第8話
居た…。
リビングのソファーに座る大きな黒毛牛さん…弁慶号。
品よく腰掛けてるホルスタイン牛さん…はなこ号。
あれ、と言う事は、よくよく考えたら、ももこ号は雑種、じゃなくて、ハーフちゃんなの?道理でやっぱり、か・わ・い・い!
「初めてお目にかかります、さちおです。」
最敬礼。
で、頭を上げてみると、その目の前に大きな鼻面が!微妙に湿っぽい鼻息が、ぶふっぶふっと、さちお君の、頭の天辺から足の先までを這いずりまわる。成るほど、品定めしてるのだろう。食える奴か、食えない奴か。
そんな状況が何十秒か続いて、次にさちお君の目を射るような目で睨み付ける。
「君がそうか。何度か見かけた気がしていたぞ。」
そういい終わるや否や、ソファーにどかっと座り直し、おもむろに、大きな角やすりを取り出した。とんでもなく立派な角を磨きながら、ドスの効いた唸り声を時折あげつつ、さちお君を、軽く威嚇。
「あらぁ、実際に見たら素敵な人じゃないの、ももこ。」
一転、はなこ号は物凄くソフトムードである。言うならば、人懐っこい牛さんがスリスリしてくるような感じ。ちょっとだけホッとしたさちお君。
しかし、見てみろ、あの磨き上げられた蹄。こういうソフトな牛さんほど、ちょっとした事で凶暴になるんじゃなかろうか。とすれば、怖い…。
「これ、つまらないものですが、買ってきました。皆さんで召し上がって下さい!」
そういって、綺麗な包装紙に包まれた菓子包みをテーブルに置いた。はなこ号が、とても嬉しそうな表情で包装紙を外して、中身を取り出す。と…
(霧島牧場 もーもーバターサブレ…)
弁慶号、チラッとサブレの箱を見て一言、
「ほほぉ、ウチの、て・い・ば・ん・商品を持って来るとは、気が利いてるのぉ。」
(…しまった…気付かなかった…よりによって、つまらないものだなんて…)
顔が真っ赤になるのを認識しながら、間を嫌うさちお君。
「今日は、いい天気ですねぇ。」なんて、差障りのない会話から始めてみた。
「自宅からここまで、とても快適なドライブでした。やはり、何度来ても霧島牧場は良い所です。」
…てな会話のネタはそうそう続くものではない。第一印象も、サブレ事件でマイナス評価の可能性あり。とするなら、短期決戦か?前衛速攻でいきましょう。
「実は、今日は、お父さんとお母さんに話があり、やって来た次第です。」
弁慶号、さちお君の御発声を軽く無視して、男の余裕を見せながら、前足で地面を擦っている。どっかで見た事あるぞ、この光景。そうだ!闘牛さんだ。あれ、とすれば、僕って、何?…ヤバイ、緊張してきた…
次の言葉が出て来ずに沈黙していると、はなこ号が気を利かせてくれた。
「始めて会ったのよね、パパとは。緊張するわよね。立ってないで、早くお座りなさい。ももこも横にお座りなさい。」
…良かった。お母さん、ナイスフォロー。
「じゃあ、ママがお紅茶入れてあげる。サブレを食べましょう。」
…こんな上等なサブレを頂けるなんて光栄の極みです、が、この場を離れるのですか?お母様…
考えている間も無く、はなこ号はアイランド型キッチンに向かい、対面する形で、お湯を沸かし始めた。
そういえば、さすがにガスコンロは使わないみたいだ。最新式IH調理器が入ってる。尻尾とかにガス火が燃え移ったら大変だものね。
何はさておき、勧められて座らないのもなんだから、さちお君はソファーに、それでも浅く腰掛けた。傍らにももこ号も腰掛ける。お世辞にも機嫌がよろしくなさそうな弁慶号を前に、再度覚悟を決めて、さあ!
「あの!」
「はい!出来たわよ!」
さすがIH、沸くのが早い!
タイミングがズレたお陰で、ダメ、緊張がどんどん増してくる。いつか聞いた心臓の拍動が聞こえるじゃないか!バッコンバッコンいってるぞ!
兎に角、何か飲みたい。と、目の前には紅茶とミルクが置いてある。恐らく規定量以上のミルクを紅茶に注ぎ込んで、一気に飲み干してみた。三度覚悟を決めて、さあ!
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