第20話 あだ名

 家に帰る帰り道。たどたどしい足取りだと思われた私はケイちゃんに手を引かれて帰る。

 兄妹だし変かもしれないけど、今は幸せって思っておこう。

 私の歩幅に合わせて歩いてくれるケイちゃんをへへっと笑いながら見上げる。

「何?」

 少し怪訝そうな、だけど優しい声色で質問をされた。

「何も。」

 そう答えるだけなのに心は温かい。恋ってすごいや。

 兄妹だってケイちゃんに念押しされたような気もするけど、今はこのままでいい。

 急に立ち止まったケイちゃんが頬に両手を重ねた。

「なんだよ。言わないと食べちまうぞ。」

「食べ…食べ?」

 真っ赤になる私にケイちゃんは悪戯っぽく笑う。

「さっきコンビニで買ったレアチーズ。」

 そういえばずっとコンビニの袋を持ってたっけ?

「で、なんだと思ったわけ?」

 意地悪な顔をして頬をつねるケイちゃんは私にはとろける笑顔に見えたんだけど気のせいかな?どっちにしても心臓に悪い。

「だってケイちゃん遊び人なんだもん。」

「遊び人って妹のくせにどんな想像してんだよ。」

「なっ…。」

 また赤くなる私に「うわー。エロ〜」とからかいながらケイちゃんは先を歩く。

 なんか今日のケイちゃん子供っぽくない?

 そんなことを思いながら「もぉ!」とケイちゃんの後を追いかけた。


「ヨシ?」

 道行く人がケイちゃんに声をかけてきた。

「やっぱヨシだよな?懐かしいなー。」

 背中をたたく同年代らしい男の人にケイちゃんは困惑顔だ。

 ヨシって…?

「なんだ女連れか。また向こうにも顔出せよ。」

 話しかけて来た人は私に会釈をして去って行った。ケイちゃんの顔が曇ったような気がする。なんだろう。もしかして…。

「ケイキをヨシキって読ませてヨシってあだ名にしてたの?」

「え?あぁ…。」

「大丈夫だよ。そのくらいでパパとママがつけた名前なのに!なんて怒らないよぉ。」

「…どうかな。ココは極度のファザコンでもあるからなぁ。」

 あ、良かった。また笑顔が戻った。どれだけ心配性なのよ。別にあだ名くらいいいのに。

「ブラコンも忘れないで!」

 はいはい。と言いながら私を引き寄せたケイちゃんはギュッと抱きしめて頭にチュッとキスをした。

「な…。ブラコンでも過度なスキンシップは必要ありません!」

「ハハハッお望みだと思って。」

 だから心臓に悪いってば!それに引き寄せられて肩に回されたままの手!このまま家に行くなんてまともに歩ける気がしないー!

「ココは元気になったな。良かった。」

 そうつぶやいたケイちゃんにまた心が温かくなった。


 部屋に戻ると佳喜はため息をついて椅子に腰かけた。

「あだ名…ね。」

 そうつぶやいてバッグから封筒を出す。前に投函できなかった手紙。出せる気がしなくて切手も封もしていない手紙を封筒から取り出す。

「どんな顔して出せって言うんだ…。」

 開いた手紙には『だいすきって いっていますか?』の文字。

 それなのに…。

 泣き腫らして何か言ってしまいそうな顔をしていた心愛。その顔を見てしまったら…。

「何やってんだよ…。俺は。」

 ため息混じりにつぶやくとザザッと机の上の物を乱暴に退けて突っ伏した。

「どうして…。どうしてあの人の子どもなんだよ…。」

 悲痛な声はかすれて消えかかっていて誰にも届くことはなかった。


 キッチンでにらめっこしているとケイちゃんが降りて来た。

「何してる?」

「ん?私にもラテ作れないかなぁって。」

 テーブルには牛乳にコーヒー、泡立て器も出してあった。そのかたわらにスマホ。

「あぁ。調べた?」

「うん。調べました。簡単って書いてあるけど私には難しいかも…。」

「ハハッ。いいから座ってろよ。」

 ケイちゃんから戦力外通告を受けてダイニングの方に座る。

 カシャカシャの音と香ばしい匂いに癒される。

 少しすると目の前にカップが置かれた。今度はクマちゃん。

「可愛い。」

「今日、店で優ちゃんにも出してあげるつもりだったのに。もっと本格的なやつ。」

 ちょっと棘がある言葉にシュンとする。

「ごめんなさい…。」

「仕方ない。許してやるよ。また優ちゃんとおいで。」

 うぅ。ケイちゃんやっぱり私に激あまだよ…。いいのかな。

 クマちゃんのラテは飲むのがもったいない気もするけど、そっと口をつける。

「美味しい…。」

「フッ。それは良かった。」

 優しいな…。ケイちゃんは。

 レアチーズを食べようと手を出すとフォークをケイちゃんに取られた。

「え?」

「食べさせてやるよ。」

「な…。大丈夫。子どもじゃないんだし。」

「俺の料理、食べないで帰った罰。」

 はぅ…。そう言われたら何も反論できない。

 小さくカットされたレアチーズがフォークに刺されて口の前に差し出される。

「ほら。あーん。」

「う…あーん。」

「美味しい?」

「はい…美味しいです。」

「良かった。ここ何日か死んだみたいに食べてたぞ。ココのいいとこなんて美味しそうに食べるとこくらいだろ?」

 ん?ん?ちょっと待って。なんかすっごく棘いっぱいじゃなかった?

「料理人が嬉しいことを復唱して。」

「え?何?なんだっけ?」

「作った料理を美味しそうに食べること!ほら。言えよ。」

 なんでなんか命令な感じ?

「言えないならもう作らない。」

「え!待ってよ。ケイちゃんの料理食べれないのヤダ。」

「ふ〜ん。いいこと聞いた。」

「えーなんで?もう作ってくれないの?」

 ケイちゃんは意地悪な顔して何かを企んでるみたい。

「じゃ美味しかったらここにチューね。」

 な…。ケイちゃんはニコニコして頬を指差してる。

「それともこっちのが良かった?」

 指が頬から移動して…。

「ちょっと待って!ほっぺでお願いします!」

 口元とか指される前に!と、ギュッと手をつかんだ。気づれば顔はすぐ近く。

 チュッと頬にキスされて、あわわと椅子にへたり込んだ。

「ま、今回はこれで勘弁してやるよ。次回からはココからな。」

 ニコニコ笑ってるケイちゃんが悪魔に見えなくもない。

 どうしてお色気だだ漏れが再発しちゃったの!?心臓がもたないー!

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