第13話 女心と秋の空

「ねえねえ、茨城ちゃんって好きな人おるんけ?」


 休み時間の教室。自分の席で自作漫画【茨城県のヤボー】を執筆していた茨城ちゃんは、銀髪ツインテールがよく似合う四国四姉妹の一人、愛媛ちゃんにそう話しかけられ、ゆっくりと顔を上げました。

「好きな人……?」

「うん! もちろん異性で、ライクじゃなくてラブの方で」

 愛媛ちゃんは可愛らしい笑顔を浮かべながら、前の席に座りました。洋風の人形みたいに可愛らしい彼女は、田舎臭い茨城ちゃんとは対照的な存在です。

「わたしは別にいない、べかな」

 茨城ちゃんは、一応自分の知っている男性の顔を思い浮かべてみましたが、夏の公園で怒られた、あのおじさんしか思い浮かばなかったのが悲しい所です。

 この妖精学園には女の子しか通っていないので、なかなか異性と出会う機会が無く、そのため茨城ちゃんは未だに恋心というのを知りません。

「実はウチな、好きな人が出来てしまってん」

「ええ、愛媛ちゃん好きな人がいるんだべか!」

「ちょっと茨城ちゃん、声でかい!」

 両手で茨城ちゃんの口を押さえる愛媛ちゃん。

「ウチ、こんな気持ち初めてやし、どないしよ」

「……!」

「やっぱ告白した方がええんかな」

「……!」

「なあ、茨城ちゃんはどう思う?」

「……!!」

「あ、ごめん。口塞ぎっぱなしだったわ」

「……ぷはぁ~!」

 顔を真っ赤にさせて、ぜーぜー肩で息をする茨城ちゃん。

「はあ、はあ。危うく愛媛ちゃんに殺される所だったべ」


「なあ茨城ちゃん、ウチどうしたらいい?」

「……ふう。それで、お姉ちゃんたちはなんて?」

「お姉ちゃんたちはダメよ、かわかわれるに決まってるけん。ほやから茨城ちゃんに相談したんやろ?」

 愛媛ちゃんには三人のお姉さんがいます。長女の高知ちゃん、次女の香川ちゃん、三女の徳島ちゃん。個性が強いためよく喧嘩をしていますが、決して仲が悪いというわけではなく、心根ではお互いを認めあっています。

