最終話 将来の話
放課後、関東部の部室。
まだ四時だと言うのに、冬のせっかりな日暮れのせいで外は薄暗く、寒そうな風がひゅーひゅーと窓を叩いていました。
いつもテーブルがある位置に、先日関西部から貰ったコタツを設置し、ぬくぬくと温まっているのは、茨城ちゃん、東京ちゃん、千葉ちゃんの三人です。
「そういや今日も神奈川と埼玉は休みだったな。今日で三日目か?」
コタツの上のカゴから蜜柑を取り、皮を剥く千葉ちゃん。
「今年の風邪はタチが悪いらしいからねー」
赤いちゃんちゃんこを着た東京ちゃんは、いつも神奈川ちゃんが読んでいるファッション誌を、つまらなさそうにパラパラ捲りながら答えました。
「栃木と群馬は? あいつらは学校に来てたよな」
「日本に遊びに行くってさ。なんでも群馬にある世界遺産を見学に行くんだって」
東京ちゃんは雑誌を閉じ、茨城ちゃんに視線を向けます。歴史の教科書を睨みながら、ノートに鉛筆を走らせ、必死に期末テストの勉強をしている茨城ちゃん。
「茨城ちゃん、ちゃんと勉強してる? 分からない所があったら教えてあげるけど?」
「大丈夫だっぺ!」
真剣に勉強している茨城ちゃんに、千葉ちゃんが問題を出しました。
「じゃあ問題な。安土城を建てたのは誰?」
「えと……大工さん」
「関ヶ原の戦いは、誰と誰の戦い?」
「東京と大阪」
「戦国時代、茨城を支配していた大名は?」
「…………水戸黄門?」
「ダメだこりゃ」
呆れたように言うと千葉ちゃんはゴロンと寝転がり、茨城ちゃんは再び勉強に集中します。
静かな室内に響く、鉛筆の音。
「あとちょっとで卒業だねー。この学校と部室に来るのも、あとちょっとで終わりか」
東京ちゃんは壁にかかったカレンダーを眺めながら、しみじみと言いました。
「あー、あと三ヶ月ぐらいで卒業か」
「なんか、あっという間の三年間だったね」
遠い目をする東京ちゃん。
「ところで関東部の卒業旅行はどこにすんの?」
「うーん、どこがいいかな。二人とも、何かリクエストある?」
「わたし箱根がいい!」
「アタシは東京観光かな。渋谷とか原宿とか」
「なるほど、箱根と東京ね。候補に入れときましょう」
そう言いながら立ち上がり、簡易キッチンに向かう東京ちゃん。
「コーヒー飲む人ー?」
「はい」と手を挙げる二人。
東京ちゃんはコーヒーカップを三つ取り出し、棚からインスタントのコーヒーを取り出しました。
そして粉末状のコーヒー豆の入ったカップに、電気ケトルの湯を注ぎます。
「……ねーねー、姉御」
「うん?」
「前に静岡ちゃんと話してたんだけど、わたし達って将来なんになるんべか?」
「将来?」
キッチンから戻ってきた東京ちゃんは、それぞれの前に熱々のコーヒーを置き、コタツに入りました。
「ここを卒業して、オトナになったらどうなるの?」
「あ、アタシもそれ知りたい」
上半身を起こす千葉ちゃん。
「大人になったら妖精から女神になって、それぞれのお城に住みながら担当する都道府県の人の為に働くんだよ」
「お城に住むって事は、わたし、お姫様になれるの?」
「そんな気楽なもんじゃないらしいよ。困ってる人を助けてあげたり、悪者に罰を与えたりで、結構忙しいらしいから」
「ふーん。なんか面倒くさそう」
茨城ちゃんは、コーヒーをふうふうしながら、一口飲みます。
「それに大人になったら今以上に勉強しなくちゃいけないの。経済学に帝王学、魔法や髪の力の使い方」
「うへ~。アタシにそんな難しそうなの覚えられるかなー?」
千葉ちゃんは溜め息を吐きながら天井を見上げます。
「でも真面目に勉強しないと、茨城ちゃんは茨城県、千葉ちゃんは千葉県に住む人達が不幸になっちゃうのよ。だからちゃんと勉強しないとね」
「はーい」
