第23話 兄妹はいいもの

「こっち!こっち!」

 私を呼ぶケイちゃんをキッチンの奥に見つけて、ギュッとしがみついた。

「な…んだよ。どうした。」

 優しい声。確かにここにある。でも離しちゃったら、どこかへ行っちゃわないのかな。

 急に不安になると、またギュッとしがみつく。

「おやおや。甘えっ子さんがいるようだね。」

 オーナーの声がしてパッと手を離すと恥ずかしくて逃げ出したくなった。

 何しちゃってるんだろう。私…。

 ケイちゃんは離れて俯いている私を引き寄せて口に何かを放り込んだ。

「…美味しい。」

 サクッとしていて、ほのかに甘い。

「デザートピザ。こういうのもアリかなって味見させたくてな。」

「うん。アリ…。」

 ピザは美味しいんだけど、腕の中に収まったままとかオーナーいるし恥ずかしい。

「ケイと心愛ちゃんは本当に仲のいい兄妹だね。」

 兄妹。そう兄妹。今はそれでいいって思ったのに。

 ギュッとしがみつくとケイちゃんは背中をポンポンとたたいた。

「ほら。もうすぐ終わるから。な?」

 小さい子をあやすようにケイちゃんは私に甘やかした声をかけて、手に甘いピザをもう一枚持たせた。仕方なく私はピザを持ったまま優ちゃん達の席に戻ることにした。


「心愛ちゃんのためだろう?」

 オーナーが太陽のように笑う。この人はなんでもお見通しだ。佳喜が黙っているとオーナーは重ねて優しく笑う。

「ケイの夢は心愛ちゃんの側にいるためだね。だったら…。」

 オーナーはつらそうな顔をしている佳喜の肩をポンポンとたたく。

「ちゃんと手を握ってないとダメだよ。手を離さないことだ。」

 返事を返せないでいる佳喜を残してオーナーは焼き上げたピザを箱詰めし始めた。

 離したくない…。そう思い始めている心にそっと蓋をするように、佳喜は目を一度閉じてからオーナーのあとにならって箱詰めを始めた。


「離さないんですか?手。」

 そんな会話が聞こえて、心愛は足を止める。見つめ合う二人。顔を赤くして手を離したのは、まさかの大智くんの方だった。

 心愛がその姿を目撃する少し前。


「行っちゃったね。ココちゃん。」

 二人っきりになった優奈の手をギュッと握り直して大智は手の甲にチュッと口づけをした。

「ねぇ。知ってる?利き手じゃない左手を握られると使い慣れてない手だからドキドキが増すんだって。」

 大智は甘い声で優奈にささやいた。

 驚いて手を引くだろうか。それとも真っ赤になって俯くだろうか。

 大智が反応を楽しもうと見つめていると可愛らしいふわふわした髪をはずませて手を取られた。握っていないもう片方の手を。思わぬ反応だった。

「本当ですね。こっちの手の方がくすぐったい気持ちになります。私、左利きなので。大智くんはこっちが利き手ですか?ドキドキします?」

 そう言って握った手は優奈は右手で大智は左手だった。

 自分で言ったことなのに、握られた左手にドキッとする。

「いや…。特に変わりはないけど。」

 ドキッとしたことを隠したくて、柄にもなく甘いセリフの返しも出来ずにいるとフフッと柔らかい笑みを視界にとらえた。

 また柄にもなくドキドキする。

「離さないんですか?手。」

 そう言われて、ついパッと手を離してしまった。

 そこに心愛が戻って来た。


「もう。優ちゃんを誘惑しないでくださいってば。」

 と、言って驚いた。赤い顔をしていたのは大智くんだったから。

「どうしちゃったんですか?大智くん。」

 対照的に優ちゃんはフフフッと笑っている。

「大智くんも実は遊んでるってわけじゃなかったみたい。」

 優ちゃんの言葉に目を丸くすると大智くんが抗議してきた。

「そんなことない。さっきはちょっとビックリしただけで…。」

 私がいない間に何があったんだろう。

 ピザを手にした間抜けな姿のまま優ちゃんと大智くんを交互に見る。


「おい。ココ用意できたぞ。優ちゃんはどうする?桜さんとこ行ったことあるんだって?」

 準備が終わったケイちゃんに声をかけられる。

 そう。優ちゃんも一緒に行く予定だった。でも…優ちゃんは首を振った。

「私は大丈夫です。大智くんがお相手してくれるみたいだから。ね?」

 まさかの意気投合?ビックリしていると大智くんがバツが悪そうに「あぁ…」とだけ言ってそっぽを向いた。

 大丈夫かなぁと思ったけれど、優ちゃんはあぁ見えてしっかりしてるから…と大智くんに優ちゃんをお願いした。優ちゃんに大智くんをお願いの方が正しいようにも見えたけど気のせいかな。

「じゃこれ。優ちゃんに味見用のピザあげる。」

「わぁ。美味しそう。」

「じゃ飲み物もらってきてやるよ。」

 大智くんは優ちゃんのためにキッチンへ向かうようだ。うん。二人は大丈夫そうだね。


 両手に何枚ものピザを入れた袋を持つケイちゃんは重くはなさそうだけど、大変そう。

「何か持とうか?」

「大丈夫。それより両手が塞がっててココを抱きしめられないことが不満。」

「何よそれ…。」

 またお色気だだ漏れか…と呆れた素振りをするけど本当はドキドキしていた。

 やっぱりさっき急に抱きついたのはまずかったよね…。

 今だって。本当はギュッってくっつきたい。どうしたんだろう。私。


 従兄弟の家に着くと桜さんが出迎えてくれた。

「こんなにたくさんのピザ。ありがとう。美味しそう。」

「あの、すみません。ピザお渡ししていいですか?」

「え?えぇ。」

 ケイちゃんは桜さんにピザを全部渡してしまうと私の方へ向き直ってギューッと抱きしめた。

 あの…恥かしい。ケイちゃん…。嬉しいけど恥かしい。

「まぁまぁ。本当に仲良しね。ピザを持ってきてくれるっていうからサラダなんかは作っておいたのよ。ハグタイムが終わったら上がってね。」

 桜さんは慣れた様子で私たちを放置して中へ行ってしまった。さすがパパ達で慣れてるよね。スキンシップ激しい家族だもんね。

 それでも外でこれは恥かしい。

「ねぇ。ほら行こうよ。ケイちゃん。」

「どうしたのか教えてくれないなら行かない。」

 どうしたのかって言われても…。ただ兄妹って思ったら急に寂しくなったなんて言えない。

 再び玄関の扉がガチャッと開いて今度はルーくんが顔を出す。

「何やってんだよ。心愛は俺んだぞ。」

「瑠羽斗…。邪魔するな。」

「…ッ。邪魔ってなんだ。兄ちゃんのくせに。」

「お兄ちゃんだからだ。」

 これ見よがしにルーくんを見ながらケイちゃんは私の頬に唇を寄せた。

「…ッ!!!それ外ですると喜一さん、すっげー怒るんだからな!」

「俺は喜一さんからするように言われてる。お兄ちゃんの特権。」

「嘘つけ!」

「もーぉ!うるさい!ご近所迷惑!とにかく中に入ろう。」

 なんなのよ。ルーくんもケイちゃんも。なんか私バカみたいじゃない。ケイちゃんがお兄ちゃんで悩んでるんだからね!

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