第32話 策略
ケイちゃんが眠ったことを確認するとホッと息をつく。そっと髪に触れるとサラサラと髪が流れた。
「つらそうだけど…。良かった。」
良かったなんて思っちゃダメなんだけど、体の自由が利かなくて居なくなったりする心配はない。
このまま鍵をかけて閉じ込めてしまいたい。そんな思いに駆られる。でも…。
「そんなことしても心までは奪えないもんね。」
ケイちゃんの心…。どこにあるんだろう。
お兄ちゃんとして側にいてくれたのは嫌々だったのかもしれない。今までの優しさもパパとママへの恩返し的な義務感だったのかもしれない。
そう思うと胸が痛い。
今の私に何が出来るんだろう。ケイちゃんを解放してあげることが私に出来る最良のこと?例えそうだったとしても……。
つらそうな顔をしているケイちゃんの頬を再びそっと包む。
ケイちゃんを解放?それは嫌だ。そう思うのは私のワガママなのかな…。
妹でいい。側にいたいよ…。
あの病院で言ってくれた「大事なんだ」って言葉。それが本心だって思いたい。
包んだ手で、ムニッと頬をつまむ。凛々しい顔立ちが崩れて笑えてしまう。
「フフッ。こんな顔、絶対に見られないなぁ。弱ってる時しか無理だよね。」
フフフッともう一度笑うと鼻の奥がツンとする。元気になったら「こんな顔、見れない」どころか…お別れかもしれない。
こぼれ落ちた涙はハラハラと流れてそれを乱暴に拭った。ケイちゃんの手に自分の手を重ねて、そっと包み込む。大きくて優しい手。
寝ているのに握り返してくれたケイちゃんに嬉しくてまた泣けてしまった。そのままその手にもたれかかるように、いつしか眠ってしまった。
薬が効いてきたのか急に楽になった体を起こそうとすると自由が効かない体半分を見る。
心愛が自分の手を握って眠っていた。
「泣いたのか…。」
頬にある涙の跡をそっとなぞると胸がズキッとする。
お兄ちゃんで居ようと決めた。喜一さんに負けないくらいの溺愛系お兄ちゃん。それに必死でそうなろうとしていた。心愛が寂しく思わないようにと。
大切な人達の大切な娘。だからこそお兄ちゃんとして守るのが自分の役目だと思っていた。それなのに…。
「逆に悲しませるようなことを…。」
それでも…もう側にはいられない。ゴメンな。
そう心の中でつぶやいた。
目が覚める。また眠ってしまったのか…。そう思って目を開けると目の前に心愛がいた。何故か心愛がベッドに入って来ていた。
またか…。そうため息をつきそうになると、すぐ近くの心愛と目があって、その真剣な眼差しが近づいてくる。
え…。何、何が…。
考える間も、避ける間もなく、柔らかい唇が重ねられた。
「な、何やって…。」
胸に顔をうずめられて為す術もなく、されるがまま固まる。
胸の中からかすれた声が聞こえた。
「ケイちゃんは真面目だから既成事実を作れって。」
「…はぁ?誰が。まさか喜一さん?」
「えっと…。みんな?」
みんなってなんだよ…。そう憤慨する気持ちと、鼻をくすぐる心愛の髪、そして何より腕の中にある柔らかな温もりに混乱する。
しかしよくよく冷静になると心愛はカタカタと震えていた。
こいつ…。
腕の中にいるのは紛れもなく、誰もがいい人で何もかもを信じている世間知らずでのんきなお姫様。だからこそできる行動に嫌気が差す。
ギリッと奥歯を噛みしめると声を絞り出した。
「んっとにお姫様だな。そんな甘ったれた考えが出来なくなるようにしてやろうか。」
人を信じれなくなるほどに酷いことをして壊して滅茶苦茶にしてやりたい。
度々感じていた思いが溢れてきて乱暴に心愛へ覆い被さると腕を無理矢理につかんだ。心愛の顔を見もせずに顔を近づけた。
ケイちゃんが怖い…。
みんながとにかくケイちゃんが出て行かないようにしろってあれこれメールをくれていた。
それを実践してみたはいいけど、やっぱり考えなしだったのかな。
鋭い目つきで近づいてくるケイちゃんにギュッと縮こまる。それでもどんどん近づいてくるのが分かる。こんなことで良かったのかな。みんなのアドバイスって間違ってない!?
近づいてきていた顔は私の顔を通り過ぎて首元に落ちた…。ホッとする間もなく異変に気付く。
「い、痛い!痛いよ!ケイちゃん!!」
首に…噛みつかれた!?
クククッと笑い声が聞こえて「バカココ」ってかろうじて聞き取れた。その声は先ほどの怖い声じゃなかった。いつものあまあまなケイちゃんの声の気がした。
「あの…。もしかしてケイちゃんって…吸血鬼とか…?」
ハッと息を飲む音がして、ま、まさかね…と思っていると、クククッ。アハハハッって笑ったケイちゃんは覆い被さっていた体を隣に転がした。そしてまだ笑っている。
「じゃ噛みつかれたココもバンパイアだな。」
馬鹿にしたような声色なのに、いつものケイちゃんの声の気がした。
傷つけるとか…。俺にはさすがにできないな。
それを見透かされていたような気がして、気分が悪かったが、制裁を加えた(噛みついた)心愛があまりにも間抜けで、こんな奴に腹を立てるなど大人気なかったかと僅かに反省した。
ひとしきり笑ったケイちゃんが声を落として聞いてきた。
「襲われてたら、どうしたんだよ。」
それは…。だって…。
「それが…目的……なんだよね?」
ハハッと馬鹿にした笑い声が聞こえて隣から頭をグリグリされた。
「震えてるくせによく言うぜ。もっと自分を大事にしろよ。」
温かい声。優しい手。お兄ちゃんだったケイちゃんが戻ってきた気がして、ギュッとしがみついて泣いてしまった。ケイちゃんはそんな私の背中をトントンと優しくなでてくれた。
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