第14話 幸せ者

 しばらくして2階から降りてきたケイちゃんが驚いている。

「な…にやってる?」

 私は人参と格闘中だった。

「えっと…たまには私がご飯を作ろうと思って、カレーなら作れるかな?って…。」

 それなのにまな板の上の人参は無様な姿。

 ククッと笑ったケイちゃんが近づいてきて頭をグリグリした。

「危ないって。包丁持ってるのに。」

 そっと包丁を私の手から奪うとまだ笑っている。

「もう。何がそんなにおかしいの?」

「本当にできないんだなって。人参をでこぼこに切るって。ある意味天才的?」

 絶対に馬鹿にしてる。また頭をグリグリされたけど、今回のはちっとも嬉しくない!

「じゃ炒めるの手伝って。教えるから。」

 柔らかな笑顔はすぐ近くてドギマギする。

 馬鹿にしてるくせにそんな笑顔するなんて反則だよぉ。

 残りの野菜を華麗に切っていくケイちゃんの横で私は言われた通り先にお肉を炒める。ボーッと綺麗な包丁さばきに見とれていると何かがはねて手に当たった。

「熱っ。」

 とっさに手を引いたその手をケイちゃんに取られ、指を咥えられた。えぇ。私の指がケイちゃんの口にです。

「あの…ケイちゃん。大丈夫だし、あの…その指じゃないし。」

 口から指を離して「どれ?」と聞くケイちゃん。いや。だからだだ漏れです色気が。

「ほら。炒めないと焦げちゃうし。」

 赤くなってきていた指を見つけたらしく、また咥えられた。はい。その指ですけど…。

「あの…だから…焦げ…。」という私の訴えも聞き入れられ私の腕を握っている反対の手でフライパンを振るい始めた。

 そうじゃなくって!手を離して!そして指を返して!指を!!その余裕さが憎たらしいから!

 しかも片手間でやっているのに全くもって正確にフライパンの中身は宙を舞う。

 ふいに指を離したケイちゃんが「そういえば火傷は冷やした方がいいんだった」ってフライパン片手に冷凍庫から保冷剤を出して私に差し出した。

 呆けた顔をしていたらしい私にケイちゃんが悪戯っぽく笑う。

「どうした?咥えてた方が良かった?」

 意地悪な顔のケイちゃんに急いでブルンブルンと首を振る。ケイちゃんはクククッとまだ笑っている。

 そういえば、とかじゃなくて絶対にわざとだ。どんだけ遊び人でどんだけ私をからかって遊んでるんだよー!

「ほら。危ないから向こうで座ってろよ。」

 これ以上のお色気攻撃は勘弁願いたいので私は言われた通りにダイニングの椅子に座った。


 煮込んでいる間にケイちゃんもダイニングの方にやってきたから身構えるとまたクククッと笑われた。お色気攻撃は終わったらしく何やら難しい本を開いている。

 私はふぅと息をつくとケイちゃんに質問した。

「ねぇ。ケイちゃん?」

「ん?」

「どうしてそんなに一生懸命勉強してるの?パパに言われたから?」

 なんの本なのか分からないくらい難しそうな本を手にケイちゃんは目だけこちらに向けた。

「確かに喜一さんに言われたからだけど…。納得できないことはいくら喜一さんに言われても従わないよ。ココも言われてるだろ?賢さは他人から奪われない。知識は誰にも奪われない財産だ。って。」

 それはパパがよく言う言葉だ。

「うん。言われてる。でもそれを体現できるのはすごいと思う。勉強なんてやった方がいいのは分かるよ。でも嫌になっちゃうものじゃないのかな。」

 しばらく黙ったケイちゃんは本に視線を落として、気の無い返事をされた。

「ココは幸せ者だからね。俺は手に入れれる物は手に入れておきたい。」

 棘たっぷりの言葉を言われてムムムと思うのに、私が今までパパを独占してたと思うと言い返せない。でも、でも、違う!

「ケイちゃんは幸せ者じゃないの?今は…つらい?」

 再びの沈黙の後に久しぶりに見たケイちゃんの鋭い目に射竦められた。そんなに言われたくなかったんだ。きっと特に私に。

 悲しい気持ちでいると頭をグリグリされた。それはなんだかとても寂しかった。

「ココのせいじゃない。俺のせいだ。」

 キッチンに行ってしまったケイちゃんは実際の距離よりもものすごく遠くへ行ってしまった気がした。


 カレーが食欲をそそる匂いをさせて食卓に並べられる。盛り付けも手伝って「ココが手伝ってくれたから今日は格別な味だろうね」とケイちゃんが褒めてくれても心は晴れなかった。

「そういえば手紙来てるぞ。」

 手紙!?

 落ち込んでいた気持ちをワクワクに変えて受け取った手紙は味気ない封筒だった。差出人は内定した会社からだった。

「え…こんな時期に…。まさか内定取消しとかじゃないよね?」

「さぁ」と素っ気ない返事のケイちゃんに余計にやきもきして封筒を開けてみた。

 堅苦しい季節の挨拶から始まるそれは入社式の日にちの連絡と社員証用の写真、戸籍抄本の提出依頼の手紙だった。

「良かった〜。入社式の連絡とかだった。」

 フッと鼻で笑ったケイちゃんは馬鹿にしてるんだろうな。

「入社式のスーツ買いに行かなきゃな。」

 鼻先で笑ったケイちゃんからの思いもよらない言葉に本当に色んな意味でパパ代わりなんだろうなと思った。そんなお荷物のお世話してたらそりゃ幸せなんて思えないかもなぁ。

「大丈夫だよ。スーツは優ちゃんと買いに行くから。」

「優ちゃん…。」

「あ、あの居酒屋さんでケイちゃんを席まで案内してくれた子だよ。」

「ふ〜ん。」

 ケイちゃんはまた気の無い返事をした。

 興味ないなら聞かなければいいのに…。

 そう思うと気持ちが落ちてしまいそうになって急いで急浮上させる。

 落ち込んでても仕方ない。ケイちゃんが幸せって思えるように私が頑張ろう!

 そう気持ちを切り替えると元気がわいてきてケイちゃんにお願いした。

「もう一度ママとお電話したいんだけど、お願いできないかな?」

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