第9話 ケンカの気持ち

 心愛が手紙に気づく数時間前。佳喜が昨晩、心愛に「放っておいて」と言われた後…。

 佳喜は、はーっとため息をついてソファにもたれかかっていた。思った通りに行動できない自分に不甲斐なさを感じていた。髪をかきあげた手でそのまま髪をクシャッとさせて、再びのため息をつく。

 ソファに預けた体はどこまでも沈んでいってしまいそうだった。

 しかししばらくすると何か思い立ったように自分の部屋に向かった。

 椅子に腰掛け机に便箋を出す。そして真剣な面持ちで書き始めた。優しい穏やかな顔よりもつらそうな顔で何度も日記のようなものを確認しながら…。

 書き上げるとまたため息をつく。

「これを利用してるみたいだ…。でも…。これはココの為なんだ。ココの…。」

 言い聞かせるようにつぶやいてダイニングテーブルの心愛が座る場所に置いた。

 今回の手紙だけはいつかではなく、すぐに届いて欲しかった。今までは何があっても決まったポストに入れることにこだわっていた日々を苦笑する。

「何やってんだ…。俺…。」

 自嘲しながらも手紙はそのままで部屋に戻り眠りについた。


 朝起きるとそこまでしたのに不穏な雰囲気を変えることも、心愛が手紙に気づくこともなかった。

 険悪な雰囲気を残して2階に上がってしまった心愛に自分は何がしたいのかと自問自答を繰り返す。

 考えあぐね置き手紙を残してバイトに向かったのだった。


「ママからの手紙が2日連続なんて珍しいなぁ。」

 そうつぶやきながらソファに座って手紙を開ける。その視線の先にあるキッチンが綺麗に片付けられているのが目に入った。作ってもらった上に片付けをしなかったことに気づいて胸がチクッとした。

 ケンカしてたからってそれはダメだよね…。

 反省する気持ちのまま手紙に視線を落とした。


『かわいい ここあちゃんへ

 きょうも かわいいえがおで いますか?

ままは ここあちゃんの えがおが だいすきだよ。

 きょう ここあちゃんに おくりることばは

 すなおに あやまろうね です。

 ごめんなさい は ありがとうと おなじくらい たいせつだって ままは おもうよ。

 けんかを したのかな?

 きっと あいてのこも あやまりたいと おもっているよ。

 ゆうきを だして。おうえんしてます。

 あいをこめて ままより』


「さすがだなぁ。ママは。今、欲しい言葉をくれるなんて。天国から見てるのかな。」

 手紙を胸に抱いて上を見上げた。ママが見守ってくれる気がした。

 でも…謝れなかった。

 肩を落としてダイニングテーブルの方へ行きケイちゃんの伝言の紙をもう一度手に取った。そしてその下に自分も書き込んだ。

『優ちゃんは地元の友達だよ。今日は一緒にランチしてお喋りしたりお買い物したあとに、夕ご飯は別の友達も合流する予定。場所は駅前のチーズって居酒屋さん。友達の終電が無くなる前には帰ります。』

 そこで手を止めた。本当は『昨晩も今朝もごめんね』って書きたかったけど、ここに書いて終わりにするのは違うかなと思って。

 最後に『心愛』と付け加え、お出掛けの準備をすることにした。

 部屋に入るといつもの場所に大切そうにママへの手紙をしまう。そこでふと気づいた。

「あれ。これ…消印がないや。……。」

 しばらく考えて自分なりの答えが見つかって微笑む。

「本当に…天国からだったりしてね。」


 優ちゃんとの待ち合わせは可愛いカフェ。ふわふわした栗毛とパッチリしたおめめが可愛い優ちゃんは小学生からの友達。フルネームは佐藤優奈(ゆうな)。佐藤仲間なのだ。ちなみに後から合流する子たちも佐藤仲間。

 優ちゃんは先に来ていた。私に気づくと手を軽く振ってニコニコしている。先に注文してるのがチョコパフェって本当に女の子って感じなんだから。

 変なところで感心している私に優ちゃんは小首を傾げて質問した。

「心愛ちゃん久しぶりなのに元気なくない?いつものパワフル天真爛漫な心愛ちゃんはお出掛け中?」

「お出掛けどころか家出中!聞いて〜!優ちゃん!!」

 私も乙女の代表?のチョコパフェを真似して頼むと優ちゃんに泣きついた。


「そっかぁ。急にお兄ちゃんできたんだね。」

 優ちゃんは私が食べ切れなかったチョコパフェまで食べてくれている。こんなに細い体のどこに入っていくんだろう。おまけに背も小さいのに。

 そんな優ちゃんが決めつけるように言った。

「心愛ちゃんへの甘やかしっぷりがやっぱりお兄ちゃんだね。」

「ううん。それはパパに言われてるからだよ。」

 私は首を振ってから追加で注文した珈琲を飲む。

 甘い物も好きだけど…少しでいいんだよね。甘い物は別腹って優ちゃんみたいなガチな女の子だけだよね。…私も性別は女の子だけどさ。

 優ちゃんは幸せそうに溶けかかっているチョコパフェを口に運ぶ。「う〜ん。幸せ」とか言いながら。

「でもさ。言われたからってできる?桜さんのお墨付きもらえるほどに心愛ちゃんのパパ並みの甘やかし方なんでしょ?」

 桜さん家に優ちゃんも遊びに行かせてもらったことがあって桜さんのことは知っている。それに翔くんルーくんの私への溺愛っぷりも。

「そうなのかなぁ…。」

「それよりケンカしたのは完全に心愛ちゃんが悪いよ。ちゃんと謝らなきゃね。」

 ほんわかしてるのに芯が強い優ちゃんはビシッと言う時は言うんだよね。…いえ。私が悪うございました。はい。分かってます。

「自分が悪いのは分かってるんだけど、なんて謝ったらいいのか分からなくて。」

「お互い意地っ張りなのも兄妹っぽいじゃん。適当にやれる人なら朝のうちにいつも通り接してくれるんじゃない?…でもさ。そういう人って嫌いでしょ?心愛ちゃん。」

 う…。確かに。険悪なままだったはずなのに何ごともなくヘラヘラ接しられて心にもなくゴメンとか向こうから謝られるのは違うなって思うかなぁ。

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