第8話 死体を探しに行こう
楽しかった夏休みも終わり、次第に生徒たちの休みボケも収まっていく九月の中頃。
教壇に立つ、数学担当のナキサワメ先生の声を子守唄にして、茨城ちゃんが机でウトウトしていると、後ろの席の、紫色の髪をキュートマッシュにした女の子、福島ちゃんが肩をトントンと叩いてきました。
「ねえねえ、茨城ちゃん」
福島ちゃんは小声で呼びかけましたが、茨城ちゃんはウトウトしっぱなしです。
「ねえ、茨城ちゃん。起きて」
「……ん」
軽く肩を揺さぶられ、ゆっくりと顔を上げる茨城ちゃん。そして小さく欠伸をしながら、後ろに振り返りました。
「福島ちゃん……おはよ、です……」
半分寝起きなので、声がガラガラです。
「茨城ちゃん、いまクラスで噂話になってる美術室の話、知ってる?」
「美術室? そんなのあったっけ?」
呆れたように肩を落とす福島ちゃん。
「あるに決まってるでしょ、学校なんだから。っていうか、茨城ちゃんがいる関東部の隣の部屋だよ」
「あー、思い出したっぺ。それで美術室の噂って?」
福島ちゃんは、声のトーンを落として言います。
「私も今日、宮城ちゃんから聞いたんだけど――なんでも美術室の壁の中には死体が埋まってるらしいよ?」
「し、死体だべか?」
茨城ちゃんは、ぶるっと身体を震わせました。
「なんでも今から十年前にね、この学校に赴任してきた美術教師が、ある女子生徒に恋をしたんだって。先生と生徒、決して許される恋では無かったんだけど、その想いは日に日に募っていき、ついにその美術教師は告白しようと決めたの」
もうこの時点で、なんとなくオチが分かってしまいましたが、茨城ちゃんは黙っている事にしました。
「放課後になると、その女子生徒を美術室に呼び出し、自分の想いを伝えた。――答えはノー。理由は明白、その先生の容姿は醜かったから……」
茨城ちゃんは頭の中に、顔がぶつぶつでハゲでデブの男性を想像しました。
「交際を断られた先生は、逆上してその女子の首を絞め殺して、その死体を美術室の壁の中に埋めたんだって」
「か、関東部の部室の隣でそんな事が……」
茨城ちゃんの顔は真っ青です。
「それ以来、彼女が殺された夕方になると、美術室の壁から声が聞こえてくるの。――『出して。ここから出して……』って」
「で、でもでも、そんなのただの噂だべ?」
「うん。だから今日の放課後にね、宮城ちゃんとその噂を確かめに行こうって話になったの。茨城ちゃんも来ない?」
「ええー……」
あからさまに嫌そうな顔をする茨城ちゃん。正直、そんな話を聞かされて行きたいとは思いません。
「お願い! 私たち二人だけじゃ心細いんだ。帰りにアイス奢ってあげるから」
手を合わせてお願いする福島ちゃん。
こうやってお願いされると弱い茨城ちゃんは、少し考えたあと、目を伏せながら答えました。
「じゃあ……ちょっとだけね」
「わ、ありがと! それじゃ放課後、予定入れないでおいてね?」
「……うん」
その日の放課後。
美術室の前に立つのは、茨城ちゃん、福島ちゃん、そして黒縁メガネの女の子宮城ちゃんの三人。ほとんどの生徒は下校か部活に行ってしまったので、廊下にはこの三人しかいません。
「もし本当に死体があったら、どうするべ……」
「その時はその時よ」
宮城ちゃんは美術室のドアに手を当てます。
「それじゃ開けるよ?」
「うん」
ガラガラガラ……。
美術室のドアを開いて、宮城ちゃんが室内に足を踏み入れました。続いて福島ちゃん、そしてその背中に隠れるように茨城ちゃんが入ります。
木目の床になっている美術室に足を踏み入れると、絵の具や石膏などの混じった独特な匂いがしてきました。
窓から差し込む夕日に、茜色に染まる室内。
教室二つ分くらいある大きな部屋には、何十個ものキャンバスが乱雑に置かれ、机の上には使いっぱなしの筆と絵の具、壁際には上半身だけの石膏像が並べられています。
部屋の中央まで歩いて行く三人。そして宮城ちゃんは室内をグルっと見回しながら、呟くように言います。
「ここの壁のどこかに、死体が埋められているのね……」
