第12話

 …式の前日…。

 さちお君のご両親は一足先に霧島牧場入りしていた。さちお君のお父さんが出張で福岡に来ていて、その仕事を終わらせたのち、神戸の自宅から新幹線で来たお母さんと、福岡で合流して来たわけである。

 ウエストハイランド・ホワイトテリアのハッピー君一家は空路やって来た。明日の為に、三匹そろって美容院で、カット、シャンプー、トリートメントのフルコースをした模様。鼻まで黒光りしてる。

 迎えにいったさちお君の車で、ハッピー君一家、取り急ぎ牧場に直行して、併設されているホテル「霧島ニューホルス」にチェックイン。その後、ハッピー君を連れて式を挙げる教会に向かうことに。

 教会に近づくにつれて、何やら、もーもー聞こえてくる。怪訝そうなハッピー君に、さちお君は説明を加えた。

「ジャージーズって言う有名なゴスペラグループだよ。」

「へえ、この、もーもー言ってる奴?」

「そう。ゴスペラだけじゃなくて、結構カバーしてるみたい。CDショップで見ない?ジャージーズ・ザ・カバーってシリーズ。」

 ジャケットは大抵、三頭の牛さんが、これでもかと言わんばかりに熱唱している姿を、左斜め下から撮影したものが多い。

「ああ、あれぇ。」ハッピー君、納得した模様。

 ドアを開けて中に入る。真ん中の通路の先に祭壇があり、その右側の壇上において、三頭が、例の両前足フリフリスタイルで、まさに熱唱しているところだった。

さちお君達は通路を祭壇に向かってゆっくり歩いた。生で聞くジャージーズ、なるほど、素晴らしい…のだろう。暫く歌って、リーダーが、さちお君に気付いた。

「やあ、明日だね。」

「うん。宜しくお願いします。」

 この教会で式を挙げると、必ずジャージーズが祝福してくれる。それが目当てのカップルがとても多い。ただ、今回の結婚式は、なんと言っても霧島牧場のオーナーの御令嬢が花嫁様。普段も一生懸命のジャージーズだが、尚いっそう気合が入らざるをえない模様。まあ、言ってみれば、さちお君同様に芸の世界で生きてるわけだから、こういう場合の仕事の仕方は、それなりに心得ているでしょうけど、ねっ。

「任して。で、こちらは?」ハッピー君に鼻面を近づけて言う。

「ああ、弟のハッピー。」

「宜しく。」ハッピー君、微妙に尻尾を振って見せる。その尻尾はずっと立ったままで、リーダーの鼻先に鼻面を思いっきり近づけて見せた。

 全く、どうもハッピー君は力関係を明白にするのが常のようだ。一緒に散歩していても、新入りのワン君に出くわすと、必ず近寄って言って、尻尾をピンと立てて鼻面を相手の鼻に持っていき、そして、何やらコソコソと話をする。直後に、大抵のワン君は、尻尾を下げ、次に会った時にはハッピー君に挨拶に来るのである。

 恐らく、次のような会話が両者の間でなされているのに間違いない。


「新入りだね」

「始めまして」

「ヨロシク。僕、ハッピー」

「どうも、僕はジュリーです」

「まあ、判ってるとは思うけど、僕、ハッピーなんで、そこんとこ、ヨロシク」

「…はぁ…」


「こちらこそ宜しく。」

リーダー、法衣の中から名刺を取り出して、ハッピー君に渡す。

「霧島牧場内ホルスティー教会専属聖歌隊 首席奏者…って、ナニ?」

ハッピー君、名刺の肩書きに、目が点。

 リーダー、初めてのタイプの質問に、目が点。

 そこでさちお君が言う「ジャージーズの一番偉い牛さんって事。」

「へぇ。」ハッピー君、短く返答。

「そうだ!」突然リーダーが言った「君も何か歌わないか?」

「へ?」ハッピー君、再び目が点。

「兄さんの結婚式だし、どう?」

「いや、その…」一気に尻尾が下を向いた。その理由が判ってしまうさちお君、助け舟を出そうか、それとも泥舟で一気に撃沈しようか迷った挙句の果てに、助けるでもなく、いじめるでもなく、事実として、

「こいつ、音痴だから。」

さちお君、暴露。ハッピー君、沈黙。

「じゃあ、楽器は出来ないの?」とリーダーがさらに誘いを掛ける。これはこれは、面白い展開になってきたぞ。

「少しは、ね。」

やけに元気のないハッピー。判るぞ、その理由は。

「バイオリン?ギター?」

「いや、弦楽器はちょっと…」

さちお君、プッと噴出してしまう。

「トランペット?フルート?」

「いや、管楽器はちょっと…打楽器なら…」

さちお君、爆笑寸前。

「へえ、ドラムかい?」

「…トライアングルは、ダメ?」

今度はリーダー、再び目が点。さちお君、目から涙が溢れそう。

「シンバルも出来るぞ!」

リーダー、対応に窮した模様。さちお君、ひそかに腹筋が痛くなってきた。微妙な沈黙を嫌った言いだしっぺのリーダー、唯一可能な、ある意味危険な提案をする。

「じゃあ、その二つで、僕達の歌に入っておいでよ。要所要所で、チーン、シャーンってな感じで。」

 しばらく考えたハッピー君は、

「まあ、そこまで言うなら、しよっかな。」

 リーダー、何とかなるだろうという感じで、すごすごと帰って行った。さちお君はハッピー君を促して教会の外に出て、そして、地面に突っ伏して、笑った…。

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