第7話 花火をしよう!
相変わらずギラギラ輝く真夏の太陽が、容赦なく地上を攻撃する夏の午後。
下駄を履いた浴衣姿の茨城ちゃんは、森の中の小さな駄菓子屋さんで「うーん、うーん」と唸っていました。セミの鳴き声が五月蝿いですが、背の高い木々が太陽と遮り、また近くの小川から流れる涼しい風のおかげで、店内は心地よくて過ごしやすいです。
「茨城ちゃん、決まったかい?」
店の奥、座布団に座っている店番のお婆ちゃんに訊かれ、茨城ちゃんは「まだー」と返事をしました。
「うーん、どれにするべかな……」
がま口の財布を握りしめた茨城ちゃんは、もうかれこれ三十分くらい、入り口近くの花火コーナーでにらめっこしています。
実は今日の夜、東京ちゃんの提案で、関東部のみんなで花火を持ち寄って遊ぼうって約束があって、そこに持っていく花火を買いに来たのです。予算は五百円以内。みんなでそう決めました。
回転ラックにかけられた、一個五百円の袋詰された花火セットにしようか。それとも棚にある単品の線香花火やロケット花火などを五百円分を買おうか。悩みどころです。
「うーん……うーん……」
小さな声で唸る茨城ちゃん。
お得度で言えば、セットになってる方が沢山入っててお得なのですが、ここに入ってるのは手持ち花火ばっかりで、茨城ちゃんの好きなパラシュート花火が入ってないのです。落ちてくるパラシュートを、地面に着く前にキャッチするのが面白いのに。
でも単品で買うと、一個百円ぐらいするので、そう多くは買えません。
「どうするべか」
茨城ちゃんは難しい顔をしながら、花火セットの回転ラックと単品花火の棚の間を、行ったり来たりを繰り返します。
やがて、茨城ちゃんはぎゅっと目を瞑り、小さな体をぷるぷる震わせました。
「うーん……うーん……決めた!」
茨城ちゃんは意を決して回転ラックからセット花火を手に取り、お婆ちゃんの所に向かいました。
「これください!」
花火セットを受け取ると、お婆ちゃんの目が妖しく光ります。
「おや、これでいいんだね? ――今なら、単品の花火が半額セールなのに」
「ええー!」
茨城ちゃんは愕然としました。そんな表記なかったのに。
「あの、やっぱこれ止めます……」
トボトボと花火コーナーに戻っていく茨城ちゃん。
――結局、駄菓子屋から聞こえる茨城ちゃんの呻き声は、日が暮れるまで続きました。
「いそげ、いそげー!」
大きな満月が浮かび、星が満点に輝く夜空。
カランカランと下駄の音を響かせながら、月明かりに照らされた草原の一本道を、花火セットを抱えた茨城ちゃんが全力で走っていました。この道を真っ直ぐに行けば、集合場所である東京ちゃんの家に着きます。
汗を飛ばしながら走り続けると、ようやく視界の奥に東京ちゃんの家の明かりが見えてきました。
洋風な二階建ての東京ちゃんの家の前には、すでに関東部のみんなが集まっていました。赤、緑、白、それぞれカラフルな浴衣を着ていて、みんな学校で会う時よりちょっと大人っぽい印象を受けます。
いつもの金髪ロールを後ろに結えた埼玉ちゃんが、ウチワを扇ぎながら茨城ちゃんに言います。
「遅刻ですよ、茨城さん?」
「ごめんだっぺ! なんの花火買おうか迷ってたら、遅くなっちって」
茨城ちゃんは額の汗を拭いながら、ペコペコ頭を下げます。
ほんのりシャンプーの香りがする青い髪をポニーテールに束ねた、凛々しい顔つきのクールビューティー神奈川ちゃんは、みんなの輪の中央に水の入ったバケツを置きながら言いました。
「それじゃ茨城も来た事だし、花火大会を始めましょうか」
「だね。それじゃみんな持ってきた花火をこっちに持ってきて」
東京ちゃんの合図のもと、それぞれが用意した花火を地面に置いて、一箇所に集めます。茨城ちゃんの持ってきた花火セットに、噴火花火、そしてパラシュート花火もありました。
「周りの草原の草に引火しないよう、気をつけて遊ぶのよ?」
まるでお母さんみたいな東京ちゃんの注意に、みんなは「はーい」と返事をしました。
「結構な量あんな。なにすっか」
腰に手を当てて、こんもりした花火を山を見つめる千葉ちゃんの隣に、埼玉ちゃんがウチワを扇ぎながらやって来ました。
「千葉さん、どちらが先に線香花火落ちるか勝負しません?」
「あん? 嫌に決まってんだろ。なにが楽しくて、初っ端から地味な線香花火しなきゃいけねーんだよ」
「あら、逃げるんですの?」
「……ったく」
茨城ちゃん、栃木ちゃん、群馬ちゃんの三人は、集められた花火の前にしゃがみ込んで、ガサゴソと漁っています。
「えー、うそー」
「本当だよ。群馬ちゃんは、本当はちゃんと喋れるんだもん」
「グンマー?」
「しかも、お侍さんみたいな口調なの」
「うそばっかり」
アハハと笑う栃木ちゃん。信じてくれないみたいです。
茨城ちゃんは花火の山の中から、手持ち花火を取り出しました。
「あたし、これにする!」
「私も!」
「拙者も!」
三人はそれぞれ手持ち花火を持って、少し離れた位置にまで移動します。そしてチャッカマンを使って花火に点火しました。
しゅわわわー、と花火の先からススキの穂のように長い茜色の火花が噴出します。
「わー、キレイだべ!」
「グンマー!」
「見てみてー!」
変色花火を持った栃木ちゃんは、緑色に光る火花をハートの形に動かしました。
花火を楽しむ三人の後ろでは、千葉ちゃんと埼玉ちゃんが騒いでいます。
「きゃー!」
両手を広げて逃げ回る埼玉ちゃんを、シュシュシュシュと高速回転をしながら追いかけるネズミ花火。
パンッ!
