エピローグ

 気持ちの良い青空が広がっています。

 見渡す限りの大草原の中には、西洋風の立派なお城と、人々で賑わう大きな城下町がありました。


 ここはソーンキャッスル。


 都道府県の中で、茨城を担当する女神さまが住んでいるお城です。



「ふう……」

 豪華な装飾で彩られた玉座に座る女神さまは、疲れたように小さく息を吐きました。

 スラリと腰まで伸びた黒髪に銀色の王冠を乗せ、純白のフルコートドレスに身を包んだ、まるで天使みたいな美しさをもった大人の女性です。


「常陸(ひたち)、いま何時かしら?」

 女神さまは隣に立つ、メガネをかけたインテリ風の若い女性に訊ねました。

 常陸と呼ばれた女性は、漆黒のコートの袖を捲り、腕時計に目をやります。

「十五時と二十分になります、女神さま」

「そう……」

「お疲れですか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとう」

 心配そうな常陸に、女神さまは薄い笑顔を見せます。


 そこへ勢いよく謁見の間の扉が開き、一人の男性兵士が赤いカーペットの遥か彼方からこちらに向かって走ってくるのが見えました。

「女神さまー!」

 その男性は女神さまの前まで来ると、片膝を付きます。

「ミト、騒々しいですよ。女神さまの前ではしたない!」

 常陸が怒ると、ミトと呼ばれた男性は「ハッ、申し訳ありません」と深く頭を下げました。

「よいのです。それでミト、なにか急ぎの用ですか?」

 女神さまは慈しむような優しい声で言います。

「実は私の担当している水戸市から、至急の【神様へのお願い】が届きまして」

「申してみなさい」

「ハッ! 水戸市大串町に住む川野小百合という少女が先ほど事故に遭い、現在病院で緊急手術を受けている真っ最中であり、その両親から【神様、どうか小百合を助けてください】とのお願いが」

「現在の医療では治せないほど酷いのですか?」

「その病院の医師の腕では難しいかと」

「ふむ。ではその両親の説明をしなさい」

「ハッ! 父親の川野蓮二は元不良とあって救う価値の無い者ですが、母親の川野奈美の方は献血や寄付などを積極的に行い、かなりの善行を積んでおります」

 女神は常陸に視線を送ります。

「貴女の意見を聞かせてちょうだい」

「私としては救ってあげたく思います。父親はともかく、母親の善行は報われるべきかと」

「――分かりました。その願い、叶えてあげましょう」


 女神さまは玉座から立ち上がると、おもむろに両手を広げました。

 次第に輝かしい光が身体を包んでいき、次の瞬間、辺りに雷のような激しい閃光が走ります。

「――これでその少女は救われました」

「ありがとうございます!」

「ではミト、業務に戻りなさい」

「ハッ、失礼します!」

 ビシッと敬礼をし、ミトは謁見の間から立ち去りました。


 ふう、と額を手で押さえて、立ちくらみのような症状を起こした女神さまを、慌てて抱える常陸。

「大丈夫ですか、女神さま!」

「え、ええ……」

 心配かけまいと微笑んで見せましたが、その表情からは疲労の色が伺えます。それも無理はありません。人の願いを叶える【奇跡の力】は、本人の寿命を縮めてしまうほど身体に大きな負担をかけ、女神さまはそれを連日繰り返しているのですから。

「今日はもうお休みになられてください。後の処理は私の方でしておきますので」

「ありがとう。それじゃお言葉に甘えされてもらおうかしら」

「では使いの者を呼びます」

「いいわ、ひとりで行ける」

 心配そうな常陸の視線を背に、女神さまはよろよろと自室へと歩いていきました。



 王城の最上階にある自室に戻ってくると、女神さまはバルコニーに出て、目の前に広がる世界を眺めました。夕日に染まる草原の向こうには森が広がり、大きな川が流れ、そのずっとずっと向こうには、かつて自分が通っていた妖精学園があります。


