第6話 九州男児な女の子?
ミーンミンミンミン。
青空に、モクモクと大きな入道雲が浮かんでいました。
ギラギラと太陽が照りつける、蒸し暑い夏の午後。
夏休みの真っ最中の茨城ちゃんは、アブラゼミがやかましく鳴く、小さな公園にいました。
白いワンピース姿に、頭に麦わら帽子をかぶって、足にはサンダルと、涼しげな格好の茨城ちゃんは、ブランコの近くでしゃがみ込み、ジッと地面を見つめています。
視線の先にあるのはアリの巣でした。地面に空いた小さな穴の周りを、数十匹のアリンコがウロチョロしています。
砂利を巣穴に落としたり、指先でアリの行く手を塞いだりして遊ぶ茨城ちゃん。
ジリジリした太陽の光で首筋が痛くなり、顔を上げました。
「群馬ちゃん、遅いなー」
公園の噴水の真ん中に立つモニュメント時計を見ると、約束の十三時を三十分も過ぎていました。
「もしかして、今日一緒に遊ぶって事、忘れちゃったのかな?」
段々と不安な気持ちになってきた、その時、
「グンマー!」
公園の入口から、『I♡群馬』の文字が書かれたTシャツを着た群馬ちゃんが、手を振りながら走ってきました。
茨城ちゃんの前までやってくると、両手を合わせて頭を下げます。
「グンマー!」
「群馬ちゃん、遅刻だっぺ!」
「グンマー……」
「んもー、なにしてたの?」
「グンマ、グンマ!」
群馬ちゃんは両手をグルングルンと回します。
「うーん……もういいや」
「グンマー?」
「おい、そこのガキ、うるせえぞ!!」
不意に聞こえた中年男性の怒鳴り声に、ビクッと体を震わせる二人。
恐る恐る声の方を見てみると、木陰のベンチで競馬新聞を広げたパンチパーマのおじさんが、恐い顔でこちらを睨んでいました。あの人は棍棒の妖精です。凶器の妖精たちは、野蛮な人が多い事で有名です。
おじさんは片耳に付けたイヤホンを外しながら立ち上がると、ズカズカと足を鳴らしながらこちらに歩いてきました。
「ったくキーキー騒ぎやがってよ。お前らのせいで、大事なレースの結果を聞き逃しちまったじゃねーか! 公園でデケー声だすんじゃねえよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「グンマー……」
二人はビクビクしながら謝りました。
「ああん? 声が小さくて聞こえね―よ!?」
今度は大きな声で、
「ごめんなさいッ!」
「グンマーッ!」
「うるせえ! デケー声出すんじゃねえって言ったろーが!」
あまりに理不尽な怒鳴りに、茨城ちゃんの目に涙が溜まっていきます。
「だいたいそっちのチビ! お前はグンマーしか言えねえのか!?」
おじさんは群馬ちゃんの頭をパチンッと叩きました。
痛そうに頭を擦る群馬ちゃん。
「グンマー……」
「グンマー、じゃなくて、ちゃんと謝れや!」
「すまぬ……」
「え!?」
びっくりした顔で群馬ちゃんを見つめる茨城ちゃん。長い付き合いだけど、群馬ちゃんがちゃんと喋れる事を初めて知りました。しかも武士口調。
「ったく、これだからガキは嫌いなんだよ」
おじさんは吐き捨てるように言いました。
いつもの元気な姿はどこへやら、しょんぼりと俯く二人。
「んで、どう責任取ってくれるんだ?」
「……」
「……」
二人は黙ったまま答えられません。
「――よし、お前らに命令だ。今すぐアイス買ってこい!」
「え」
「それだけの事をしたんだ。当たり前だろ!」
「あの、お金……」
「あ? 小遣いぐらい持ってるだろ。――ほら、早くいけ! 三十分以内に戻ってこれなかったら、もう二度と公園に立ち入れないようにしてやるからな!?」
「…………」
「ほら、走った走った!」
「群馬ちゃん、行こ……」
「グンマー……」
二人はアイスを買うため、とぼとぼと歩き出しました。
駄菓子屋へと続く道を、俯きながら歩いて行く二人。暑さで顔中が汗でベトベトになっていますが、それを拭う気力はありません。
ふと隣の群馬ちゃんを見ると、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていました。
