第35話 あまあまデス

 その後すぐに熱が出て知恵熱かと馬鹿にされた私はご丁寧にケイちゃんのインフルエンザがうつってしまった。

「だから看病なんていいから出てけって言ったんだ。」

 呆れながらお粥を持って来てくれたケイちゃんが部屋に入ってきた。

 ここはケイちゃんの部屋。「俺も監視しなきゃならないからな」と家に帰って以来ケイちゃんの部屋のまま。

 夜も一緒とか無理ー!と思っていたのにつらくて隣で寝てくれるケイちゃんに安心さえして、ぐっすりと眠れてしまった。

「だいたい「どうせインフルエンザにかかると思いますから」って俺と一緒にココの薬くれる医者とかどうなの?」

 看病する人が私しかいないって言ったらインフルエンザほぼ確定だと薬をもらっていた。また病院行くのは大変だしありがたい。

「だいたい。俺もまだ完治してるわけじゃないのに…。」

「う…。ごめんなさい。ご飯とか…。私は看病というより本当に監視してただけだったのに。」

 病院から帰ってその日の夜に発熱した私。ケイちゃんは薬が効いて楽になったからと私の看病をしてくれている。

 ご飯もいつもながらにケイちゃん任せ。

「インフルエンザは治っても何日間かは出歩けないし、まぁいいんだけどさ。」

 私のおでこにケイちゃんは自分のおでこを当てて「まだ熱いな」って。

 いや…あの…普通に測ってください。その測り方だと顔が近くて余計に熱が上がりますから。

 動揺しているのは私だけみたいでお粥を食べ終わった私をベッドに寝かせたりとケイちゃんは普通だ。

 そして本棚から何か本をチョイスして、それを手に私の横に寝転がった。

 あの…。だから…。今まで通り(溺愛系お兄ちゃん)過ぎて逆に拍子抜けっていうか、だからこそ心臓に悪いっていうか…。

 寝転がって読むのには似つかわしくない難しそうな本を読むケイちゃんをジッと観察する。

「何?」

「いえ…何も…。」

 どこかに行ったりはしないって分かったんだけど、なんかさ…。

 不意に腕が回されて頭ごと引き寄せられた。なんていうの?腕まくら的な?

「な…な、なんですか?これ?」

「ん?ココも読みたいのかと思って。」

 いや。本が読みたくてジッと見てたわけじゃないですけども…。近過ぎる顔に心臓が!心臓が!

 チラッと横目で様子を伺われてケイちゃんが悪い顔をしたような気がする。嫌な予感…。

「俺、ココにうつしたから早く治ったのかもな。ココも俺にうつしたらいいんじゃない?」

 横を向かれて、だから今この状態で横なんて向かれたら激近だから!

 意地悪なケイちゃんは本はどこかに置いたのか空いている手で「ん?ほら。ここにうつしたら?」って自分の口元をちょんちょんと触る。

「い、いやいやいや。だって元はケイちゃんのインフルエンザだし、インフルエンザってかかった人はもうかからないって言うから、うつすだけ無駄っていうか…。」

「ハハッ。冗談。」

 それでもケイちゃんは頬にチュッてするとまた本を片手に読書を始めた。

 あの…冗談が冗談じゃない間柄じゃないですかー。違うんですかねー。

「ねぇケイちゃん?」

「ん?」

「あの…なんていうかヨシくんって恥ずかしがり屋の照れ屋だったでしょ?どうしてこうなっちゃったのかな…。」

 しばしの沈黙。…あれ。もしかして地雷か何か踏んでしまいましたか?

「俺、元々こんなキャラでもなければ、今も違うけど?」

 えっと。何の発表かな?じゃ今のケイちゃんはなんなのかな?

 何も言えないでいる私にケイちゃんが続けた。

「ココの家に合わせたっていうか、喜一さんとの最初の約束通りにしてるだけっていうか…。」

「あの…だったら無理しなくて大丈夫…です。」

 パパのせいっていうなら無理しなくていいのに…。

 それなのにまた横を向かれて真剣な顔のケイちゃんが…だから近いってば!

「無理してるっていうか。やってみたら案外…。」

「案外?」

「……ココをいじめるのが楽しいってこと。」

「な…それすごく迷惑!」

 いじめてる自覚あるのかい!

「ハハッ。だって可愛くていじめて甘やかしたくなる。」

 か、可愛いってサラッと言った?サラッと言った?赤くなる私にケイちゃんは視線を泳がせて、また本を手に取った。

 あれ…。もしかしてケイちゃんも今のは照れた?

 思わずフフフッて笑うと「なんだよ」って少し拗ねたような声が聞こえた。


「ねぇケイちゃん。」

「ん?」

「あのママの手帳。やっぱりケイちゃんが持っててくれないかな?」

「どうして。」

 ママが私のために書き残してくれた手帳。でもそれは私へだけじゃなくケイちゃんへの言葉でもあると思うから。だから…。

「これからもママからの手紙…欲しいなぁってダメ?」

「ダメ?って…。」

 思いもよらなかったのか何か考えているみたいだ。

「ココは…いいのか?」

「え?」

 ケイちゃんは私の枕元に置いてある手帳を手にした。そして中から封筒を取り出した。

「じゃ次はこの手紙だから読んでみたら。まだ読んでないだろ?」

 渡されたのは手帳を見せてもらった時に顔面に落下してきた手紙。

 そういえばそれどころじゃなくて読んでいない。開くとママの文字が並ぶ。ケイちゃんの文字でもあるんだけどね。

 読み進めると赤面していく内容。『だいすきって いっていますか?』その手紙越しにケイちゃんを見ると悪戯っぽく笑ってる。

「何?どういう内容だった?愛子さんなんて?」

 もう!意地悪!内容、知ってるくせに!でも…。

 私はケイちゃんの顔を見なくても済むように、ギュッとケイちゃんの胸の中に抱きついた。ケイちゃんがハッと息を飲んだのが分かった。

「ケイちゃん…ううん。ヨシくんのこと大好きだよ。」

 恥ずかしくてギューッと抱きついていると、はぁってため息と一緒にケイちゃんからも抱きしめられた。

「先に言うとか…。照れて言えないって選択肢はないわけ?」

 いや。だって、それは…。

「俺も…心愛のこと…。」

 ブーッブーッとスマホが騒ぎ始めて会話が中断された。

「…ったく。」

 そうつぶやいて私の頭をグリグリしてからケイちゃんはベッドから起き上がった。立ち上がってスマホを…あれ?

 恥ずかしさからベッドに突っ伏してる私の頭にチュッという音と「俺も好きだよ」って言葉が降ってきた。それはとっても甘い、ささやくような声…。

 え?あの…え?

「はい。佳喜です。オーナーあれなんだよ!」

 あぁ。電話?ってそうじゃなくって!

 部屋から話しながら出て行ってしまったケイちゃん。

 今、好きって…好きだよって言ったよね?キャー!!!

 一人ベッドでジタバタしてしまった。


 部屋を出た佳喜はオーナーとの電話が済むと壁にもたれて座り込んだ。

「口に出すと…やばい…。」

 真っ赤な顔に手を当てて、はぁーっと盛大にため息をついた。

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