第14話

 流石に参列者の数が多い。

 新郎側には、さちお君の両親、ハッピー君一家、妹一家と、友人が十数名だが、問題は新婦側である。牧場のみんなが詰め掛けている。座れない牛さんや羊さんが、牧羊犬さんジャッキーに指示されて、新郎側に座り、座りきれない仲間は通路にお座りする事となった。後、うさぎさん達とアヒルさん・カルガモさん達は、有志の牛さんと羊さんの頭の上にお座りさせてもらった。警備犬さんのグロッキーは周囲に目を配り、部下に無線で指示を出す。


 担当牛さんが、マイクを握った。

「只今より、さちお君とももこ号の結婚式を執り行います。」

 参列者一同、立ち上がる。

「では、新郎、入場です。」

 最後部のドアがぱかっとあいて、さちお君ご入場。盛大な拍手の中、指示されたとおり、ゆっくりと神父さんの居る壇上に向かい、振り返って、みんなに一礼した。

 惜しみない拍手が続く。気持ちがいい。加えて、ワイドショーのフラッシュがないのがいい!


「では、新婦、入場です。」

 あれ?拍手の規模が違うぞ!

蹄を叩くパコパコという音で、教会中が震えている。しかも、拍手専用パットを装着してるものだから、響き方が違う。アヒルさんとカルガモさんは、羽根をさちお君の時の倍以上はためかせた。サスペンスの貴公子も、ここでは、ももこ号の「単なる」婚約者に過ぎないのかな。

 弁慶号に連れられて、ももこ号がゆっくり入場する。ちなみに弁慶号、かなりうなだれ気味。最前列では、はなこ号が満面の笑みを浮かべていた。

 さちお君の倍以上の時間を掛けて通路を歩き、さちお君にももこ号を引き渡した弁慶号、ヨロヨロと自席に座り込んでしまった。

「あなた、娘の晴れ舞台ですよ。」

「わかっとる。けどなぁ、男親は、やっぱり辛いものだなぁ…。」


 さちお君とももこ号が、神父さんの方を向いた。神父さんが詞をかける。

「人さんと牛さんの新しい門出を祝わない生き物が居るでしょうか。この小さな星に生を受け、共に生かし、そして生かされる。生物皆兄弟なのです。汝、さちお君、苦しい時も悲しい時も辛い時も、ももこ号を妻として、常に慮る心を忘れず、幸せにしていくと誓いますか?」

「はい、誓います。」

「ももこ号、苦しい時も悲しい時も、あるいは腹立たしいと思う時も、さちお君を夫として、引き立て、立派な夫にしていくと誓いますか。」

「もぉ。」

「それでは、当ホルスティー教会のしきたりに従って、鐘の交換儀式を行います。」

 控えていた担当牛さんが、見事に磨き上げられた、プラチナ製の首の鐘をさちお君に渡す。

 …デカイ…初めて見たが、やはりデカイ…。

 加えて、重い!

 さちお君は、ももこ号の首の、金の、金メッキではなくて、金の鐘を外し、新しいプラチナの鐘を、ぜーぜー言いながら、なんとかつけた。こりゃ、今夜は筋肉痛だ。

 ももこ号の首に付けられた鐘をその目で確認した弁慶号、号泣。

 次にももこ号が、やはりプラチナ製の鐘型の飾りのついた指輪を、さちお君の薬指につけた。そうだよ牛さん、結婚するなら人さんとが安上がりだよ。

 その後互いに、真新しい鐘を参列者に披露する。

 ももこ号、首をしっかり伸ばして、誇らしげな表情。

 さちお君、高々と左手を宙に伸ばした。…恐らく誰も見えないに違いない…。

「これで…」神父さんは参列者の方を向いて、そして…、


「なんと幸せなものか!」


 一斉に参列者が拍手喝采する。さちお君とももこ号はその方向を向いて一礼し、神父に促されて、祝福の歌を頂く祭壇へと歩を進めた。


 ジャージーズが入場してきた。流石に場馴れしている模様で、歩き姿は美しい。

と、よく見てみると、一番前をちょこちょこと動く白い物体が…、ウエストハイランド・ホワイトテリアのハッピー君…。

 ジャージーズ・プラス、皆の前で一礼して、各々のポジションにつく。

 リーダーが両前足の蹄で、先ず、始める。

「ぱこん、ぱこん、パコンパコンパコンパコン」

「もぉーーもぉーー。」

 直後に、始まりました。両前足をフリフリして、他の二頭と共に見事な合唱。この日の為に傷一つなく磨き上げられた首の鐘が、法衣の黒に交わって、幻想的な輝きを醸し出している。角もピカピカ。ここまで磨き上げる事で、さちお君とももこ号に最高の敬意を示す訳である。

 見事なアップテンポのゴスペラで、会場全体が一つになっていく感じが、参列者みんなも体を左右に振ったり共に合唱したりする事で、益々はっきりとわかる気がする。結婚式はやっぱりいいなあ。

 さて、三頭が大きく声を上げた。サビの部分である。

ここだ、とばかりに、リーダーが右前足だけを振った。そうだ、シンバル!

「ち~~ん♪」

 一瞬、凍りつくリーダー。

 違う違う!シンバルだ!!

 ハッピー君を見下ろしてみると、もう、お口がご満悦状態。目で軽く合図する「どうだい!」

 リーダーは、嫌な予感に惑わされながら、囁く様に歌うパートに入る。美しいジャージーズの歌声に、参列者がうっとりし始めた。ここでリーダー、覚悟を決めて、左前足だけを振ってみる。やはり…

「じゃ~~~~~~~~~ん♪」

 参列者、ビックリ。…リーダー、がっくり。

ハッピー君、空気を読みきれない。兎に角、参列者が僕を見てるぞ、と言う事で、益々ご満悦。

 調子が狂い気味のリーダー、段々と訳がわからなくなってきて、ランニングするみたいに交互に前足をふってしまった。

「がってんだい!」

 ハッピー君、取り敢えず軽いトライアングルで「ち~~ん♪」して、直ちにシンバルに持ち替えて「じゃ~~~ん♪」を、繰り返しだした。手つきに慣れてくると、繰り返しのペースが速くなる、「ち~ん・じゃ~ん・ち~ん・じゃ~ん・ち~ん♪」

 我に帰ったリーダー、両前足を「同時に」フリフリして、ハッピー君を沈黙させた。参列者を見るのが非常に恐ろしかったリーダーだが、歌いながら焦点をそちらに合わせてみると…。

 参列者の皆が、益々楽しそうな表情で歌っているではないか。さっき以上に皆が肩を左右に振りながら、一緒になって合唱している。

「われらぁー、みなぁーきょーだーいー♪」

「しゅくふーくあーれー♪」

 リーダーが、さっと両前足を下ろす事で、ピタッと合唱がやむ。神聖な静寂の時間が教会を支配し、暫し参列者が高揚感にひたる。暫くして、怒涛のような拍手が、津波のごとく、会場の後方から押し寄せてきた。

「よかった…」

 結果オーライに満足したリーダー、右前足を軽く揚げて、参列者に挨拶しようと…してしまった。

「ち~ん♪」

 …結局、ジャージーズは大喝采に送られて、ハッピー君を連れて退場した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る