「やっぱ告白した方がいいかな?」

「んー、好きなら好きって伝えた方がいいと思うけど……」

「恥ずかしいよー。それに、もし振られちゃったら、ウチ死んじゃうかもしれんし」

「じゃあ止めとく?」

「そんなの我慢できないよー」

「……うーん」

 困り顔の茨城ちゃん。そんな相談されても、どうアドバイスしていいか分かりません。経験が無いのですから。

「はあ~」

 色っぽい吐息をしながら、机に顔をうずめる愛媛ちゃん。

 キーンコーンカーンコーン、と授業の開始を知らせるチャイムの音が鳴り、教室に先生が入ってきました。

「あ、もう休み時間終わりか。ごめんね、変な話に付き合わせちゃって」

「ううん」

 愛媛ちゃんは自分の席へと戻っていきました。



 次の休み時間になると、茨城ちゃんは小走りで東京ちゃんの所に向かいました。そして東京ちゃんの隣に立つと、耳に口を近づけて、小声で話しかけます。

「ねえねえ姉御、ないしょの話」

 東京ちゃんは不思議そうな顔で、小声で返します。

「どうしたの、なんか困り事?」

「男の子を好きになった時は、どうすればいいんだべか?」

 それを聞いて、東京ちゃんは可笑しそうに吹き出しました。

「あらあら、おませさんねー。好きな人できたんだ?」

「違くて、ある人から相談されたの。わたしはそういうの分かんないから、姉御に相談しに来たべ」

「なんだ、そういう事か。――私は、好きな人が出来たなら、ちゃんとその想いを伝えた方がいいと思うなー」

「でも、もしそれでフラれちゃったら?」

「その時は辛いけど、告白してフラれた事なんてすぐに笑い話になるって。それよりも告白出来ずに、ずっと後悔する方が辛いと思うんだ」

 そう言って東京ちゃんは笑いました。

「ふーん、そんなもんべかな」

「そんなもんよ」



 その日の放課後。

 帰り支度をしている茨城ちゃんのもとへ、愛媛ちゃんがやってきました。

「茨城ちゃん、今日これから予定あるんけ?」

「部活あるけど……どして?」

「今日ずっと考えてみたんだけどな、やっぱ告白しようと思うんよ。ほやから茨城ちゃんもついてきてほしいねん」

「え、今日するんだべか?」

 驚く茨城ちゃん。さすが伊予の早曲がりで有名な愛媛の妖精。行動力があります。

「ダメけ?」

 愛媛ちゃんは可愛らしく首を傾げます。

「ううん、そういう事ならわたしも付いてく」

「部活はいいの?」

「行ってもダラダラしてるだけだから、別に大丈夫だべ!」

「ありがと!」



 校門を一歩外に出ると、ヒュウ―、と冷たい風が二人の頬を撫でていきました。

「うう、さみー!」

 茨城ちゃんは小さな体をさらに小さくしてガタガタと震えます。

「もう冬が近づいてるけん、そろそろコートが必要やな」

「あー。わたし去年コート売っちゃったから、新しいの買わないと」

「売ったったんけ?」

「うん。限定版藁納豆人形参号機を買うために」

「なんやそれ、おかしなもん買うなー」


 雑談しながら、舗装された草原の一本道を進んでいく二人。冬間近とあって、草は色を落とし、薄っすらとしたオレンジ色をしていました。

 チラホラと生えている、すっかり裸になった木々。

 ジャンパーを着たおじさんが釣りをしている泉。

 お婆ちゃんが団子を食べている茶屋。 

 歩きながら、茨城ちゃんは物珍しそうにキョロキョロと顔を動かしています。

「どしたん?」

「わたし、この辺りに来たの初めてだべ」

「ああ、そういや茨城ちゃんのお家とは逆の方やったね」

「うん」


 そのまましばらく歩いていくと、突然愛媛ちゃんが道の真ん中で立ち止まりました。その顔は緊張で強張っています。

「茨城ちゃん、その人とはいつもここですれ違うねん」

「へー。あの人だべか?」

「え? ……あッ!」

 向かいから歩いてきたのは、スラリとした高身長の、メガネをかけた若い男性でした。なんだかエリートな感じがします。

 愛媛ちゃんは彼を一目見るなり、恥ずかしそうに俯いてしまいました。どうやら彼がお目当ての人とみて間違いないでしょう。

「それじゃ愛媛ちゃん、アタックするべ!」

「で、でも……」

 愛媛ちゃんは全身痒そうにモジモジしてます。そうこうしている内に、彼との距離が短くなってきました。

「しかたない、わたしが代わりに言ってきてやるべ。――おーい、そこに!」

「え、ちょっと茨城ちゃん!?」

 茨城ちゃんが彼の元へ走っていったので、愛媛ちゃんが慌てて追いかけます。

「そこの男ー、こんにちはだべ!」

「……だれ?」

 その男性は無愛想に言いました。

「わたしは茨城の妖精の茨城。こっちが愛媛の妖精の愛媛ちゃん」

「僕は図書館の妖精のシショ。それで僕に何の用?」

「あのね、この愛媛ちゃんがシショ君が好きなんだってさ」

「ちょっと茨城ちゃん!」

 愛媛ちゃんは泣きそうな顔で、茨城ちゃんの袖を引っ張ります。

「だから愛媛ちゃんの恋人になって!」

「ええ、それは困ったなー」

 難しい顔で腕を組むシショ君。

「気持ちは嬉しいけど……キミ、愛媛の妖精なんでしょ?」

「は、はい」

「僕も恋人募集中だけど、ちょっと田舎の人とは付き合えないかな。もっと東京とか神奈川みたいな都会の子だったらいいけど」


「……そうですか」

 まるで心が冷たくなっていくかのように、愛媛ちゃんの顔から表情が消えていきます。逆に、燃え上がるかのように顔を真っ赤にさせたのは茨城ちゃん。

「なんじゃそりゃ! 田舎だからダメってどういう事だべ!?」

 烈火の如く怒る茨城ちゃんに、シショ君は思わず後ずさりました。

「だってダサいだろ。そんなのと付き合ったら、友達から笑い者にされるよ」

「な、コイツッ!」

 殴りかかろうとした茨城ちゃんに、愛媛ちゃんが「もういいの!」と制止します。

「もういいよ。茨城ちゃん、行こ」

「むー」

 愛媛ちゃんはシショ君に頭を下げました。

「あの、失礼しました。今日の事は忘れてください」

「……ったく、なんなんだよ」



「うわああーーーーん!!」


 煌めく泉の側にあるベンチから大きな泣き声が聞こえてきました。


「うわああーーーーん!!」

 鼻水を垂らしながら、大声で泣いているのは――茨城ちゃんです。

「どうして茨城ちゃんが泣くねん」

 愛媛ちゃんからの当然のツッコミ。

「だ、だって……だって悔しいんだもん。愛媛ちゃんが……愛媛ちゃんが……」

 ひっく、ひっく、と声をしゃくりながら喋ります。

「ウチのために泣いてくれてるんやね。ありがと」

 愛媛ちゃんは優しげに微笑みました。

「でもウチなら平気やけん、泣かんといて」

「うう……」

「ま、ちょっとは傷ついたけど、きっとこの痛みはいつか収まるけん大丈夫。きっと、大丈夫」

 唇を噛み締めて、自分の言い聞かせるように言います。

 ――その日は夜遅くまで、ベンチに座ってました。



 それから数日後。

「おはよう!」と登校してきた茨城ちゃんの所に、愛媛ちゃんが小走りでやってきました。

「なあなあ茨城ちゃん。実はウチな、新しく好きになった人が出来たきん、また相談に乗ってくれへん?」

「…………」

 頬を染めてモジモジしている愛媛ちゃんを、無表情で見つめる茨城ちゃん。


 あとで東京ちゃんから「女心と秋の空」という言葉を教えてもらいました。

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