第30話 初恋の人

 その居心地が悪そうな少し照れたような顔が記憶の中で一致する。

「やっぱりヨシくん!」

 そう呼ばれて目を丸くしたケイちゃんがまた顔を赤らめた。

「ココまでその呼び方するなよ。」

 ますます居心地が悪そうに手で顔を隠してしまった。


 そうだ。思い出した。子どもの頃にカフェで会った時のこと…。

「ケーキ美味しそうに食べるんだね。」

 ってヨシくんに言われて…「うん!」って満面の笑みで言ったら「可愛い…」ってヨシくんが。

 そしたら可愛いなんて言ったことに照れちゃって顔を真っ赤にさせて。それで私がチュッってしたんだった。

 ルーくんや他の子にチューされそうになっても嫌がっていた記憶しかないのに、ヨシくんには自分からしててパパがショック受けてたのも、なんとなく思い出した。

 それがケイちゃんだったなんて…。


「それはともかく。愛子さんの代わりに手紙を出して欲しいって頼まれて出してたのは、もうバレたわけだし、続けられない。それにお兄ちゃんじゃないって分かったなら、一緒にも暮らせない。」

 そんなに頑なに一緒に居たくないって主張しなくてもいいのに…。

 なんだか寂しくなる。

「お兄ちゃんっていうのはどうして?それもママが?」

 だって兄妹にしたら結婚できないってママは言ってなかった?

「いや。それはパパだよ。愛子も言ってたが、前にパパも言っただろ?佳喜(よしき)は自分を顧みなくて心配だったからね。」

 そういえば言ってた。バイトも勉強も住むところも何もかも自分でどうにかしようとするって。

「それは喜一さんに面倒を見てもらう義理はないですから。」

 ケイちゃんは冷たく言い放った。久しぶりに見た気がする鋭い目つき。人を寄せつけない目。

 そんなケイちゃんにパパは半分呆れ顔だ。

「強情だろ?だから心愛の世話を理由に一緒に住まわせたんだよ。それに本当に心愛が佳喜を選ぶかどうかは会わせなきゃ分からないしなぁ。」

「それにしたってどんな会わせ方よ!兄妹じゃ…。」

 パパは後先考えないんだから!

「そうでもしなきゃ佳喜が一緒に住むなんてするわけないだろ?パパにしては名案だったんだぞ。」

 確かに遠慮してたのなら未来の旦那候補で一緒に住め!なんて言われてもケイちゃん無理そうだよね…。

「喜一さんがそんなことまで考えてたのは知りませんでした。」

 ケイちゃんが不服そうに意見する。

「当たり前だろ?これでも娘の幸せを考えてるんだ。」

 パパ…。

「それでも俺は…。」

 またケイちゃんはつらそうな顔をして言い淀んだ。

 なんだろう。やっぱりそもそもが私のことそういう対象に見れないとか、そういう…。

「俺は愛子さんを…ココの大切な人を殺したんだ。」


 驚いて何も言えない。殺したって…何を。これ以上に何があるっていうの?

「やっぱりそう思ってたか。」

 パパが場に似合わない呆れた声を出した。

「俺があんなことをしなければ…。俺が…側に居て欲しいって望むと…居なくなってしまうんだ。」

 どういうことだろう…。そう思っているとケイちゃんの悲痛な、かすれて途切れ途切れの声が届く。

「俺は施設を抜け出したんだ。別にたいした理由もない。ただの暇つぶしで。なのに愛子さんは俺を探し回った。雨の中、体が弱いのに。それで…。」

「それは!!…殺したって言わないよ!」

「俺がそんなことしなければ、愛子さんは…。」

「そ、そんなの…。私だって。ママは体が弱いのに私を産んだから…。」

 今まで誰にも言ったことはなかった。ずっと胸の奥にしまっておいた気持ち。ママが死んじゃったのって…。

「おいおい。それを言い出したら俺みたいなのがフラフラしてたから愛子は心配で心身衰弱したってことになるぞ。」

 パパが…。確かに。そう思った空気を察してパパは笑い出した。

「そこは、違うよ!パパのせいじゃないよ!って言ってくれないのか?」

 だって一番の原因かもって素直に思っちゃったんだもん。とは言わないでおいた。

「…まぁいいさ。2人とも思い過ごしだって分かったかい?」

 私はケイちゃんと顔を見合わせた。それでもケイちゃんはあまり納得していないような顔をしている。


「じゃパパはもう行くから。」

「え?何を言って…。」

「佳喜(よしき)は心愛の病気を看病しなきゃダメだからな。」

「な…ちょっと喜一さん!」

 パパは颯爽と去っていった。パパったら相変わらず…。

「…こんのくそじじいめ!って思ったでしょ?」

 私は苦笑ながらケイちゃんを見るとケイちゃんは困った顔で「あぁ」とだけ頷いた。


 静かな病室。パパが金に物を言わせて取ったのか、はたまたここしか空いてなかったのか。個室の一室。

 まぁだからこんなに話してても怒られないんだけど。

 パパの悪知恵なのかなんなのか、エキストラベッドがあって付き添いの人も眠れるようになっていた。

「ケイちゃん…というかヨシくんのがいいのかな?」

「やめろよ…。ケイちゃんでいい。」

「じゃ、ケイちゃん。病院の服ならあるから着替えたら?タオルとかないかな…。」

「大丈夫だからココは寝てろよ。」

 よくよく見れば濡れてるケイちゃんは色っぽい。いやいや。こんな時に不純な…。

 でも…病室とは言え、好きな人と同じ部屋で2人っきりってパパ本当にどうしちゃったのー!

 着替えるであろうケイちゃんを意識して、そっちを見ないように横向きになった。

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