第19話 ココと対峙
バイトの休憩時間。事務所で大智は佳喜に声をかけた。
「なぁココちゃん…俺が狙ってい?」
「な…。」
佳喜は鋭い目つきで大智を睨む。
「いいわけねー。」
大智は鋭い視線にも怯まず、戯けてなおも続ける。
「なんでだよ。ココちゃんお前の妹なんだから俺が狙っても問題ないだろ?」
押し黙る佳喜に大智はハハハッと笑い声を上げた。
「だから本当に兄妹かって。俺に狙われたくないくらいに大事なんだろ?」
何も言わない佳喜に大智は言葉を重ねてから事務所を出ていった。
「ココちゃん。あのココが来てるって言ったら急に出てったぜ。ココちゃんも気にしてるんだろ?」
パタンと扉が閉まり一人っきりの事務所。
「ダメなんだ。俺じゃダメなんだ…。俺じゃ。」
佳喜の悲痛な声だけが小さく響いた。
「ねぇ。心愛ちゃん!待ってってば!とりあえず入ろう!」
後から追いかけてきてくれた優ちゃんに手を引かれファーストフード店の奥に座った。
「ゴメン…。せっかくの食事中だったのに。」
「いいってば。何か買ってくるね。心愛ちゃんは?」
「私はいいや…。」
なんとかそれだけ言うとギュッと手を握って俯く。
どうしたって言うんだろう。バイト先のココちゃんに会ったって別に構わないのに…。
グルグル回る思考は自分でも理解できなくて答えを導き出せずにいた。
フッと差し出されたコップ。それは冷たいのだけどカフェオレ。見上げると優ちゃんがニコッと笑いかけてくれた。
「心愛ちゃん好きでしょ?」
優しい心遣いに昨日の四つ葉のクローバーのラテアートをしてくれたケイちゃんと重なる。ギュッとコップを握りしめると後から後から涙が溢れてきてしまった。
「う…うぅ。」
泣いている私に何も言わずに優ちゃんはずっと側にいてくれた。
黙々とハンバーガーをかじってるのが優ちゃんらしい。
落ち着いてきた頃に優ちゃんの穏やかな声が私にかけられた。
「心愛ちゃんはケイちゃんが好きなんだね。」
その言葉は私の心にストンと落ちてきた。
スキナンダ。ケイちゃんのこと。
「それは…。」
「分かってる。分かってるから。難しく考えないで心に素直になってみて。私も言わない方がいいのかなって思ってたけど…。きっと心愛ちゃんは自分の気持ちが分からなくてモヤモヤしてるんだよ。だから自覚した方がいいと思う。」
自覚しても辛いだけかもしれないけど…。でも今の心愛ちゃんはきっと自分で自分を否定してる。それってきっともっと辛い。
優奈は心愛を思ってギュッと手に力を込めて心愛の返事を待った。
「好き…だよ。ケイちゃんのこと。」
言葉にすると胸がキューっと締め付けられた。
「それは恋だよ。」
「え?でも…。」
ケイちゃんはお兄ちゃんで…。
「そうだけど!今はそこ考えない!」
優ちゃんの頑なな言い方に何故だか笑えてきてしまう。
「変なの優ちゃん…。あれ…あれ…?」
止まったはずの涙がまた後から後から流れてしまう。
うん。ケイちゃんのこと好き。お兄ちゃんなんて思えない。
そう思うと胸は苦しいのにモヤモヤした気持ちはなくなっていた。
「辛いかもしれないけど私も一緒に泣くから。」
そう言う優ちゃんは本当に薄っすらと目に涙を浮かべている。
「どうして優ちゃんが泣くの〜?」
「だって心愛ちゃんが泣くんだもん。」
エーンと二人して泣いている女の子二人組。きっと変な二人組だろう。だけど私はすごく救われた。
ダメだけど、ダメなんだけど、好きでいいんだ私。優ちゃんに好きなんでしょって言ってもらえて心が軽くなった気がした。
しばらく泣いて落ち着いた後にふと思い出す。
「ケイちゃんに悪いことしちゃったなぁ。」
「仕方ないよ。帰ったら謝りなさい。」
