第7話 ココとココ
一人で座っていると先ほどの女の子がやってきた。何か言ってやろうって顔してるのが分かって嫌な気持ちが再発する。
「ケイくんが1ヶ月も休むなんてあり得ないんだけど。どれだけワガママな妹なの?子どもじゃあるまいし。ケイくんの夢を邪魔しないで。」
ケイちゃんの夢…。料理人志望って確かに言ってた。私、それを邪魔してる?
「おいおい。変な言いがかりはやめろよ。妹ちゃんが困ってるだろ?」
席に案内してくれた好青年まで私のところにきていた。
「あの…他のお客さんは大丈夫ですか?」
「まだ早いからね。ちょうどランチとディナーの休憩時間に入るところだったんだ。」
好青年が言うようにお店はがらんとしていた。
「言いがかりじゃないわ。本当のことじゃない。」
注意された女の子は口を尖らせて店の奥へ行ってしまった。
「ゴメンね。ケイあぁ見えてモテるから。」
「あぁ見えてって見るからにですけど。」
しょんぼり肩を落とす私に意外だと言わんばかりの顔を向けた。
「あいつの眼光の鋭さに恐れ慄いて大抵は近づかないよ。ただここには…。」
ここには?続きを待ちわびてるのに好青年は別の話をしてくる。
「そうだった。俺は大智(たいち)でさっきの子は葵(あおい)みんな佐藤なんだ。」
「そっか。佐藤さん。」
だから下の名前を呼び捨てなんだ。そう思うとなんとなく嬉しかった。
「ねぇ。本当に兄妹?」
「え?」
「だって…。」
大智くんはテーブルに置かれた私の手を知らない間に自分の顔の方へ引き寄せて、今にも手の甲にキスしかねない雰囲気だ。
類は友を呼ぶってやつですか!?どうしてナチュラルにたらし行動ができるのよ!
「もう!そういうのは彼女さんにしてくださ…」
全部言い終わる前に後ろから腕が回されると抱き寄せられて大智くんから距離が取られた。もちろん手も引っ張られ大智くんから離される。そのままケイちゃんの腕の中に収まった。
「ココ。こいつは会話しただけで妊娠する恐れがある奴だから近づくの禁止。」
う、うん。大智くんもそうかもしれないけどケイちゃんも近いものがあるんじゃないのかな?ほら。この腕は何よ。この腕は。
「なんだよ。話してただけだろ?」
大智くんは不服そうなのに楽しそうに笑っている。
「ケイがそんなの本当珍しいと思ってたけど名前が一緒だからかぁ。」
「名前が一緒?」
「あぁ。ココのことか。」
ケイちゃんも心当たりがあるような口ぶりで話す。ココ?私じゃないココちゃんがいるのかな?
「ケイはさ。普段すっげー近寄りがたい鋭い目つきで人を寄せ付けないんだけどよ。ある人の前ではとろける笑顔なんだ。」
ある人の前では…。
「ココちゃんって同じ名前だからだな。ココちゃんにケイがそんな甘ったるい顔を向けてるの。」
大智くんの話は途中から全く頭に入ってこなかった。ココちゃんって人の前では、前だけでは心を許してるんだ。ケイちゃん。
「バーカ。そんなんじゃねーよ。妹だからだろ。」
「その…ココちゃんは?」
ドキドキしながら質問すると大智くんはニヤニヤした顔をした。
「今日は来てないよ。気まぐれだからね。また今度来れば会えるかもね。」
「お前まだディナーの準備あるんだろ?」とケイちゃんに言われた大智くんは「はいはい。お兄様」とふざけながらキッチンの方へ消えていった。
目まぐるしくケイちゃんの知らなかった一面を見て何故だかショックだった。
当たり前だよね。今まで別々に住んでたんだし。お兄ちゃんがいるって知ったのでさえ最近だし。
「悪かったな。その…考えなしに連れて来ちまって。」
ケイちゃんは頬を指でポリポリとかいてそっぽを向いた。何かケイちゃんに言おうとした時にオーナーがキッチンから声をかけた。
「せっかくだ。おすすめをケイに作ってもらいな。ケイの料理は格別だよ。心愛ちゃんって名前だってな。見た目と同じように可愛い名前だ。」
ワッハッハと笑ってキッチンにまた戻ってしまった。
「ったく。自分がサボりたいだけくせに。…悪いな。作ってくる。何か食べたい物あるか?」
ううんと首を振るとケイちゃんに手を握られた。
「えっ…と。」
ケイちゃんはこっちも見ずに「消毒」とだけ言ってキッチンへ行った。
消毒…消毒…。えっと…。大智くんの?
不意打ちにココは顔が熱くなるのを感じた。
えっ…と。えっ…と。どっちが危険人物かケイちゃんは分かってないよ。
「菜の花のパスタと彩り野菜のサラダにミネストローネ。」
しばらくして目の前に出された料理はどれも美味しそうで目移りしちゃうけど、それよりもシェフらしい白いピシッとしたケイちゃんにドキドキする。
「どうした?苦手だった?」
顔を覗きこんできそうなケイちゃんに「ううん」と首を振るとフォークを手にした。
「ケイちゃんは食べないの?」
「まぁまぁ。心愛ちゃんの感想を聞きたいんだよ。まずは食べてやって。」
ニコニコ顔のオーナーに促されて口に運ぶ。菜の花なんて食べたことなかったけど美味しい…。これを春らしいって言えばいいのか、なんて言ったら…。
言葉に困ってケイちゃんに視線を向けるとクククッと笑われた。
「大丈夫。難しい感想言わなくても顔いっぱいに感想言ってる。」
「本当本当。心愛ちゃんには食べさせがいがあるな。」
オーナーまでニコニコしてそんなことを言った。ケイちゃんはキッチンの方からこっちに来て隣に座る。白い制服も脱いでいつものケイちゃんだ。
「俺も食べよう。そうだ。スープ飲んでみて。」
言われてスープを飲んでみる。
「…美味しい。ミネストローネって実は少し苦手で…。」
「セロリだろ?これも入ってるぜ。」
「本当!?」
クククッと笑っているケイちゃんはすごく幸せそうに見えて、あぁやっぱりケイちゃんって料理を作って食べてもらうのが好きなんだなぁってよく分かった。
「ねぇ。ケイちゃん。バイト休まないで行ったら?私は大丈夫だよ。」
精一杯の笑顔を向けた先にケイちゃんの驚いた顔があった。
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