第36話 混線中

 電話が終わったケイちゃんが戻ってきた。ドキドキしていると、ドキドキ…ドキドキ…。あれ?

 普通に隣に寝転がって読書を再開している。いや。隣に寝転がるって普通ではないと思うんだけどね。

 私も普通なのを装って、いっぱいある質問したいことを質問する。ケイちゃんの身長とかスリーサイズとか聞きたい気もするけど、それは別の機会に取っておくとして…。

「オーナーってパパの知り合いなの?」

「え?あぁ。」

 急な質問にケイちゃんは本から視線を外さずに少しの驚きと気の無い返事をした。

「だって養子縁組のタイミングが謀ったようなタイミングだったから。」

「ハハッ。確かに謀られたな。オーナーと喜一さんは古い友人だって。愛子さんのことも知ってるし。」

 そっか。そうだったんだ。

「でも本当に佐藤さんだらけだね。昔は佐藤なんて平凡な名前は嫌って思ってたけどさ。」

 それにケイちゃんとのゴタゴタの時は、なんで同じ佐藤で兄妹なんだろうって思ったりもした。

 ケイちゃんは何も返事をしない。それで私は調子に乗って思ったことを話してしまった。いつもながらに考えなしだって後で気づくんだけど。

「佳喜(よしき)って名前すごいね。」

「何が?」

「だってけいきって読めるのがすごいっていうか…。」

「どこが…。」

 なんでケンカ腰な受け答え…。

「だってココアにケイキで兄妹って言われても納得しちゃったし、喜一の喜ぶって字と同じ字を使った名前で完全に信じちゃったんだもん。しかも佐藤は本当なんでしょ?すごいなぁ。」

「それのどこがすごいんだよ。」

 呆れているのが、もろ分かりだよ…ケイちゃん。

「佐藤なんてザラにいる…それに…。」

「それに?」

「俺はどこのどいつで誰なのか誰も分からない。」

 そうだった。ケイちゃんは捨て子って…。でもそこで佐藤って名字をつけられて、佳喜って名前をもらった。

 それで私と今こうしている。それを運命なんじゃないかって思っちゃう私はやっぱり頭にお花畑が咲いてるのかな…。

 黙り込んでしまった私の頭をグリグリしてくれる。それに余計に申し訳ない気持ちになった。

「ゴメンね。私はケイちゃんの思い出したくないようなこと聞いちゃってるね…。」

「ばーか。気にしてないよ。それにまぁ佐藤のおかげで今こうしていられるんだから感謝しとくべきかもな。」

 私が思っていたのと同じ事を言われて心がほんのり温かくなる。

「それに…そういうことココは気にしないから聞いてくるんだろ?」

 そういうことって…捨て子だったとかそういう?

「そりゃそうだよ。ケイちゃんはケイちゃんだよ。」

「ハハッ。よしきだけどな。」

「あ、うん。はい。」

 隣から引き寄せられて腕の中に収められた。ギュッと抱きしめられる。

「ありがとな。隠し子の時は嘘だったとはいえ、ココに受け入れられて救われてた。今だって…。」

 そんな…私の方がケイちゃんにたくさんもらってる。

「今だけ…。今だけこのままでいさせてくれ。」

 今だけっていうか、ちょくちょく近いことしてますし…ね。なんでしょうか、お断りを入れられると余計に恥ずかしいっていうか…。

「心愛…。」

 甘い心愛って響きにクラクラする。そのまま…腕の中に収まったまま、風邪ひきというかインフルエンザひきの私は眠りに落ちていった。


 佳喜は胸の中から聞こえる規則正しいスースーという寝息にハハッと乾いた笑いを上げる。

「この状況で寝るとか大物だよな。ったくこっちは寝られないっつーの。」

 腕を緩めて恨めしげに顔を見つめた後に首すじに軽く噛みついてやった。

「ううん…。」って寝苦しそうな声を発した心愛に「…逆効果」とつぶやいてまた腕の中に戻した。

 もう離さなくていい温もりが愛おしくて確かめるように、もう一度抱きしめた。


 夜中に目が覚めると横にケイちゃんの寝顔があって安心する。嬉しくなって胸に顔をうずめると「ん…」って声が。

 うわー。寝てるのに色っぽいって…だだ漏れてますけど!!