「はーい。」
フフッ優ちゃんらしい。
「というかケイちゃんのことだからLINE来てるんじゃない?」
優ちゃんに言われてスマホをチェックしてみると確かに連絡が来てる。
「どうしよう。『バイト終わるの2時だから一緒に帰ろう。迎えに来て』だって!」
「行っておいでよ。買い物はまたにしよう。で、心愛ちゃんは素直でいたらいいの!」
そう送り出されてバイト先に向かうことにした。
もう一度確認したLINEに表示される『佐藤佳喜』の文字。佐藤って名字が嫌だなって思ったことはよくあるけど、ここまで嫌だと思ったことは初めて。ケイちゃんと同じ佐藤だなんて…。ハハッ名字のせいじゃないや。兄妹だからいけないんだった。
でも…。今までのモヤモヤが好きだからだったんだって思うとスッキリした。正体が分からない怪物に対峙するよりも正体が分かった方がずっといい。
お店の近くに行くとすぐ側のコンビニからケイちゃんが駆けてきた。
「ココ!返事ないから心配しただろ?」
ケイちゃんの顔を見ると心の声が漏れそうになる。
私はケイちゃんのこと…ダイスキデス。
胸がきゅぅっと痛くなって顔を伏せるとギュッと抱きしめられた。ケイちゃんの温もりは優しい。手を伸ばせばすぐ近くにいて、でも本当は求めちゃいけない腕なのかもしれない。でも…もう少しだけ…もう少し。
回された腕にギュッとしがみつくとそのまま頭をグリグリされた。
ふいに腕を離されるとそっと顔をのぞきこまれた。頬に優しくケイちゃんの手が触れる。
「こんなに泣いて…。」
ケイちゃんの優しい声と近い顔にドキドキする。
近い!顔!キスするみたいな構図だから!
「ほら。ココに会わせたかったんだ。来いよ。」
言われるまま手を引かれた。
ココってもう一人のココちゃんのことですよね?ついさっき自覚したばかりなのに、いきなり失恋とかって…。
体を硬くしていると手を離されて、目の前でケイちゃんがしゃがんだ。その近くで声がする。にゃ〜んって。…にゃ〜ん?
無意識に背けていた顔を向けるとケイちゃんに撫でられてゴロゴロしている猫がいた。
「この辺に住んでるみたいでココって言うらしいんだ。バイト先は飲食店だからバイト中は触れないけどな。可愛いだろ?」
本当にとろける笑顔を向けて「ココ」って呼ぶ声に胸がドキンとする。
いや、だから可愛いのは猫で、とろけてるのも猫!
手を引かれてしゃがまされると、また抱きしめられた。気づけば小さな路地。人目につかない場所で抱きしめられてドキドキしてしまう。
いや…。だからそんなこと言ったら家でも二人っきりですから!そうじゃん!どうしよう。家で。
思考回路がショートしそうになっているとケイちゃんが耳元でささやいた。
「俺はココが大事なんだ。だからどこにも行かない。」
「え?」
なんのことを言ってるんだろう。ココって猫のココじゃないよね?私のことだよね?
「ココにヤキモチ焼いてたんだろ?」
「え…。」
どうしよう。どうしたら…。
家でもハグされてるし、出かけた時の方があまあまだし、ケイちゃんにしたら普通の気もするんだけど…。
ギュッと抱きしめられた腕はいつもと違う気がしてしまう。首すじにケイちゃんの息が僅かにかかって余計にドキドキが加速する。
ふいにパッと離されると、それに驚いた猫のココが逃げていった。
「ココは極度のブラコンだろ?」
路地から出ようと背を向けたケイちゃんがどんな顔してそう言ったのかは分からなかった。そして続けてケイちゃんは「兄妹だからこそ一緒にいられるんだ」とつぶやいた。
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