第6話 恵まれてる人

「ただいま〜。」

 大きな声がしてリビングにやってきたのは翔くん。

「また翔は授業抜け出してきたのかよ。」

 ルーくんが突っかかって文句を言う。

「そんなわけないだろう。今は休憩時間だ。10分なら滞在できる。心愛が来てるのに会えないなんて…。こいつ誰?」

 翔くんも相変わらず…。翔くんまで私に腕を回したままのケイちゃんを睨んでいる。

「心愛ちゃんのお兄ちゃんで喜一さんの…。」

「喜一さんの隠し子。」

 桜さんの言葉を引き継いでケイちゃんが自分で自己紹介した。

「で、お兄ちゃんがどうして…。」

「お兄ちゃんの特権。」

 翔くんの言葉にかぶせ気味でケイちゃんは言葉を発すると、これ見よがしにまた自分の方へ引き寄せて顔を近づけてくる。

 だから近いってば!

「ケイちゃん。別にお兄ちゃんだからってこのままじゃなくていいの。これじゃケーキ食べれないし!」

 私が文句を言っても余計な言葉がたくさん返ってくる。

「食べさせてあげるから大丈夫。」

「なんだよ。食べさせるの俺だぞ。」

「何、言ってんだ。俺はそのために10分の滞在をしに来たんだぞ。」

 大きな子どもに見える3人がぎゃーぎゃー騒いでる。

「もう!自分で食べたい!」

「あらあら。大変ね。」

 桜さん含め、誰も私の意見なんて聞いてない。みんな私をおままごとのお人形か何かだと思ってない?おもちゃの取り合い的なさ。

「くそー。もう戻らないと。今日は喜一さんいないって聞いたから心愛を抱きしめられると思ったのに。」

「翔が抱きしめたら骨が折れる。馬鹿力!」

「…瑠羽斗、帰ったら腕ひしぎ十字固めな。」

 翔くんはルーくんに厳しい言葉を残して来た時と同じくらい颯爽と出て行った。


「あいつ何?」

 ケイちゃんが怪訝そうな声で質問する。

「翔くんは掛け算のかけるじゃなくて、走る方の駆けるが好きでね。体育の先生なの。すぐ近くの高校で教えてるよ。」

 私の説明にルーくんが不機嫌そうに付け加える。

「あんなんに教えられるなんて生徒が可哀想。」

「翔くんは熱血だから生徒さんにも人気があるらしいよ。ルーくんだって本当は翔くんのこと好きなくせに。」

 プイッとそっぽを向くルーくんはいじけた子どもみたいで可愛い。

「で、瑠羽斗は何やってんの?」

 もう上下関係を決めつけたようにケイちゃんは呼び捨てでルーくんに質問する。まぁルーくんは見るからに可愛い系の男の子だもんね。

「俺は…大学1年。」

 自分の方が確実に年下と分かったルーくんは不服そうな声を出してそっぽを向いたまま。

「なんだ。ガキじゃん。」

 あぁ。ケイちゃん…。ルーくんにその言葉は禁句なのに。

 従兄弟の中で一番の年下でいつも可愛い可愛いで男扱いしてもらえなかったルーくん。割と根に持ってるみたいなんだよね。

「うるせー。心愛の兄ちゃんなんて心愛と結婚できないんだからな!年下でも従兄弟なら結婚できんだからな!」

 涙目で2階に上がっていってしまった。

 ありゃりゃ。ちょっと可哀想な気もするけど…。

 ケイちゃんは気にする素ぶりもなく珈琲を美味しそうに口に運んでる。

「あらあら。うちの子たちを撃退しちゃうなんて頼もしいわ〜。これなら喜一さんも安心ね。」

 桜さんのズレた感想がなんとなくその場を和ませた。


 桜さんにこの春からこっちに住むことを伝え「お邪魔しました」とお礼を言った帰り道。

 ケイちゃんがボソッとつぶやいた。

「隠し子のこと普通に受け入れるココの家族とか親戚って変わってるよな。」

 いやいや。普通に発表しちゃうケイちゃんもどうかしてるから!

 ケイちゃんの方を見ると今まで見せなかった穏やかな顔をしてる気がしてドキッとした。

「ココは周りに恵まれてるな。」

 ガシガシと頭を撫で回されて頭がぐらんぐらんする。

「もう!髪の毛ぐちゃぐちゃ…。」

 ハハッ本当。と笑うケイちゃんは色気たっぷりのケイちゃんとも意地悪なケイちゃんとも違う…お兄ちゃんの顔をしてる気がした。

「ケイちゃんもだよ。」

「ん?」

「ケイちゃんも私の恵まれてる人の中の一人でしょ?」

 柔らかかった笑顔が何故だか固くなって「そうかな…」って小さな声だけが聞こえた。「そりゃそうでしょ!」って元気な声で俯き気味の背中をたたきたかったけど、何故だかそれができなかった。


「ちょっと夕飯には早いけど俺のバイト先に行かないか?美味いんだ。」

 ケイちゃんがバイトしてるのを初めて知って驚いたけど、料理人志望だしあの腕前だしね。と、納得して連れていってもらった。

 着いたのは可愛いイタリアンのお店。ケイちゃんに似合うような似合わないような気もするけど慣れた様子で店内に入っていく。

「いらっしゃ…。なんだケイか!」

 ギャルソンの格好がよく似合う好青年がケイちゃんに親しげに話しかける。

「で、こっちの可愛い子は?ケイが女の子連れてくるなんて珍しいな。」

 え?取っ替え引っ替え違う子を連れてくるんじゃなくて?

 私の疑問は置き去りに二人の会話は親しげに進んでいく。

「妹なんだ。」

「へ〜。ケイに妹がいたなんてな。オーナー中にいるぜ。カウンターに座れよ。」

 ケイちゃんの後についてカウンターに座っていると女の子がお水とおしぼりを持ってきてくれた。

「ケイくんに妹がいたなんて知らなかった。」

 上から下まで見られてる気がして落ち着かない。

「あぁ。葵か。サンキュ。」

 あおい…か。そうだよね。バイト先の仲間だもんね。

 遊び人って思ってるのに呼び捨てごときにショック受けるなんて変だよねぇ。あはは。

 自分で自分にツッコミを入れていると私にしか聞こえないボソッとした声がした。

「ま、妹じゃ付き合えないしね。」

 私にしか聞こえない小さな声になんだか嫌な気持ちになった。

 ケイちゃん…本気でモテてるんだなぁ。妹の私にさえ敵意むき出し…。妹なのに…。妹かぁ。

 ケイちゃんは何やら楽しそうにキッチンの奥の人と話してる。その人がカウンター前にやってくるとまるで太陽がやってきたように華やかだった。

「やぁ。こんにちは。君がケイの愛しの人かい?3月は全部休みにしたいなんて言うもんだから…。しかしこんなに可愛い妹が帰ってきたならそりゃ予定も空けなくちゃな。」

 ワッハッハと豪快に笑う大柄なおじさんなのにやっぱり太陽みたいに温かい人だと思った。

 でもちょっと待って…。3月は全部休みにって私の為に?

 ケイちゃんに質問したくてもオーナーが「新メニューを考えたんだ。ちょっと味見をしてみてくれないか?」とケイちゃんをキッチンの方へ誘っている。ケイちゃんも「ゴメン。ちょっと待ってて」って。

 ポツンと残された私はケイちゃんの知らない顔を見て何故だか少し寂しくなっていた。

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