 夜中に一人、照れまくってベッドから落ちそうになりながらゴロゴロと転げ回るのだった。


 朝になるとほとんど平熱に戻った私は普通の生活ができるようになった。ただしまだ外出はできないので、家の中だけ。

 ダイニングでご飯も食べれるし片付けの手伝いもできた。普通の生活に戻れても側にいてくれるケイちゃんに夢じゃないんだよなぁと嬉しくなる。

 久しぶりに下の階に来て、棚の上に置いてある糸電話が目に入った。

 そういえばこれ…。

「ねぇケイちゃん。ママへの電話って…。」

 ゴホッゴホゴホッ。むせてしまったケイちゃんは恨めしげにこちらに視線を送る。

「必要?」

「だって…。」

 ごもっともな意見なんですけど…。

「…いいよ。やってやるよ。」

 え?と思っていると糸電話の片方を私に渡して、もう片方を手に2階に行ってしまった。

 糸がピンと張ったことを確認して、緊張気味に話してみた。

「もしもし?ママ?心愛です。」

 しばしの無言…その後に。

「佳喜(よしき)だけど。混線してるみたいで天国じゃなくて俺とつながったみたいだ。」

 ケイちゃんと?面白い流れに微笑みながらも、改めてケイちゃんから聞く佳喜(よしき)の名前にドキッとした。

「そっかぁ。混線しちゃうこともあるんだね。じゃ今日はケイちゃんに聞きたいことを聞こうかな。」

 そこまで話すと紙コップを耳に当てた。向こうから呆れた声が届く。

「聞きたいことってまだあるのかよ。」

 毎日のように質問してるもんね。でもさ…。

「ケイちゃんはママのことどう思ってる?まだ忘れたい?それとも好きなだって思ってくれてるのかな。」

 ドキドキして返事を待つ。前は亡くなったママの存在がつらい時もあったかもしれない。でも今は…違うって思ってて欲しかった。

「あぁ。愛子さんのことは…今でも大好きだよ。」

 子どものような大好きの言葉に嬉しくなる反面、ちょっと引っかかる。

「私には「好きだよ」なのに…。」

「クククッ。」

 糸電話を通しても馬鹿にしたのが丸わかりの笑い声。もういい。別の質問するもん。

「ケイちゃんは今、幸せですか?」

 また紙コップを耳に当てて待つ。前はつらそうだった。ここにいることが。でも今は…?

 紙コップからフフッと優しい笑い声の後にケイちゃんの声だけどケイちゃんが言ったのか驚くような声が届いた。

「俺の幸せは…ココが笑ってることだって言っただろ?……ココ、アイシテル。」

 アイシテル…アイシテル…愛してる?

 かぁーっと赤くなる顔を急いで押さえる。ケイちゃん…。えっと。えっと。

 どうしていいのか分からなくて階段を駆け上がる。そこにはケイちゃんの姿はなくて紙コップだけ。部屋をノックするとケイちゃんが返事をした。

「今、顔を合わせるとか無理。」

 その返事に余計に恥ずかしくなると再び赤くなる顔を押さえてドアにもたれて座った。

 ものすごく恥ずかしいけど、ものすごく嬉しい言葉に幸せを噛みしめた。


 しばらくすると向こう側からコンコンッとドアをノックする音と「ドアが開かない」って声がした。

 私がドアの前から離れるとドアが開いて少し居心地の悪そうなケイちゃんが出てきた。

「片付けしてなかったから。」

 って言って下に降りていく。さっきのこと聞きたいんだけど、聞いちゃったら私も赤面必至だよね…と思って触れないでおいた。

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