第12話 秋はやきいもの季節
放課後の関東部の部室。
「へっきゅし」
「ほら、風邪ひいちゃうから窓閉めよ?」
「ん」
東京ちゃんに諭され、舞い落ちるケヤキの葉を眺めていた茨城ちゃんは、鼻水をすすりながら窓を閉めました。
「すっかり秋だねー。そろそろストーブが必要かしら」
窓際の端に置かれたソファーに、足を組んで座っている神奈川ちゃんは、読んでいるファッション誌から目を逸らさずに言いました。
部室の中央に置かれたテーブルでは、千葉ちゃんと埼玉ちゃんが将棋を指し、栃木ちゃんと群馬ちゃんがそれを観戦しています。
「姉さん、今日の部活は何するの?」
雑誌を捲りながら訊ねる神奈川ちゃんに、東京ちゃんは腕を組んで考えました。
「どうしようかな。……みんな、何かしたい事ある?」
「…………」
誰も返事をしません。
静かな室内に、将棋を打つ音だけが響きました。
ガラガラ、と窓を開いて、再び秋の景色を眺める茨城ちゃん。
東京ちゃんは、みんなの目を覚ますように、パチンッ、と手を叩き、こう提案しました。
「それじゃ秋らしく、紅葉狩りなんかはどう?」
「…………」
「おーい、みんな聞こえてますかー?」
「いや、今から紅葉狩りっつーのも面倒だなーって。外寒いしさ。――王手」
「わたくしも同感ですわ。そもそも夕方にやるもんじゃないでしょう。――待った」
「うーん、それじゃなにしよう」
「あ、それじゃみんなでご飯を食べに行くってのはどうですか? なんかお腹空いちゃって」
栃木ちゃんの提案を聞いて、茨城ちゃんの頭の上に!マークが浮かびました。
「そうだ、みんなで焼き芋するべ! 秋っぽいし、美味しいし!」
「なるほど、焼き芋ね。いいんじゃない」
乗り気の東京ちゃん。千葉ちゃんは将棋を指す手を止めて、
「急に焼き芋っつっても、さつまいもは?」
その問いに埼玉ちゃんが答えます。
「たしか購買部に野菜コーナーがありましたわよね。ほら、家庭科の授業で使う用の。あそこなら芋ぐらい売ってるんじゃないかしら?」
「んじゃ、購買部に行って、売ってたら焼き芋にすんか。――ほい、王手」
カサコソと枯れ葉を鳴らしながら、体育館の裏までやってきた関東部。ケヤキやイチョウの落ち葉が、まるで紅い絨毯のように広がっていました。
茨城ちゃんは、先ほど購買部で買ったサツマイモの入った紙袋を、大事そうに抱えています。
「それじゃ、落ち葉集めを始めましょうか」
掃除用の大きな熊手を持った東京ちゃんは、柄の先を地面にトンと突きました。
「う~、さむッ!」
「あんまり汗はかきたくないですわ」
「姉さん、どこに集めるの?」
関東のお姉さんチームが熊手やホウキで枯れ葉を集めるなか、北関東の三人は階段に腰掛けてその様子を見学しています。実はここに来るまでに、北関東と南関東でジャンケンをして、負けた方が枯れ葉を集めるという話になっていたのです。
「ほれ、ボーッとしてないで早く枯れ葉を集めるべ!」
「みんな頑張ってー」
「グンマー!」
それを忌々しそうに見つめる埼玉ちゃん。
「まったく気楽なもんですわね」
「埼玉、文句を言う前に手を動かしなさい」
「はーい」
神奈川ちゃんに怒られ、埼玉ちゃんは口を尖らせながらホウキを持つ手を動かします。それをニヤニヤしながら見つめる千葉ちゃん。
「ダサ。怒られてやんの」
「なんですって!?」
「ほらー、二人とも喧嘩しないの。寒いんだから早く終わらせちゃお」
――数十分後。
周りの落ち葉を一箇所に集め終え、一息つく一同。目の前にはこんもりとした葉の山があります。
「ふう、こんなもんね」
制服の袖で、額の汗を拭う東京ちゃん。
「みんな、お疲れ様だべ!」
階段で休んでいた茨城ちゃんが、芋を抱えて走ってきました。
「マッチは?」
「あ、アタシが持ってる」
千葉ちゃんはポケットからマッチ箱を取り出し、神奈川ちゃんに投げ渡しました。神奈川ちゃんはマッチを一本取り出し、
「んじゃ、火つけるよー」
「待って待って、まだお芋入れてない」
芋を枯れ葉の山に入れようとする茨城ちゃんを、東京ちゃんが制止します。
「茨城ちゃん、まだダメ。一度火をつけて、その火が弱まってきた頃に入れるの。じゃないと焦げちゃうからね」
