第11話

 式の前々日。

 今日はももこ号と、役場に婚姻登録に行く日である。

 兎に角お互い初婚な訳だから、どのように手続きを踏んでいいのかわからない。そこで、取り敢えず役場に行ってみる事にした。

 4t車を駐車場に止め、役場の正面玄関をくぐる。受付のヤギさんに、婚姻関係の窓口の番号を聞くと、五番だと教えてくれた。

 トコトコと歩いていき、五番窓口で聞いてみる。

「スイマセン。婚姻登録をしたいのですが…。」

 窓口のアヒルさん、操作していたパソコンから目を離して…、取り敢えず旦那さんとなるさちお君を、上から下までなめるように見た後、奥さんとなるももこ号をチラ見して、

「あらぁ、ももちゃん、久しぶり!」

 へっ?なんだ知り合いだったのね。ももこ号も返事する。

「おばちゃん、元気だった?」

「今日はなに、どうしたの?」

「どうしたのって、この窓口に来たんだよ、だから、ね。」

アヒルさん、羽根をバタつかせて、

「まあ!おめでとう!決ったのね!」

 始まってしまった握手攻め。周りの皆が、五番窓口の騒々しさにビックリした表情を見せている。ちょっとヒンシュク気味。

 一通り喜びを表し終えた後、アヒルさん、再びさちお君をなめるように見る。上から下まで。

「確か…サスペンスで有名な…?」

(参るよな~、これだから有名人は…)だからこそ至極自然を意識して、

「光栄です、さちお、です。」

「テレビで見るより実物は小さいねぇ。」

「……」さちお君に着弾。

 すると、アヒルさん、遠くを見る目つきで語りだした。

「ウチの息子もねぇ、君と一緒で、大きい女の子が好きでねぇ。」

明らかにももこ号、ピクッと反応。

「薩摩の黒豚さんと、つい最近結婚したんですよ。いやぁ、私は最初、息子に言ったんですよ、大きさが釣り合わないって。向こうのご両親がどう思うか判らないじゃないですか。それに、アヒル一族は毛並が白いんだから、どうしてもって言うなら白豚さんにしたらって。」

 ももこ号、微妙に顔が赤くなりだした。さちお君、どうしていいか判らない。

「でも、結局、私の意見なんか無視して結婚しましたよ。まぁ、向こうのご両親は凄く喜んでくれたみたいでね。」

 こういう状況下では、語り手は誰でも視線が明らかに遠くにある。

「それに黒豚さん、凄くきれい好きらしくて、一方でウチの息子は掃除とかがてんでダメでね。器量も良くて、今では、良い相手を見つけたって、とても嬉しく思ってますよ。」

「それはそれは…良かったじゃないですか。では、婚姻登録を…」

 さちお君の言葉を無視して、続けるアヒルさん。

「あなた、相手さんのお父さんに何か言われませんでした?」

(やめて~思い出す)

「好きなら、やっぱり自分の思いを押し通すべきよ。あなたも、大変だったと思うけど、登録しちゃえばこっちのもんだから。頑張ってね。」

 エールを送ってくれてるの?それとも、波風を微妙に立ててるの?さちお君、言葉に詰まる。

「もぉー、おばちゃん、余計な事ばっかり言って。ちゃんと許可してもらったんだから。」ももこ号、ブスッとする。

「あらぁ、そんなつもりじゃないのよ、ももちゃん。」

「早くぅ、手続きして、おばちゃん。」さちお君、いつしか蚊帳の外。

「ハイハイ。」

 そういうと、アヒルさん、書類を二枚用意した。

「ももちゃん、こっち、甲状には、お互いの本籍、現住所、登録後の住所、その他諸々、書いていって欲しいのよ。」

「はい。」

「でね、こっち、乙M状。」そう言って、徐に、婚姻登録便覧第五十三版なる分厚い書類を繰り出した。暫くして頷くと、書類棚からA3判の紙1枚を取り出した。

「えーと、さちお君は、印鑑と、左薬指の拇印を、ここに押して。」

そう言って、書類左上の、小さいスペースを指示する。とするなら、他のスペースはなんに使うのさ。

「ももこ号は、ここに鼻紋をお願いね。」

 …そう言う事だったのね…。

 何はともあれ、手続き方法を理解したさちお君とももこ号は、一枚目の書類を片付け、二枚目に移った。と、ももこ号、書類を持って、化粧室に消えていった。成る程、確かにみんなの前で、鼻先にインクを塗って、紙にぶにゅってやるのは恥ずかしいらしい。

 五分ほどして戻ってきたももこ号、見事に押し花、じゃ無くて、押し鼻されていた。左上方のあきスペースに、さちお君、印鑑と拇印を押す。これで、書類一式完成。窓口に提出する。

 アヒルさん、書類と暫し睨めっこして、最後に、二つの書類に割り印をパコッと押した。さちお君、ではなくて、ももこ号の手をきつく握って、

「おめでとう。全て終ったよ。結婚式で、神父さんに祝福の言葉を頂いたら効力が発生して、夫婦よ。」

 ももこ号、嬉しそうに、アヒルさんの羽根を握り返して、

「ありがと、おばちゃん。幸せになるから。」

 薄っすらと目に光るもの。ああ、なんて素晴らしい情景なのだろう。こういう場合、僕は何て言葉を発すればいいのかな。さちお君はそんな思案を若干しつつ、自身も潤んだ瞳をアヒルさんに向けた。

 アヒルさんも、先ほどとは違い、母親のような温かい視線をさちお君に向けた。さちお君は知っていた、こういう場合に発せられる言葉の選択肢を。ドラマで言うならクライマックスなのだ。僕はただ、アヒルさんの目を見て一言こういうのさ「ありがとうございます」。さぁ、僕に祝福の定型文を!!


「そうねぇ、ベッドシーンはお控えなさい。二十年早いわね。」

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