「きゃあ!」
乾いた音を鳴らして弾けるネズミ花火に、埼玉ちゃんが飛び上がりました。
「ちょ、ちょっと千葉さん! なんの嫌がらせかしら!?」
ぜーぜーと肩で息をする埼玉ちゃん。
「知らねーよ。勝手に行くんだもん」
千葉ちゃんはニヤニヤしながら、手に持ったネズミ花火に火をつけて、地面にポイッと放り投げます。
再び火花を撒き散らしながら回転し、埼玉ちゃんを追いかけ始めるネズミ花火。
「きゃー!」
パンッ!
その光景を、微笑ましそうに見つめる東京ちゃんと神奈川ちゃん。
「いるよねー。なぜかネズミ花火に追いかけられる人」
東京ちゃんが言うと、神奈川ちゃんは薄く笑いながら頷きました。
「……あれ? これ、なにかしら?」
神奈川ちゃんは不思議そうな顔で、花火の山から筒状の花火を取り出します。筒に巻いてあるイラストには、パラシュートで空から降りてくる、出っ歯のネズミの絵が描かれてました。
「パラシュート花火ね。その名の通り、打ち上げた後にパラシュートを付けた人形が降ってくるって花火よ」
その説明を聞いて、神奈川ちゃんは小さく口笛を吹きました。
「面白そうじゃん。やってみようよ」
「待って待ってー! パラシュート待ってー!」
茨城ちゃん達がこちらに走ってきました。そして燃え尽きた手持ち花火をバケツに投げ入れると、大きな声で千葉ちゃんたちを呼びます。
「千葉ちゃーん、埼玉ちゃーん、こっちに来てー!」
「なにかしら?」
「みんなで、落ちてきたパラシュートをキャッチするべ! 地面に着く前にキャッチできた人が優勝ね!」
「あら、いいわね。千葉さんには負けないわよ?」
「へいへい」
「グンマー!」
「じゃあ、見事にキャッチ出来た人は、この後のお片付けを手伝わなくていいって言うのはどう?」
東京ちゃんの提案に、みんなは手を上げて賛成しました。
神奈川ちゃんは地面にパラシュート花火を置くと、チャッカマンを取り出します。
「うし、それじゃ点けるよ?」
「はーい」
神奈川ちゃんは紙の導火線に火を近づけ、点火したのを確認するとすぐに距離を置きました。
みんなが見守るなか、ジジジジ……と導火線を伝った火が本体に向かっていきます。
そして一瞬の静寂の後――
ドンッ!!
太鼓のような低い音と共に花火が打ち上がり、
パーンッ!!
星々の輝く夜空に盛大な音を響かせて、パラシュート花火を咲き乱れました。
歓声を上げる一同。
「…………」
「…………」
みんなジッと夜空を見上げています。
「…………」
「…………」
「…………落ちてこないね、パラシュート」
「……うん」
「んなぬ!?」
素っ頓狂な悲鳴が聞こえ、茨城ちゃんはビックリして振り返りました。見ると、千葉ちゃんが頭を押さえてうずくまっています。そして足元には、こんがらがったパラシュートを付けたネズミの人形。どうやら上手くパラシュートが開かず、そのまま直で千葉ちゃんの頭上に落ちてきたみたいです。
それを見て爆笑する埼玉ちゃん。
「さっすが千葉さんだわ! ネズミに愛されてますわね!」
「ちょっと埼玉、笑いすぎよ」
そう言う神奈川ちゃんも、口に手を当てて笑いを堪えています。
「……くっそー」
千葉ちゃんはイライラしたように歯ぎしりをすると、すぐに花火の山からネズミ花火を取り出しました。
「千葉ちゃん、わたしも援護するべ!」
「おう!」
茨城ちゃんは千葉ちゃんからネズミ花火を受け取ります。
「ちょっとアンタ達!?」
二人は、慌てる埼玉ちゃんの足元にネズミ花火を放り投げました。
シュシュシュシュ……。
パァン!!
「きゃあ!」
飛び上がる埼玉ちゃんを見て、爆笑する千葉ちゃんと茨城ちゃん。
「そっちがその気なら――群馬、栃木、援護しなさい!」
「はい!」
「グンマー!」
三人はガサゴソと花火の山から手持ち花火を取り出し、すぐに点火させました。そして、しゅわわわー、と先端からカラフルに燃える火花の先を、こちらに向けてきます。
「バッ、危ねーだろ!」
「うるさいうるさい! このわたくしを怒らせた事を後悔させてあげるわ!」
逃げる二人に、それを追いかける三人。
「茨城、なんか武器はないか!?」
「千葉ちゃん、ロケット花火があるべ!」
懐からロケット花火の束を取り出し、その半分を千葉ちゃんに渡しました。
「よっしゃ、でかした!」
「ちょっと、それは卑怯よ!」
「うっせー! 今度はお前らが逃げる番だ!」
「コラァァァーッ! 花火を人に向けちゃいけませんッ!!」
鬼の顔をした東京ちゃんの怒声が、夏の夜空に響き渡りました――。
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