第3話  大家さんは何者?

桜舞い散る西洋館。

その日小さな幸せ(大学入学式)と、多大なる不幸(まさかのドタキャン引っ越し)を余儀なくされた少女、茂乙亜流は、それでも、思いのほかごきげんだった。


だって、だって、決してあり得ない偶然でこんなロマンチックな引っ越し先が決まりそうだったから!!


たとえ、条例(歴史的建築物保存条例 なるべく、当時の状態を保持しつつ改築して居住してもよい)とかのせいでエアコンがつけられなくても、この高台ですご~~~く素敵なロケーションで、遮るもののない場所だったら、きっと風通しが良くて、天然のエアコンがあるようなもの。

それよりもなによりも、こんな素敵なところに住めたらそれだけで自慢できる!!


茂乙亜流・・以降略して・・亜流は高まる鼓動を抑えつつ。不動産屋の後ろについて、大家さんと対面していた。


「お、お嬢様!!

お、お久しぶりです」

少々どもりながら、しかもさっきまでの亜流への態度とは全く違ったトーンの上ずった声で、不動産屋は大家さんなる女性に声をかけた。


お嬢様?

瞬間目を大きく瞬いて、大家さんなる女性を見る。年齢的には30代かしらん?

お嬢様という年では??

おっと失礼、年じゃないよね、しかもこの麗しい女性・・確かにお嬢様という呼び名がぴったりとくる。

いかにも、いかにも、お上品で優雅な香りがする・・しかも、なんだか初めて見た人ではないような懐かしさを感じる?!!!


「まぁ高橋さん、御機嫌よう」

ああ、不動産屋の看板『高橋不動産』って書いてあったわね、心の中でうなずきつつ亜流は大家さんなる女性を観察する体制に入った。

鷹揚に答える女性の話し方、まるで高貴な方のよう・・・

しかも、絶対どこかで見かけてる!!

亜流は懸命に脳内コンピューター(そんなご立派なものではないけど)をフル活用させて、記憶の回路を探り続けた。


亜流の故郷福江島のたった一つの公会堂。

セピア色の記憶は亜流の心の中でワンシーンの物語を紡ぎだす。

美しい少女が、美しい白いドレスで、花のように優雅に花のように軽やかに、ピアノを弾いている。

その幼き頃の思い出が亜流に、ピアノの存在と演奏を大きく印象付け、その幼心に夢とあこがれを生まれさせた。

その思いがずっと亜流の心に育っていて、今日大学の音学部ピアノ科への入学となったのである。

その白いドレスの少女、当時日本中をわかせた天才ピアニスト花野すみれ・・

カチリと記憶の回路が繋がった、ある日突然姿を消した日本が誇る天才ピアニスト花野すみれ=目の前の大家さん=高橋不動産曰く、お嬢様!!

えええええ~~~


亜流は、その日二度目のパニックに襲われた。

もちろん、一度目は家なき子になったと知ったとき。


パニックに陥っている家なき子もどきの横で、まるで青年のように顔を紅潮させ、直立不動の姿勢で、不動産屋は話している。

「おおおお嬢様、突然で、しかもこんなに急で申し訳ありませんが・・」

「突然も、急も同じ事やん・・・」家なき子もとい亜流はつぶやいた。

「この子が、その急に入る予定の部屋に入れなくなって、こちらに置かせてもらえないでしょうか?」

「ああ、新しい下宿人の方を連れてきてくださったのね。

こんな昔の建物で、何かと不便ですけど,それでもよろしければ、部屋はたくさんあります、いつでも、お引き受けしますわ。」

大家さんの優しい声。

快諾の返事。

亜流には天上のささやきに聞こえた。

そして、もちろん亜流の手前で頬を赤らめている、不動産屋にもしかり。


「でも、一つ条件がありますのよ。うちに下宿なさってる方は学生さんのほうには問題ないのですが、それ以外の方は皆さん、わけありで、そのわけを一切詮索しないこと、学生さんは卒業すれば出て行かれる方ばかりですけど、それ以外の下宿人の皆様には、ここは終の棲家となっているような場所なので、けっしてその方たちの存在をほかの人に言わないでくださいね。」

慈母のような微笑で大家さんは言われた。

こくんこくん、頭を上下させながら、亜流はたとえ蛇が出ようがカエルが出ようが、ここに住めるならそれでよい・・と幸福に満たされていた。


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