だったケイちゃんが、たちまちお兄ちゃんの顔になる。立場が変わってもケイちゃんは変わらないなぁと胸が温かくなった。


 真夜中。ザーザーと激しい雨音と、バタンとドアの閉まる音に目が覚めた。

 ケイちゃん起きたのかな?

 そう思ってリビングに行ってみようかなと部屋のドアを開けた。廊下の明かりがついていて、そこには真っ青な顔をしたケイちゃんが立っていた。

「ココ…やっぱりダメだったか?雨…。」

 何を言って…。

「私の心配よりケイちゃんこそ大丈夫?私は雷が鳴らなければよっぽど…。」

「そっか…。」

 心配になって近づいた私の肩にケイちゃんが頭を乗せる。

「ダッセーな。俺。」

「ダサくないよ。っていうかダサいって何が…。」

「一緒に寝て…。」

 ドキンッと心臓が跳ね上がる。

 弱ってるみたいだけど、弱ってる時ってお色気もだだ漏れするもんなの!?

「あの…。ケイちゃん?」

「とにかく来て。」

 手を引かれ、ケイちゃんの部屋へ逆戻りすることになった。


 ベッドに入るとがっちり抱きしめられて、息苦しいくらい。ドキドキしているとケイちゃんに似合わない弱々しい声がする。

「どこにも行ったりしないよな?」

 その言葉はギュッと私の胸を締めつけた。

 そうだ。ケイちゃんも雨のせいでママが亡くなったと思ってて、自分が大切だって思うと居なくなるって…。

「大丈夫だよ。私はその辺はママ似じゃなくてパパ似みたいで頑丈だから。」

「頑丈って…。」

 ククッと笑う笑い声も心なしか力無い。

「ココ…。」

 甘い声と一緒にケイちゃんの顔が私の顔を覗き込むように近づいてきた。ドキドキし過ぎてギュッと目をつぶる。フッって漏れた息が髪に触れて、その後まぶたに優しくキスされた。

「カチンコチンだな。」

 ついでに頭にもチュッってされる。

 そりゃそっちは慣れてるんでしょうけど!

「俺も緊張してる。」

 心を読まれたような言葉のあと手を取られケイちゃんの胸に当てられた。ドキドキと早い鼓動を感じて何故だかこっちが照れてしまう。

「おかげで少し雨のこと忘れられる。」

 そうつぶやいたケイちゃんにまた顔を覗き込まれると「愛してる。ココ」ってささやかれて、そっと唇が重ねられた。ゆっくり確かめるように何度も重ねられる唇。

「雨を忘れられるように夢中にさせて…。」

 甘いささやきは色っぽ過ぎて、頭で上手く処理できない。

 夢中にって…夢中にって…。もうすでにキャパオーバーしてるのに何を…。

 頭がぐるぐるして、ギュッとケイちゃんにしがみついた。

「ハハッ。冗談。ここに……いてくれるだけでいい。」

 そう言ってまた優しく唇を重ねられて、胸がキューッと締めつけられた。

 抱き寄せられて頭の上からささやかれる。

「ココ以外、何もいらない。だから………どこにも行かないでくれ。」

 かすれた声に切なくなって何度も何度も頷くことしか出来なかった。


 しばらくするとケイちゃんは寝たみたいだ。安心するとともに、あんなに色気だだ漏れさせて動揺させといて!!と、恨めしい気持ちになる。

 顔を見ると薄っすら涙の跡があった。

「そんなに…。」

 切なくなって両手でケイちゃんの頬を包み込む。愛おしくなって「私も大好きだよ」って、そっと唇を重ねた。重ねる度に胸が締め付けられるけど確かにある温もりを感じた。

 そしてどこにも行かないように、もう一度ケイちゃんにしがみついた。


 朝になるとすぐ目の前にあるニコニコ顔のケイちゃんと目があった。

「お、おはよ…。」

「おはよ。」

 ね、寝顔見られてた?

 動揺しているとケイちゃんの顔がますます近づいてきて、当たり前のように唇が重ねられる。

「な、ど…。」

「ココのリップやっぱり甘いな。」

 そんな感想いらないからー!

 恥ずかしさのあまり背を向けようとする私の行動を阻むように腕を取られた。

 なんで!?

「もう一回。」

 甘くささやかれた声。

 朝から色気だだ漏れとか無理ー!

 顎に向かって頭突きすると「痛って」って声が聞こえる。

「軽々しくできない!」

「どうして。」

「どうしても!」

「じゃ雨が降ったらいいのか?」

「な…。」

 もしかして昨日のは演技!?と疑いの眼差しを送ろうとしたら、チュッとされてしまった。

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