「うん……」
茨城ちゃんは、美術教師が死体を埋めている所を想像して、ぶるっと身体を震わせました。
宮城ちゃんは二人の顔を交互に見ると、声を潜めてこう切り出します。
「――実はね、この噂には続きがあるの」
「続き?」
「簡単に死体を処理できる事が分かった美術教師は、気に入った女子を見つけると、放課後に美術室に呼び出し、その子に乱暴したの。嫌がる女子を無理やり、ね」
「ひどい……!」
福島ちゃんは絶句したように口に手を当てます。
「そして口封じのために少女たちは殺され、ここの壁の中に埋められた……」
「で、でもそんなに殺してたら、学校でも騒ぎになるでしょ!」
茨城ちゃんは至極当然の質問をしました。
「もちろん騒ぎにはなったわ。そして当然のように美術教師が疑われた。行方不明になった女子たちは、みんな彼と会った後にいなくなっちゃったんだもん」
「じゃあ捕まったの?」
福島ちゃんの質問に、宮城ちゃんは首を横に振ります。
「彼は警察が来る前に自殺しちゃったの。……この美術室で首を吊ってね」
「…………」
「…………」
静まり返る室内。
(…………ボソボソ)
「あッ!」
突然、悲鳴のような声をあげる茨城ちゃん。その顔は恐怖で青白くなっています。
「ど、どうしたの茨城ちゃん!?」
「今、そこに壁の中から声が聞こえた!」
茨城ちゃんは石膏像が並べられた壁を指差しました。
「じょ、冗談は止めてよ茨城ちゃん」
平静を保とうと必死で笑顔を作る宮城ちゃん。
「本当だもん!」
三人はその壁に近づくと、石膏像を適当にどかして、壁に耳を当てます。
すると、確かに壁の中からボソボソと聞こえてきました。ただ、あまりに微か過ぎて、それが人の声かどうか判別がつきません。
「ほ、本当だ。壁の中からなにか聞こえるね……」
神妙な顔で、ゴクリと生唾を飲み込む福島ちゃん。
一歩下がって、その壁をまじまじ見てみると、どことなく、ここだけ不自然に塗り替えられたように見えます。
「きっと、この壁に死体が埋められていて、あたし達に助けを求めてるんだべ」
「ど、どうしよう。まさか本当だったなんて」
福島ちゃんは頭を抱えてしまいました。
所詮は噂話。それはみんな思っていた事でした。
「掘ってみよう」
宮城ちゃんの提案に、うろたえる茨城ちゃんと福島ちゃん。
「で、でも、警察を呼んだ方がよくない?」
「死体を見つけてからじゃないと、取り合ってくれないよ」
宮城ちゃんは鞄から、あらかじめ用意しておいた彫刻刀セットを取り出すと、それを二人に渡します。
「こんなんで掘れるべか?」
「何にもないよりかはマシでしょ。さあ、やろう」
彫刻刀を構えた三人は、壁に向かって刃の先を叩きました。
ガッ…ガッ…ガッ…。
ガッ…ガッ…ガッ…。
パラパラとコンクリート片を落としながら、掘り進めていく三人。壁が脆いのか、それとも彫刻刀が凄いのか、意外と簡単に壁を掘る事が出来ます。
ガッ…ガッ…ガッ…。
ガッ…ガッ…ガッ………ガッ!!
茨城ちゃんの持つ彫刻刀の先が、壁の中にある空間を掘り当てました。
壁に空いた指先ほどの小さな穴。
手を止めて、顔を見合わせる三人。
「か、壁の中に空間があるなんておかしいよ……」
「ここに死体が……」
「ちょっと見てみるべ」
茨城ちゃんは、恐る恐る、その壁の穴に目を近づけました。
どうやら穴は、死体の顔の部分を掘り当てたらしく、茨城ちゃんの視線の先には無表情でこちらを見つめる美しい女性の顔があります。
「あった! 死体があった!!」
興奮して叫ぶ茨城ちゃん。
「ええ、本当に!?」
「嘘でしょ!?」
「本当だべ! 姉御に似てる女の子の死体がある!!」
壁の中の少女は、額に雷のような青筋を浮かべると、怒りにワナワナ震えながら、こう叫びました。
「茨城ちゃん!! どうして部室の壁に穴開けちゃうのッ!!」
――どうやら三人の掘った穴は、隣の関東部の部室まで貫通してしまったみたいです。
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