茨城ちゃんも、ぽろぽろと雨粒のような涙をこぼします。
いったん涙がこぼれると歯止めが効かなくなり、二人は地面に点々と涙の跡をつけながら歩いていきました。
しばらくすると、向かいから見覚えのある人が歩いてきました。
お嬢様のようなウエーブした金髪をなびかせ、ゴスロリちっくな黒いドレスを着た彼女は熊本ちゃんです。
「あら? 茨城ちゃんと群馬ちゃん、どうしたの?」
泣いている二人の姿を見て、不思議そうに首を傾げる熊本ちゃん。
「う……う……」
茨城ちゃんはぷるぷると小刻みに震えると、すぐに顔を真っ赤にさせ、
「うわあああーーーん!」
「ぐんまああーーーん!」
「えええ!? ちょっと、ちょっと!?」
「――なにそいつ、頭おかしいんじゃないの!?」
茨城ちゃんの話を聞き終えると、熊本ちゃんは吐き捨てるように言いました。彼女の顔が真っ赤になっているのは、暑いからではありません。
「よし、その公園に行くわよ! 私がとっちめてやる!」
「でもまだアイス買ってない……」
「いいの、そんなの!」
困惑する二人の手を引っ張って、熊本ちゃんはズンズン足を鳴らしながら公園へ向かいました――。
公園に戻ってくると、さっきのおじさんは、またベンチに座って競馬新聞を広げていました。片耳イヤホンでラジオを聞きながら、イライラしたように貧乏ゆすりをしている所を見ると、相当負けているみたいです。
「アイツね!」
「うん」
「グンマ」
「二人はそこにいて。あいつに思い知らせてやるわ!」
熊本ちゃんは猟犬みたいに猛ダッシュすると、すぐに地面を蹴りつけて大空に舞い上がりました。
そして真夏の太陽を背に、こう叫びます。
「天誅たいッ!!」
獲物を仕留める鷹のように滑空し、熊本ちゃんの鋭い蹴りが、競馬新聞を突き破って、おじさんの腹部にヒット。
「ぶほぉ!?」
胃液を撒き散らしながら、ベンチで前のめりになるおじさん。
「わりゃいばらきとぐんまいじめたっちゅうこっじゃなかくごせーよッ!!」
なんて言ったかは分かりませんが、早口でそう言ったあと、熊本ちゃんは拳を振りかぶって、おじさんの顎に強烈なアッパーを食らわせます。ゴキンッと鈍い音が鳴り、おじさんは弧を描くようにベンチの後ろに吹っ飛びました。
「おお~」
流れるような一連の攻撃に、思わず拍手を送る茨城ちゃんと群馬ちゃん。
噴水の前で正座させられるおじさん。アッパーを食らったせいで顎が真っ赤に腫れています。その前で、腕を組んで仁王立ちする熊本ちゃんと、その背中に隠れてオドオドしている茨城ちゃんと群馬ちゃん。
「ちょっとアンタ、よくも二人をイジメたわね!」
熊本ちゃんが、公園全体に聞こえるくらい大きな声で怒鳴ります。
「い、いやー。イジメたつもりはないんだが」
困ったように笑いながら頭を掻くおじさん。
「オトナのくせに、子供にアイス買ってこいだなんて情けないと思わないの!?」
「お嬢ちゃんたち、申し訳ない。言い訳するわけじゃないんだが、最近イライラする事が続いててな、ちょっと気が立っていたんだ。ほんと、ごめんな」
おじさんは両手を合わせて謝りました。
「群馬ちゃん、許してやるべか?」
「グンマー」
群馬ちゃんは頷きました。
「それじゃ今日の所は許してあげるわ。でも、もし次もこんな事したら、この私が許さないからね!」
「そうか、ほんと悪かったな」
おじさんは立ち上がり、こちらにぺこぺこ何度も頭を下げながら去っていきました。
「熊本ちゃん、ありがとうです」
「グンマー!」
二人は丁寧にお辞儀しました。
先ほどまでの恐い顔とは打って変わり、いつも学校で会う優しい顔に戻った熊本ちゃんは、
「なにか困った事があったら、どーんと言ってきなさい!」
そう言って頼もしく胸を叩きました。
「あーあ。なんか怒った後だから、お腹空いてきちゃった。みんなでアイス食べに行かない?」
「行くべ行くべ!」
「グンマー!」
三人は仲良く駄菓子屋に向かいました――。
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