第31話 看病

 暗い病室。廊下から漏れる非常灯の光が部屋に漏れる。

「ケイちゃん。寝ちゃった?」

「いや…。」

 いつもの声に安心する。

「ゴメンね。こんな変な家族に巻き込まれて。」

「…あぁ。そうだな。」

 改めてこんな風に話すとケイちゃんはお兄ちゃんでもなんでもないんだって実感して何故だか寂しくなる。

「こんな私と一緒に住むなんて本当は嫌だった?」

「ハハッ。そうだな。頭軽そうだなとは思ってた。」

「頭軽そうって!かなりの悪口!」

 いつも底なし沼のような優しいケイちゃんとは違う。棘たっぷりだ。

「俺の本性なんてこんなもんさ。ガッカリしただろ?」

 ガッカリなんて…。だいたい…。

「隠しきれてなかったから大丈夫!」

「本当かよ。」

 ハハッと力ない笑い声が聞こえた。

「…私は、そうだなぁ。遊び人!って思ってた。そうだ。彼女とか大丈夫だった?だって最初の日になんか遊び人、発言してたのに…。」

 声が聞こえなくなって、寝ちゃったのかな?ってケイちゃんの方を見ると苦しそうに顔を歪めていた。

「ケイちゃん?」

 起き上がって額に手を当ててみると、ものすごく熱い。先生を呼ばなきゃ!

「…バカココ。行くなよ。大丈夫だから…ただの風邪…だ。」

「でもすごくつらそうだよ。」

「いいから。ここに…いろ。」

 ここにって…。行くなって引かれた腕のせいで、ほぼベッドに入っちゃってるんですけど?

 あの遊び人と思ってた会話の後に、この状態ってどうなの!?ってふざけたことを思ってるのは私だけだね。

 つらそうな顔がすぐ近くにあって、そっとおでこに手をあてる。

 熱い…。

「寝てれば…治るから…。どこにも…行かないで…くれ。」

 うなされて意識朦朧として言ってるって分かってるのにドキドキする。

 それでも放ってはおけない。そして腕も離してくれない。

 諦めてケイちゃんに腕を預けたまま、ケイちゃんのベッドにお邪魔した。隣に横になると安心したように腕の中に収められた。

 ナチュラル過ぎてやっぱり慣れてますよね?としか思えない…。

 私は倒れたと言っても薬と点滴で元気になってすぐにでも退院できますと言われ、もうなんともない。

 それでもたくさんの色々があり過ぎて目を閉じると自然と夢の中へといざなわれていった。


 ふと目を開けて目の前の光景に驚く。佳喜は後退ってベッドから落ちそうになった。

 どうして一緒に寝て…。

 まだクラクラする頭に熱が出たことは思い出した。

 どうにか心愛を隣のベッドに移動させる。華奢な体は思った以上に軽い。そして鼻をくすぐる髪が心臓に悪い。

「無防備過ぎるんだよ。お姫様は!」

 ったく…と文句を言いながら自分のベッドに戻った。


 寂しくなった腕の中。手を伸ばせば、すぐ届くところにある温もり。

 しかしそれは求めてはいけない温もり。

「どうして俺に預けるとか…。喜一さんも、愛子さんも…。大事なら鍵つけてしまっといてくれよ。」

 鍵をつけてしまっておきたいのは自分だという気持ちを見ないようにして目を閉じた。


 朝になると必要ないと言っても聞かない心愛と医師の判断で検査をするとインフルエンザだった。

 春になろうとしているこの季節。なんとも季節外れで場違いな病名。

「インフルエンザは薬の服用で異常行動を起こすことがあります。薬だけでなくインフルエンザに疾患するだけでも異常行動の報告もあります。くれぐれも一人にさせないように。」

 今はとにかく心愛から離れたいと思うのに、それを許されない状況を苦々しい思いで聞いた。

 医師の忠告など無視してしまいたいのに、つらい体はそれさえもできそうにない。

「昨日の行動はインフルエンザによる異常行動だったんだね。」

 そうにこやかに告げる心愛に、一緒に寝てたのは俺のせいだと言いたいのか…と心の中で文句を言った。


 ケイちゃんは昨日にも増して、ぐったりしている。パパの「佳喜は心愛の看病をするように」が逆さまになってしまった。

 つらそうなケイちゃんをなんとか家に連れ帰るとベッドに寝かせた。

 初めて入るケイちゃんの部屋。シンプルで無駄な物がないのがケイちゃんらしい。本棚に難しそうな本が並んでいるのも。

「何かいるものあるかな?」

「何もいらないから出てけよ。」

 苦しそうに言う言葉は棘がいっぱいだ。

「出ていったら監視できないもん。」

「監視って…看病の間違いだろ?」

「だって異常行動しないようにって。」

 ケイちゃんがバカにしたような顔で何も言わない。諦めたみたいだ。

 心配とか、看病とか言うと素直に一緒にいさせてくれなさそうなんだもん。

 ベッドの側に座ると、そっとおでこに手を伸ばした。おでこが熱い。


 心愛が触れる手が冷たくて心地いい。薄く目を開けると心配そうにこちらを見る心愛がいる。愛おしく思いそうになって、また目を閉じた。

「頭を冷やすのがいるかな…。」

 そうつぶやいた心愛が離れていくのを感じて、つい腕をつかんだ。

「バカココ。行くな。」

 あぁ。昨日もこんなこと言ったな…。そうぼんやり思っていると心愛の気の抜けた返答が返って来た。

「また異常行動?どうしよう。添い寝した方がいいのかな…。」

 ハハッと笑いたいのにつらくて笑えない。冷んやりした手が今度は頬に添えられた。

 気持ちいい…。側に…いて欲しい。今だけ。今だけでも。

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