 風に髪をなびかせながら、女神さまは在りし日の思いを馳せました。


 トントン、とドアをノックする音が聞こえ、小さく返事をします。

 ガチャリとドアが開き、そこから現れたのは、紅茶とクッキーが乗ったトレイを片手に持った常陸でした。

「女神さま、軽食をお持ちしました」

「ありがとう、そこに置いといて」 

 常陸は、白い丸型テーブルの上に、紅茶セットと小さなカゴに入ったクッキーを綺麗に並べます。

 それを終えると、女神さまの立つバルコニーに行き、

「それと、先ほどイーストキャピタルから女神さま宛てに手紙が届きました」

 懐から封筒を取り出し、それを手渡します。

 イーストキャピタル――東京を担当する女神さまが住んでいるお城の名前です。 


 女神さまがテーブルの前に座り、封筒の封を切ると、常陸がティーカップに紅茶を注ぎました。柑橘系の良い香りが辺りに漂います。

 紅茶に口をつけたあと、丁寧に便箋を広げると、そこにはこう書いてありました。



【親愛なる茨城ちゃんへ。


 久しぶりだね。

 学生の頃の夢を見て、なんだか急に懐かしくなって手紙を出してみました(迷惑だったかな?汗)


 最近では、お互い女神としての仕事が忙しくて、なかなか会う機会がないけど、元気にしてるかな?

 私の方はと言うと、連日の激務で泣き言ばかりの毎日を送ってるよ(笑)


 そういえばこの前、用事でクラウドホースに行ってきたんだけど、その時に群馬ちゃんに会ってきたよ。あの子「グンマー」以外に喋れるって知ってた? しかも武士口調だよ、武士口調!

 なんでも学生の頃は、キャラ付けの為にああいう喋りにしてたんだって。


 今度、関東部のみんなで同窓会でもやりたいな~って思ってるんだけど、茨城ちゃんはどうかな?

 みんなで酒でも呑んで、日頃の愚痴でも言い合おうよ!


 それじゃ、また連絡するねー。バイバイ♪


                             東京より】



「ふふ」

 女神さまは可笑しそうに笑いながら、便箋をたたみ、テーブルの上に置きました。

「手紙にはなんと?」

「なんでもない。ただの私用だべ!」

「……だべ?」

 常陸は不思議そうに首を傾げます。

「あ、いや」

 間違いに気づいた女神さまは、慌てて首を振り、

「な、なんでもありません。東京の女神さんから、ただの私用の手紙よ」

 口に手を当てて、上品に笑います。

 

 それを見て、常陸はホッとしたような笑みを浮かべました。

「女神さまの嬉しそうなお顔、久しぶりに見たような気がします」

「そうかしら?」

「はい。ここのところ、ずっとお疲れの御様子でしたので」

 言われてみると、そういえば最後に笑った日を思い出せないぐらい、ずっと笑顔から遠ざかっていたような気がします。

「ごめんなさい。貴女にも心配かけたわね」

「そんな。私にはもったいないお言葉です」

 姿勢を正して、深々と頭を下げる常陸。


「ところで貴女、友人はいるの?」

「友人……でございますか?」

「ええ。学生の頃に仲良かった人とか」

 常陸は少し考え、

「そうですね。今は疎遠になっていますが、秘書学園に通っていた頃は、仲の良かった者も何人かおりました」

「貴女も城に引きこもっていては気が病むでしょう。今度休みをあげるから、友人の所に遊びに行ってみてはどう? きっと相手も喜ぶと思いますよ」

「暖かいお心遣い、誠に痛み入ります」

「それじゃ私はこれからやる事があるから、もう下がっていいわ」

「ハッ。失礼します!」



 常陸が部屋から出ていくと、女神さまは東京ちゃんに返事を書くため、自分の机に座り、引き出しから便箋とペンを取り出しました。


「さーて、なに書くべかな」


 無邪気に笑う女神さまの顔は、あの頃の茨城ちゃんのままでした。







                              おしまい。


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都道府県の女神さま。 @yuuyami18

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