第13話

 結婚式当日。雲ひとつ無い良い天気。

 さちお君は霧島牧場内ホルスティー教会の控え室に居た。全身に益々磨きをかけたももこ号が、蹄の音も高らかに、さちお君の前にやってきた。

「綺麗?」

「勿論!」

「今朝からずっと、パパの様子が変なの。そわそわそわそわしちゃって。」

「自分の娘がお嫁さんになるって事は、想像したくないのかもね。そういや、お母さんは?」

「ママは、もー、朝から大はりきり。昨日と今日と明日は、お祝いって事で、搾乳のお仕事を九州全域でお休みにしたみたいなの。」

「さすが、搾乳会会長だ。」

「ところで、ハッピー君が、ジャージーズとジョイントするって、ホント?」

 ハッピー君一家とももこ号は、昨日、アルプスでお茶をしたらしい。

「みたいだね。ちょっと心配だよ(よくよく考えると笑ってばかりも居られない)。」

「どうして?」

「あいつ、リズム感、無いからなぁ…」

「大丈夫よ。凄く逞しい感じだし。牧場のワンワン達、なんかわかんないけど、みんなハッピー君に挨拶してたよ。」

「あ、やっちゃったのね、ハッピー君。あいつ、そー言うのにうるさいから。兎に角、自分 イズ ナンバーわん。」

「面白いね!」

 そうこうしているうちに、ホルスティー教会の、ブライダル担当牛さんがやってきた。見事に着こなされたタキシード。首の鐘も磨き上げられている。蹄の黒光りも、さちお君の靴の磨きに引けを取らない。

美しい四足歩行で、さちお君達に一礼した。

「そろそろです。マスコミ対策は万全です。今日の事は後日、マスコミ各社宛にファックスを送信すると言う段取りでよろしかったですね。」

「助かります。取材はウンザリなので。」

「では、お時間です。」

「それじゃ、行く?」

「はい。」

 そろって、担当牛さんについて、式場に向かい始める。


 その頃、ジャージーズとハッピー君は、式場裏手の音楽室で、最後の打ち合わせに勤しんでいた。

「ハッピー君、これ、シンバルとトライアングル。」

 磨き上げられた二つの楽器を、ハッピー君の傍らの机に並べて置く。

「ありがと。さて、どの辺りでやっちゃえばいいの?」

 ノリノリのハッピー君。どうやら、かなり目立つ事ができるらしいと言う事を聞きつけ、目立ちたがり根性に火が点いたらしい。

「あのね。」リーダーが楽譜を取り出した。

「ここ、三小節目の、このフォルテシモの直後にジャーン。」

 キョトンとした目で、ハッピーが楽譜を覗き込む。

「…え??」

「そう、ここだよ。」と、リーダーはふっと思って一言、

「楽符は読める?よね?」

「…。」兎に角、沈黙は金、どうやらそう踏んだハッピー君。

「読めない?」

「そんな事無いぞ!この、黒いのところで、シャーンだろ?」雄弁は銀、確かにそんな言葉があるにはあるけど…。

 事情を察してしまったリーダー、思わず両前足を額にやった。

 (…大変な事だ。しろーとだ。どうしよう…今更外す訳にもいかないし、第一、ももこ号の婚約者の親族だから、外したくても外せない…。とするならば…)

「わかった、ハッピー君。合図してあげる。僕が右前足だけを振ったら、その時にシンバルを鳴らしてよ。左前足だけの時は、トライアングル。どうだい?」

「あ、それでもいいよ。それがやりやすければ。」

 ハッピー君、ご満悦。リーダー、ご愁傷さま。

「じゃあ、一度、試しにやってみよう。」

「大丈夫だぞ。僕を誰だと思ってるんだい、リーダー。じゃあ、本番、ヨロシク!」

 尻尾を誇らしげに反り返らせて、ハッピー君がご退場。

 リーダー、軽く首を振ってしまった。

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