ガラガラ、と部室の戸が開き、ジャンパーを着た栃木ちゃんと群馬ちゃんが現れました。二人とも、残念そうな溜め息を吐きながら部室に入ります。
「おかえり。どうだった、世界遺産は?」
東京ちゃんが訊くと、ふてくされたように
「行ってみたら、予約がないと見学出来ないって言われちゃいました」
「グンマー……」
栃木ちゃんは茨城ちゃんの隣に、群馬ちゃんは東京ちゃんの隣のコタツに入りました。
「それ残念だったね」
「あーあ、楽しみにしてたのに」
「グンマー」
「でも羨ましいべ、栃木ちゃんも群馬ちゃんも、自分の県に世界遺産があって。わたしの所にはなんにもないもん」
「何言ってんだよ、茨城にはでっかり大仏さんがいるじゃねーか。あれも世界遺産級だって」
千葉ちゃんはバカにするように「あはは」と笑うと、再び蜜柑に手を伸ばします。
「あんなんヤダー。かっこ悪いもん」
口を膨らませる茨城ちゃん。
「そんな事を言っちゃダメよ、茨城ちゃん。立派な女神さまになる為には、まず自分の県を愛してあげなくちゃ」
「でも茨城ってダサいべ。方言が変だし、暴走族いっぱいいるし、みんなから魅力のない県ってバカにされるし。わたしだって東京の妖精だったら、自分の県を愛せると思うけどさ」
「じゃあ、茨城って何も良い所がない県なの?」
「……何も無いって訳じゃないけど」
「それじゃ私に、茨城の良い所を教えてくれる?」
「うーん」
茨城ちゃんは、手に持った鉛筆を噛みながら考えます。
「えっとね、まず納豆でしょ。あとサッカーも強いし、水戸黄門も有名だし、つくばの学園都市もある……あとロックインジャパンの開催地にもなってる」
「ほら、茨城にもたくさん良い所があるじゃない。自分の県の悪い部分だけを責めるんじゃなくて、ちゃんと良い部分を認めてあげなくちゃ」
年上のお姉さんのように優しくアドバイスをする東京ちゃん。とても茨城ちゃんと同い年とは思えません。
「あ、もう六時じゃん。アタシそろそろ帰るわ」
「もうそんな時間。私も帰ろっと」
「わたしも帰るべ」
「私も」
「グンマー!」
全員コタツから立ち上がり、それぞれ帰り支度を始めます。
そして一人、また一人と部室から出ていき、最後に東京ちゃんが誰も残ってない事を確認してから、そっと電気を消しました。
「あ、雪だ……」
校舎から外に出ると、茨城ちゃんは星の輝く夜空を見上げながら言いました。辺りにはしんしんと音もなく粉雪が降っています。
「わー、積もるかな?」
栃木ちゃんは嬉しそうにはしゃいでいますが、千葉ちゃんはウンザリした顔です。
「積もってほしくないわ。雪なんて寒いだけじゃん」
「もし積もったら、明日はみんなで雪合戦するべ!」
「うん!」
「グンマー!」
「ほら、これ以上寒くならないうちに帰ろ」
東京ちゃんは歩き出し、みんなもその後ろに付いていきます。
「ねーねー、姉御」
「うん?」
「わたし、立派な女神さまになれるかな?」
東京ちゃんはニッコリを微笑み、
「うん、きっとなれるよ」
「ほんと?」
嬉しそうな茨城ちゃん。
校門を出た所で茨城ちゃんは立ち止まり、後ろを振り返りました。
雪の舞う、赤い屋根が特徴的な木造二階建ての学校。
壮大なドラマが展開するわけでもなく、大きな事件に巻き込まれる事もなく、ただただ当たり前のような日常を送ってきただけでした。
でも茨城ちゃんは幸せでした。
同じ都道府県の妖精さんたちと沢山の思い出が作れたから。
この学校には楽しい思い出がいっぱい詰まってるから。
「茨城ちゃーん!」
向こうで東京ちゃん達が呼んでいます。
茨城ちゃんは小走りにみんなの所へ向かいました――。
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