第9話
「あの!」
「御代わりは如何?」
その声は聞こえなかった…
「お父さん!」
その大きな声に弁慶号、ビクッとして首を突き出した。目が語りかけている「それ以上、何も言うな」でも、ごめんなさい、そういう訳にはいかないのです!
「ももこ号と、結婚させて下さい(言った!)」
弁慶号、首を突き出した状態で硬直してしまう。はなこ号は、ぱっと笑顔の花を咲かせた。それでも、沈黙の時間が経過する。ダメだ、もう一発、かまさなければ。
「ももこ号を僕にください!」
我に帰った弁慶号、ソファーに深々と座りなおして、取り敢えず、一つ大きな溜め息をついて見せた。いつの間にかはなこ号は、ももこ号の横に座って、その肩を抱いていた。
「…何故、もっと早く挨拶に来んかった…?」
さちお君、頭の中で想定問答集をパラパラ捲る。この質問は、既に検討済み。
…だった筈だが、あれ、模範解答は何だったっけ?
「いやぁ、そのぉ、なにぶん、突然だったもので…(こんな、いーかげんな答えじゃないんです、お父さん!)」
弁慶号は、さちお君が溶けそうになる位の厳しい視線を続ける。現に、全身が溶けんばかりの汗がにじみ出ている気がする。
すると、徐に弁慶号が、何やら小冊子をテーブルの下から出してきた。なるほど、「週刊 白と黒」の最新号。
と、見出しを見て、それこそ汗が噴出した。「さちお、謎の巨乳と濃密な時間!」「サスペンスの貴公子、何故か4t車購入」
…汗が止まらない…くそぉ、写真週刊誌め。
「…謎の…?…フム…巨乳かぁ…。」
弁慶号、金の鼻輪を軽く扱きながら思わせぶりな表情。一方のももこ号、巨乳扱いがまんざらでもない模様。
と、ほんのちょっとだけ、弁慶号がニヤッとした。なに?なんですか?
「お前。」弁慶号が唸る「何キロだ?」
「?」
「体重だよ、体重。ワシから見ると、お前、かなり小柄だが。」
そりゃそうでしょう!貴方は牛さん、僕はヒトさん。
しかしここで芸人よろしく突っ込みを入れたからと言って、別に何も良い事はないだろう。ならば、ストレートに、
「57キロです…」
弁慶号、ズズッと乗り出して、鼻面をさちお君の鼻先にくっつける。
「わかっとるのか、ももこの…。」
そういって、弁慶号、我に帰る。そうだ、そうだった。娘の前で、言って良い事と悪い事があった筈だ。
「…ももこの…その…なんだ…」
完全にどもってしまったが、どうやら覚悟を決めた模様。
「どう見ても、大きさが釣り合わん!」
「ぶるぅぅるぅぅん!」意味を察知して、唸るももこ号。
怯まない弁慶号。ここが勝負時と見た模様。
「言っとくが、子牛は、わしは欲しいぞ!」
「と、おっしゃいますと?」さちお君、いやらしく応戦。
「お前、判らんかなぁ、自然の摂理と言うか、営みと言うものが!」
はなこ号とももこ号母子、シレ~っとした目で、発言者を見つめる。
「つまりだ、その…なあ、母さん!」
はなこ号とももこ号母子、一緒に横を向く「ぷいっ」
「つまり、お前、大丈夫なのか?」といって、さちお君の耳元に囁いた「重いぞ、かなり。」
其の囁きを聞き取った母子、一斉に弁慶号を睨み付ける。
「勿論大丈夫です、お父さん。それなりに考えて、努力は惜しみません!」
「言うのは簡単だが、行動となると、なかなかだ!」
(ていうか、一体何の話なのだ)
「お前がももこを満足させられるとは、ワシには」
そこまで言い終わらないうちに、はなこ号とももこ号の強烈な睨み視線が言葉を強制的に遮らせた。スゴスゴと話の方向性を変える弁慶号。
「ももこ、お前、もう、なんだ、さちお君とは、その…」と弁慶号「どうなんだ?」
(結局はその話かい!)
「だって、お付き合いしてるんだよ、お父さん。」とももこ号。
最初、弁慶号はその発言の真意を読み取れずに、きょとんとしていたが、自分自身の過去の経験に照らし合わせた時に、知りたくは無かった事実を知ってしまう結果となってしまった。こんな会話をしなければ、知らなくて良かったのに…口は災いのもと~。
と言う事で、うなだれる父。
その一方で、はなこ号は、なんだか嬉しそうに見える。こちらも昔の自分自身を思い出したのだろうか。
この辺りから沈黙が始まった。先ほどとは違って、さちお君の心臓はおとなしくなっていた。一連の弁慶号との遣り取りが、違う意味で功を奏したらしい。
延々と続く沈黙。恐らく弁慶号は、自分が言うべき発言内容を十分認識している筈である。ただ、躊躇してるだけだ。ああ、なんと父親の、哀れな事か!心なしか、瞳がウルウルしてるぞ、あの弁慶号が。
弁慶号の傍に座り直したはなこ号が、そっと右前足を弁慶号の左前足に添えた。何かに打たれたように、弁慶号、我に帰る。そして…
「…式は…」みんな一斉に俯き気味な弁慶号を凝視する「…式は、うちの教会であげるように…」
反射的に、さちお君、発声!
「はい、お父さん!」
と同時に、ももこ号は、それこそ、もーもー号泣し始めてしまった。
一時はどうなるかと思った。仮に僕ちゃんが弁慶号の立場だったら、やっぱり同じような反応になってしまうのだろうか。やっぱり娘を持つのは大変かもしれない。と、
「お父さんって言うのは!」弁慶号が突然声をあげた。微妙にワナワナしている。暫し絶句して、やっと言葉を吐き出した。
「…お父さんと言うのは、式の後にしてくれ…。」
耐えられなくなった弁慶号、ついに、もーもー泣き出してしまった。対面して娘のももこ号も、相変わらず、もーもー泣き止まない。なんだか、さちお君までも、ウルウルしてきてしまった。いいなぁ、家族って!
はなこ号が擦り寄って弁慶号の頬を舐めた。
「あなた、おめでたい場よ。」
「ああ、お前!男親にはなるもんじゃぁない…」
そう言うと、フラフラとリビングから出て行ってしまった。結局、はなこ号、泣き止んだももこ号、さちお君で、楽しい時間を一時間ほど過ごした訳である。
と言う事で、結婚する運びとなりました。
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