あなたが弱者になるとき

結城

第1話 勤労者に感謝を!

国の財政負担における、医療・福祉分野の支出が50%に近づこうとしていたある年、2つの法律が制定された。


『健康度レベル制定法』と『医療・インフラ負担均衡法』である。


一つ目の『健康度レベル制定法』は毎年、全国民の健康度をチェックし、各項目の判定に基づき、A~Fまでの段階を定めるというもの。

その指標は、医療機関への受診率、身長・体重・体脂肪率、血液検査、視力・聴力、運動機能、そして障害の有無・程度である。


このなかでもとりわけ、障害の有無・程度に関して、さまざまな議論の末、なかば強行採決の様相で決定されることになるが、その点は後述する。


もう一つの『医療・インフラ負担均衡法』は、先の健康度レベルに基づいて、負担を均等にする、というものである。

従来、障害及び高齢による医療費負担は、自立支援法、高齢者医療制度などにより、負担額が軽減されていた。しかし、地球環境の悪化による健康被害、福祉団体による『障害』の定義の拡大によって、障害者の割合が大幅に増えた。

同時に、進み続ける高齢化によって、高齢者の割合が40%を超えた。それらの負担はとても現役世代の税金や保険料だけで賄えるものではなく、国家財政は確実に破綻する、ということが広く喧伝されていた。

さらに、移民の増加も、その医療費負担を重くしていた。国際的な世論の高まりの中から、日本においても移民の受け入れ、難民の受け入れを行うことが強く求められた結果、治安・福祉・労働の面で優れた日本の環境の良さを求め、多くの移民が押し寄せた。

軒並み、生活コストの低い地方の町村を中心に、徐々に増加していった移民は、気づけば国内に1000万人以上とも言われている。

国内法が適用される移民たちも、もちろん日本の医療制度を利用することができる。これまで自国の貧しい医療制度しか受けられなかった彼らにとって、日本の医療制度は天国のような素晴らしいものであった。

ほとんど薬を使わなかった貧困層も、頻繁に利用するようになり、その便利さあまり、何度も受診したうえに残薬を自国に送り、自国の親族に使わせる者が現れ、さらには自国での売買取引も行われるようになった。


こうした事態に、そもそも健康でありほとんど医療機関にかかることも無いにも関わらず、保険料や税金だけはどんどん負担が重くなる現役の労働世代からの反発が激しくなった。

政府は、『健康促進法』といわれるような法律群をいくつも制定し、税制上の優遇などによる軽減策を講じたものの、それらの影響は軽微で、医療費の増大の傾向は依然として変わらなかった。


そこで、抜本的に医療制度を見直し、従来の方針を大きく買えたのが、この『医療・インフラ負担均衡法』である。


この法律においては、健康度の高い者ほど、医療費負担が直接軽減される。つまり、健康度Aの者は、自己負担1割で医療を受けることができる。一方、健康度Fの者は自己負担5割もの医療負担が求められる。


さらに、負担が求められるのが医療だけではない、というのがこの法律である。従来、障害者手帳や75歳以上の高齢者であることの証明があれば、バス料金や電車料金などの社会インフラにおいても一定の割引を受けることができた。

しかし、今回の法律ではそうした優遇制度はなくなるばかりか、健康度の高いA判定の者は、半額での利用が可能になり、健康度Fになると、1.5倍の料金を負担する、ということになった。


簡単に言えば、健康であればあるほど、得をする社会になった。そして、健康でなくなったその瞬間から、その負担が途端に重くなる。罰則的に健康を促すことで、医療費負担を軽減する、という大きな方針転換は、当然ながら大規模な反発を伴ったが、それでも成立された背景には、現役世代の連帯の強さにあった。


これまで、選挙に不利と言われていた20代~40代の世代が、数年前よりSNSなどのインターネットを通じて政治的に連帯し始めた。


高齢者の割合が高く、多くの選挙で高齢者の声が反映されていた従来の選挙結果に納得のいかない若者が、確実に若い世代の声が議員に届き、かつ若い世代が選挙に行ける仕組みを作ろうと取り組んだ。

簡単に近くの議員の選挙事務所に陳情を出すことのできるアプリ、電話で訴えをするだけで、AIによってその内容を正式な文書の形に書き換え、FAXするサービス、さらに選挙当日に飲食店やサービス業の営業を止めるというストライキ・ボイコット運動を促し、結果多くのチェーン店、ショッピングモールが選挙日には休業するという業者間での協定が結ばれた。


これにより、現役世代の投票率は従来比の2倍以上となり、高齢者世代のそれを有意に超えた。多くの議員もその票田を獲得すべく、毎日のように届く声に耳を傾け、積極的に事務所をオープンにすることで若者の取り込みを図った。


こうした一連の動きは、弱者への福祉拡充の流れから、労働者世代への感謝・優遇という流れへの変化を確実にした。


はじめは、労働者世代の働きやすさ、共働き世代の育児保障など、より生産性を高め国内の税収を高める施策が中心的に制定されていったが、次に支出を抑えるための施策に矛先が向けられるのは当然の流れであった。


この医療費抑制策に疑問を抱き、反発する労働者世代も一定の割合存在していた。

しかし、一度変わった潮流は変わることなく、労働者ファースト、勤労者への感謝と敬意を、というスローガンの名のもとそれらの声はかき消されていった。



さて、以上が今の世界の現状の論点整理である。


これによって、どんな物語がそれぞれの人生にもたらされたのだろうか。

次に見ていこう。

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