第13話 天国への電話

 リビングに行くとケイちゃんが何か勉強らしいことをしていた。

 そうだよね。大学院行くしね。それに料理の勉強とか他にもやることはたくさんあるよね。きっと。

 ケイちゃんがまた私の知らない遠くへ行ってしまう気がして胸がズキッと傷んだ。

「なんだ。もう帰ってきたのか。晩飯は食べなかったのか?」

 出していた参考書のようなものを閉じて立ち上がったケイちゃんはすぐ近くまで来ると「おかえり」の声とともに先に頬へチュッってしてから私を腕の中に収めた。

「なんか元気ないな。頭のお花畑がしおれてる感じ。…まだ愛子さんと話したいとか思ってる?」

 お花畑って…。まだそのネタ引っ張る?でも確かにママとお話ししたい。

 ちょうど前にもらった手紙は「あやまろうね」だった。それを読み返せばいいのかもしれない。でも心がごちゃごちゃでママと話したかった。

 胸の中でコクンと頷くと頭をグリグリされた。それが最近はちっとも嫌じゃない。ハグやチューよりもずっと大切にされてるって思えるからかな。

 ケイちゃんは「ちょっと待ってろ」と2階に行ってしまった。


 降りてきたケイちゃんは何か持っていた。

 えっと…糸電話?

「ほら。試してみたら?」

 あの…やっぱり馬鹿にしてます?

 手渡された糸電話の糸は確かにものすごく長そうだけど、まさかそれが天国に届くなんてさすがの私でも思えない。

「何、ボヤッとしてるんだよ。俺が届けてやるから。」

 悪戯っぽく笑ったケイちゃんにドキッとしていると片方の紙コップ(先に糸付き)が手渡され、もう片方をケイちゃんが持って2階に上がって行ってしまった。

 からかわれてるのかな…。

 そう思いながらも、もしかして…と思って紙コップを口に当てた。まっすぐ2階まで伸びる糸。その先は階段の陰になっていて見えない。ピンッと糸が張ってその糸が動かなくなったことを確認してから呼びかけてみた。

「ママ?心愛です。」

 ドキドキしつつ耳にコップを当てた。

「…どうしたの?心愛ちゃん。」

 ギュッと心臓が鷲掴みされたかと思うくらい柔らかくて優しい声がちゃんと聞こえた。それは…少しだけ高い声の紛れもなくケイちゃんの声。

 やっぱりからかわれてる?

 それでも優しい声色にどうしようか迷っているとまた声が聞こえた。

「心愛ちゃん?何か相談事があるんでしょう?」

 心愛ちゃんって…。ママの真似してくれてるんだね。

 からかわれてるっていうよりも…やっぱりこれはケイちゃんの優しさなんだろうな。

 そう思って、ママと思い込むことにして私は相談することにした。

「あのね。ママ。今日、お友達とケンカしちゃって。」

 そこまで話すとコップを耳に当てる。

「そう。…つらかったわね。」

 フフッ。「わね」って本当にママみたい。

 お互いに少し話すと沈黙が交代の合図。口に当てていたコップを耳に、耳に当てていたコップを口に移動する。

「だってね。友達がケイちゃん…っていうお兄ちゃんが出来たんだけど、ママ知ってる?」

「えぇ。知ってるわ。」

「お兄ちゃんの悪口を言うんだもん。パパのこともよ。それで悲しくなっちゃって。」

「そう。心愛ちゃんは優しいのね。」

「そんなことないよ。友達に怒っちゃったし。」

「仲直りしたい?」

「それは…。」

 佐藤仲間で仲良くて、集まれば楽しかった。それに拓真の言ったことは図星だったから余計に怒れちゃったんだと思う。やっぱりパパとお兄ちゃんなのにおかしいのかなって。

 ぼんやり耳に紙コップを当てていると優しい声が届いた。本当にママがそこにいるみたいな優しい声。

「心愛ちゃんならできるわ。だってママの子だもの。」

 自然と涙が溢れた。いつも手紙にママが書いてくれる言葉。そして生前もいつも何かあれば言ってくれた言葉。

「うん。そうだね。ありがとうママ。私もママのこと愛してる。」

 紙コップをテーブルに置くと溢れる涙を拭った。本当にありがとう…ケイちゃん。

 しばらくするとケイちゃんが2階から降りてきて何も言わずに頭を撫でてくれた。その手は温かくて優しくてまた涙が溢れた。

 分かってる。過度なスキンシップはパパと同じで私がママがいなくて寂しいって思わないようにしてるってこと。ケイちゃんはきっとママどころかパパが遠くにいることも寂しくないようにしてくれてるんだって分かってる。

 少しするとケイちゃんは糸電話をテーブルに置いて2階に行ってしまった。

 本当にママと話したみたいに心は晴れやかだった。

 ママはいつもこうしたら?って答えをくれるわけじゃなかった。私が悩んでいることを聞いてくれて、最後にちょっとだけ背中を押してくれる。「ママの子だもの大丈夫。心愛ちゃんなら大丈夫」は魔法の言葉だった。

 テーブルに置かれたままの糸電話を大切そうに戸棚の上に置いた。

 また何かに悩んだらママとの電話してくれるのかな。

 そんな思いに心が温かくなった。


 佳喜は自分の部屋でまたベッドに仰向けで腕を顔の上に乗せていた。

「ったく…あんなんでいいのかよ。」

 思いつきでやった糸電話。ココだって俺がやっていると分かっているはず。それなのに…。

「あんな涙流しやがって…。」

 なのに俺は…。

 つらそうに顔を歪めさせ、便箋は出さないまま日記のような物を広げ読み始めた。

 そこには「ここあちゃんに つたえたい たくさんのこと」と書かれていた。

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