「へー、姉御はものしりだべなー」
「それじゃ今度こそ火をつけるよ。――栃木、風下は危ないからこっちに来な」
「はーい」
神奈川ちゃんはマッチに火をつけ、ポイッと枯れ葉の山の中に放り入れました。乾燥した空気のせいか火は瞬く間に燃え上がり、パチパチと音を鳴らしながら枯れ葉を焦がしていきます。
焚き火を眺めながら、千葉ちゃんが東京ちゃんに訊きます。
「そういや新聞紙とかアルミホイルはいいの? なんか芋を包んで焼くってイメージがあんだけど?」
「今から用意するのも面倒だし、別にいいんじゃない」
「そっか」
しばらくすると、だんだんと火の勢いが弱まっていき、辺りに焼けた葉の匂いが漂い始めます。
「もういっか。茨城ちゃん、お芋を真ん中らへんに入れて」
「らじゃー!」
茨城ちゃんは言われた通り、焚き火の真ん中にポイポイお芋を投げ入れました。そして東京ちゃんが、長い枝を使って芋を埋もれさせていきます。
「ねえねえ姉御、これで何分ぐらいで出来るの?」
「うーん。一時間ぐらいかな?」
「ええーッ!?」
東京ちゃんの衝撃発言に、全員が驚きの声をあげました。
「一時間もかかんのかよ」
「そんなに時間がかかるなんて聞いてませんわ」
「グンマー……」
「当たり前でしょ。そんな簡単に出来るわけないでしょ」
「そんな簡単に出来ると思ってた……」
「アタシ、部室で待ってるから出来たら呼んで」
「わたくしも、そうさせてもらいますわ」
「私も」
「この寒空の中で一時間はキツイわ」
「ちょ、ちょっと!」
やれやれ、と言った様子でみんなは部室へと戻っていってしまいました。
その場に残される東京ちゃんと茨城ちゃん。
「――茨城ちゃんはいいの?」
「あたし、言い出しっぺだから」
茨城ちゃんは焼き芋が入ってる焚き火の前に、ちょこんと座ります。
その隣に東京ちゃんも腰を落とし、溜め息を吐きました。
「ほんと、困った部員たちね」
「まったくだべ。……へっきゅし」
一時間後。
ソファーで眠ったり、将棋の続きをしたり、漫画を読んだりと、気だるい空気が流れている部室に、あつあつの焼き芋が入った紙袋を抱えた東京ちゃんと茨城ちゃんがやってきました。
「みんな、焼き芋出来たよー」
「ひとり一個ずつだべ!」
部室に焼き芋の美味しそうな匂いが充満し「おお!」と歓声が上がります。東京ちゃんと茨城ちゃんは、みんなに焼き芋を配っていきます。
「二人とも、おつかれさん」
「グンマー!」
「ありがとう。頂きますわ」
みんなでテーブルの前に座って、焼き芋を食べます。
茨城ちゃんが、焼き色の美しい芋を二つに割ると、ふわっと食欲を誘う湯気が昇りました。
ガブッとかぶりつき、ふはふは言いながら咀嚼すると、口の中に芋独特の甘みが広がります。
「美味しいべ!」
栃木ちゃんが、口をモゴモゴ動かしながら頷きました。
「んぐ。ちょっと焦げてるけど美味しいです」
「旨いけど喉が乾くな。――埼玉、お茶」
「……まったく」
埼玉ちゃんは、呆れたような溜め息を吐きながら立ち上がり、部室の奥にある簡易キッチンでお茶を淹れ、みんなの前に湯呑みを置いてくれました。
「サンキュー」
千葉ちゃんはお茶をふーふーしながら、口につけます。
「焼き芋もたまに食べると美味しいですわね?」
「みんな、提案者の茨城ちゃんに感謝よ」
「ありがと、茨城ちゃん」
「グンマー!」
「えへへ」
茨城ちゃんは頬を染めながら頭を掻きました。
と、その時――。
ぷ~。
みんなが一斉に固まります。
「…………」
「…………」
「…………おなら?」
「ちょっとヤダー、茨城ちゃん」
東京ちゃんが苦笑いすると、茨城ちゃんは慌てて首を横に振りました。
「わわわ、わたしじゃないもん! 千葉ちゃんの方から聞こえたべ!」
「アタシじゃねーし! どうせ埼玉だろ!?」
「わたしくのわけないでしょ! こういうのは大体最初の言い出しっぺなのよ、姉さん!」
「なんで私なのよ!」
いつもより賑やかな関東部の部室。
結局、この誰がおならした騒動は日が暮れるまで続きました。
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