第12話 周りの気持ち

 朝起きるとケイちゃんは既に起きていて朝ご飯を用意していた。昨日に今日で少し気恥ずかしいけれど「おはよ」と挨拶をして自分から抱きついてみた。

「あ、あぁ。おはよ。ココ。今日も可愛いな。」

 ケイちゃんは棒読み気味なセリフをこぼして頬に軽く唇を触れさせた。

「ほら皿からオムレツが落ちる。」

 迷惑そうなセリフのこっちは本音っぽい。やっぱりハグもチューも可愛いって言葉もしたいわけでも本心でもないんだから…。

 そう思うけれどケンカしたままの険悪な雰囲気よりもこっちの方がずっといい。とりあえずはいつも通りな朝にまいっかと思うことにした。


「ママとさぁ。話ができたらなぁってたまに思う。」

 つい口から出た願望にケイちゃんが呆れているのが分かる。

「ココってちょいちょい発言が頭にお花畑が咲いてるよな。」

 お花畑…。ものすっごく馬鹿にされてる。

「そんなことないもん。無理なのは分かってるんだけどさぁ。」

 直接相談したいことだってあるのに…。ケイちゃんに相談もなんだかしにくいんだよね。急にお兄ちゃんできたんだけどどうしたらいいと思う?なんて本人に聞けないし。パパはあてにならないしなぁ。

 先に食べ終わったケイちゃんが席を立ってそのまま頭をグリグリしてきた。

「今日からやっぱり俺バイト休むから。」

「え、ダメだってば!私は大丈夫だから。ちゃんと早く帰るし。行き先もケイちゃんに言っていくから!それに今日は昨日のお詫びにみんなに奢るねって約束しちゃったし。」

 お金も払わずに急に帰った謝りLINE。その「次は私が奢るから!」っていうのが今日になった。

「ココはココで好きに出掛ければいい。俺は家にいるから何かあれば連絡して。」

「でも…。」

「いいから。俺は好きでそうするんだ。」

 取りつく島もなさそうなケイちゃんに納得できないけれど反論もできなかった。


 昨日とほぼ同じ予定で、最初に優ちゃんと会った。

「知ってるよ。昨日の彼がお兄ちゃんでしょ?」

「え?分かってたの?」

 ランチに来たファーストフード店で優ちゃんは当たり前でしょって顔してる。

「ケイちゃんって呼んでたし。どことなく似てるんじゃない?」

 そういえばケイキって名前だって話したっけ。顔かぁ。そうかなぁ。似てる…か。そういうこと考えたことなかったなぁ。

「それに心愛ちゃん一言も彼氏できたとは言ってなかったもん。それで本当に昨日の彼が彼氏だったら私は激怒します。」

 ほんわか口調で言われたのにそれが逆に恐いよぉ。

「分かってるよ〜。優ちゃんには一番に報告するって!」

 私の返事に満足そうな優ちゃんはニコニコしてる。

「いいお兄ちゃんじゃないかな。心愛ちゃんにぴったり。」

「そうなのかな。よく分からないや。」

 ずっと一緒にいた優ちゃんが、いいお兄ちゃんで私にぴったりって言うならそうなのかな。

「だいたい心愛ちゃんは未だに初恋の彼を忘れられないんだから彼氏なんて夢のまた夢だよね。」

「そ、そんなことないよ!」

「だって。その初恋の彼はどこの誰かも分からないんでしょ?」

「う…。まぁ。」

 初恋の彼って優ちゃんは言うけど、初恋かどうかも怪しい甘酸っぱい記憶…。しかも記憶は曖昧で二人の男の子なのか、両方とも同じ男の子だったのかも覚えていないくらいのあやふやぶり。

