第10話 突然に
「買い物に行かなくっちゃ。たくさん動かないとお腹空かないよ?」
ふわふわの栗毛を弾ませてほんわか口調で話す内容が実はすごい。今、デザート食べたのにランチはもちろん別。ランチの後にもデザート食べるし。そのための買い物(運動)なのかと思っちゃう。
優ちゃんがほんわかさんなのは話し方と佇まいだけだね。うん。
買い物して、ランチして。その合間にもケイちゃんのことはもちろん、久しぶりにいろんな事を話して楽しい!やっぱり持つべきものは友達だね。
夕方になって他の佐藤仲間と集まるべく駅前の居酒屋さんに着いた。中に入って待っていると少しして陽太(ようた)と拓真(たくま)が「わり〜。遅くなって」と頭をかきながら席にやってきた。
陽太はがたいもよくて背が高くいつもみんなのお兄ちゃん的存在。まとめ役を買って出てくれる頼れるアニキなんだ。
拓真はお調子者でいつも笑わせてくれる。ずっと背が低かったのに高校で一気に伸びていつの間にやら抜かされた。高校でモテ期来たー!って喜んでたっけ。
懐かしい顔ぶれに自然と顔が緩む。
「心愛。久しぶりだな。相変わらずのファザコンか?」
拓真は挨拶代わりにいつものからかい半分な言葉を投げてくる。
「私がファザコンなんじゃなくてパパの問題!それにしても拓真ったらまた背が伸びたんじゃない?身長だけは無駄に高いんだから。」
「無駄ってなんだよ!無駄って!」
「拓真のは無駄だよな〜。運動やってたのかって思われて大学でサークル誘われても断るしかないよな。ザ・見掛け倒し!」
「うっせー。陽太の脳筋!」
厚い胸板に拓真が軽くパンチすると陽太は拓真の頭をグリグリ撫で回している。
ホントいつまで経っても仲いいんだから。
私は優ちゃんと顔を見合わせて笑った。
「なぁ。小学生の頃に「お前ら名字が一緒じゃねーか。結婚してるのか?」って言われたの覚えてるか?」
拓真が悪戯っぽい顔で質問してきた。懐かしいな。それ。
陽太と優ちゃんはお手洗いに行っていて、拓真と二人でそんな昔話が始まった。
「あった。あった。あれ嫌だったなぁ。でもさ、そこで優ちゃんが「じゃ私は心愛ちゃんのお母さんで陽太は私たちの…おじいちゃんね!」って言ってくれて大爆笑になってさ。優ちゃんってあの頃からさすがだよね。」
「そうそう。陽太はおじいちゃんかよ!ってな。笑ったなぁ。」
佐藤って名字でいろんな迷惑を被ってきたけど、今もこうして佐藤仲間で仲良くできているのは他ならぬ「佐藤」のおかげ。
「俺と夫婦かって言われて泣きそうな顔してたよな。心愛。……俺あの時、結構ショックだったんだぜ。心愛のことさ…」
私たちの隣の席にやってきた人たちの大きな会話で拓真の声は遮られた。
「ヤダ〜。今にも降り出しそうな天気じゃなかった?」
「まぁいいじゃない。お店に入れたんだし。春の天気って不安定な割にすぐに変わるから出る頃には止んでるかもよ。」
雨…降るのかな。
隣の人の会話に気を取られ、心あらずな心愛に拓真が頬をぷにっとつねった。
「おい。心愛。よそ見し過ぎ。」
「あ、ゴメン。もぉほっぺつままないでよ〜。」
そういえばケイちゃんにここまで近寄られるとドキドキするけど、拓真は平気なんだなぁ。
ジッと拓真を見ていると拓真がプイッと目をそらした。
「心愛って昔から何考えてるか分かんねーよな。」
「私、不思議ちゃんじゃないよ?不思議ちゃんってどっちかって言ったら優ちゃんでしょ?」
「そうじゃなくって…。」
拓真が何かを言おうと口を開きかけたところで「ココ!」と呼ばれドキッとする。
この声…とそちらを見るとやっぱりケイちゃんがそこにいて…。
驚いているとケイちゃんの後ろから優ちゃんが「この方「心愛って子が来店してないか?」ってお店の人に聞いてたから。連れて来ました。」と説明してくれた。
「帰るぞ。」
「ケイちゃ…帰るって…。」
「雨が降りそうだ。」
当たり前のことを言う口調で話すケイちゃんはどこか怒っているような感じで、まだ朝のこと怒ってるのかな。それなのに迎えに来たのかな…。そんなことを思ってしまう。
「おいおい。お前、誰だよ。」
拓真が不機嫌そうにケイちゃんに突っかかる。
「俺?ココの彼氏だけど?」
「ちょ、ちょっと!ケイちゃん!」
ケイちゃんは有無を言わさずに私の手を引いてお店から連れ出した。呆気に取られた拓真と優ちゃん。それに全く何も知らずにすれ違って驚く陽太を残して。
外に出ると空は確かに今にも降り出しそうな空色で厚い雲が下まで迫って来ているみたいに見える。
「もう!なんであんな事を言ったの?またパパの入れ知恵?」
パパも私が異性の友達と遊ぶってだけで8時には迎えに来て「心愛の彼氏だ」って。でもパパはギャグで終わるけどケイちゃんは笑えないから!みんなケイちゃんがお兄ちゃんなんて知らないし。
パパのせいで8時のシンデレラって言われたなぁ。
懐かしい記憶に思いを馳せかけて今の状況が変なことを忘れそうになる。
そうだ。手、つないだまま!!
「ねぇ。手、引っ張らなくても歩くから!ねぇ。ケイちゃん!」
やっぱり怒ってるのかこっちを見てもくれない。
玄関を開け、中に入るとすぐに抱きしめられた。
「な…。ケイちゃん…。」
戸惑う私の耳に外から恐ろしい光と音が聞こえた。
ゴロゴロゴロ…。バリバリバリ!
「ひゃぁ!」
思わずケイちゃんにしがみつくと頭の上からケイちゃんのため息混じりの声が降ってきた。
「バカココ。」
馬鹿な心愛って意味ですよね。それ以外ないよね。
そんな呑気なことを考える余裕もないほどに外ではゴロゴロバリバリ、ピカッと恐ろしい光景だ。
「ったく…。」
ケイちゃんは私から腕を離して恐ろしい光景を見せる窓のカーテンを閉めに向かうみたい。でも…。
「や…。行っちゃヤダ。」
カタカタと震える手でケイちゃんの服をつかむ。ケイちゃんは頭をポンポンとするとまた腕の中に私を収めた。さっきよりも大きくなるバリバリバリって音に足もガクガクと震え始めてケイちゃんにつかまってないと立ってられない。
ケイちゃんは諦めたのか玄関に腰を下ろした。抱きしめられたままの私は「ひゃぁ」と小さい悲鳴をあげてケイちゃんのあぐらの上に乗せられた。そんな私をケイちゃんはもう一度抱きしめ直す。そして耳元でささやかれた。
「大丈夫だ。大丈夫だから。」
その優しい声色に体をケイちゃんの胸に預けコクンコクンと何度も頷いた。
心地いいトクトクというケイちゃんの心音と「大丈夫」と言い続けてくれるケイちゃんの優しい声の遥か彼方でゴロゴロと聞こえているような気がした。
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