 誰かも分からないんじゃどうにもならないしさぁ。でも不思議と忘れられないでいる男の子。


 夕方になると同じ居酒屋さんがいいって言う男の子二人の意見で駅前のチーズに来ていた。

「昨日はゴメンね。ケイちゃ…ううん。お兄ちゃんなの。パパと同じ心配性で。」

「ビックリしたよなぁ。「俺?彼氏だけど?」だもんな。」

「うん。そうだよね。だからゴメンって。」

 会ってすぐに謝りの言葉を口にした私に拓真が一番の不満顔でいる。優ちゃんは事情を全部分かっていたから昨日の時点で拓真と陽太にも説明してくれたみたい。

 陽太は何も言わないでいてくれるけど拓真はまだまだ言い足りない感じ。

「心愛の父さんもそうだったけど、兄ちゃんまであぁなんて気持ち悪くね?しかも最近急に兄ちゃんだって現れたんだろ?禁断の恋ってやつ?」

 拓真の言葉に謝っていたことをすっかり忘れてしまう。

「気持ち…悪いって…何?」

「あ?だってそうだろ?親子や兄妹なのにこんな大きくなっても迎えにきてよ。しかも彼氏だなんて言って。その上、一緒に住んでるんだろ?どんな関係だよ。」

 ケイちゃんは…ケイちゃんはそんなんじゃない。雷と雨が苦手な私のためにバイト休んじゃうようなそういう…。

「心愛も案外あのキモい奴のこと…。」

「もうやめて!パパもケイちゃんもそんな人じゃない!」

 つい大声を出す私に店中の人の視線が刺さる。でもそんなこと構わない。拓真にわめき散らしそうな私を優ちゃんが静止した。

「待って。心愛ちゃん。今日はもういいから帰りなよ。ケイちゃん本当は今日も心配してるんでしょ?」

 優ちゃんになだめられて私は「でも…」と言いながら陽太に手を引かれた。

「俺、心愛の家まで送ってくわ。」

 強引に手を引かれて私と陽太はお店を後にした。


「拓真がこんなに最低だなんて思わなかった。」

 残された拓真と二人、優奈は相変わらずのほんわか口調で、けれども反論できない凛とした声で拓真を一蹴した。拓真は何も言わない。

「心愛ちゃんが雨と雷は亡くなったお母さんを思い出して辛いってこと知らないの?」

 それは…。小さくつぶやいて申し訳なさそうに顔を下に向ける。

「心愛ちゃんのこと拓真も心配なのは分かるけど、見守るしかないんじゃないかな?」

「…それが……許されない恋でも?」

「そう。もしそうなっても一番つらいのは心愛ちゃんだもの。」

 拓真は思い出していた。自分には向けたことのない照れたような恥ずかしそうにはにかんで手を引かれた心愛の顔を。それが兄であろうと自分は敵わないのを思い知っていた。

 優奈だって心愛には幸せになって欲しい。大切な親友。辛い恋なんてして欲しくない。でも昨日の顔を見ちゃったら…。いつか大泣きすることになっても一緒に泣くのに付き合うことしかきっと出来ないんだと思っていた。


 陽太は引いていた手を離して、珍しくボソッとつぶやいた。

「なぁ心愛。拓真のことは許してやれよ。」

「許してやれって言われても…。」

「心愛のこと心配なんだよ。もちろん優奈も俺も。」

 こんなに歯切れの悪い陽太は初めて見た。

 いつも元気いっぱいにニカッと笑ってのぞく白い歯。ケイちゃんのバイト先のオーナーも太陽みたいと思ったけれど、陽太もそんな感じだ。

 みんなの太陽。落ち込んでるとバシバシって背中をたたいて「痛いってば!」って怒れば「ほら顔が上がった。下向いてるなんてらしくないぞ」って笑うんだ。

 その陽太が今は言葉を選んでいる。

「ま、俺らが悩んだって仕方ないよな。心愛、頑張れよ!」

 いつも通りの陽太に戻った明るい笑顔で背中をバシッとたたかれた。

 頑張れよって何を頑張るんだろう。分からないまま「送ってくれてありがとう」と陽太と別れた。

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