第3話 島根(もしかして鳥取?)
さあっと音を立てて、雨が教室の窓を叩いていました。雨雲が空を覆っているせいで、まだ十五時だというのに教室は日暮れ時みたいに薄暗いです。
五時間目が終わり、六時間目の授業が始まるまでの休み時間。もうすぐ下校なのと天気が雨なのが合わさって、教室の中には気だるい空気が漂っていました。ほとんどの生徒は自分の席から離れず、だら~っとしています。
(帰りまでに雨が止むといいな……)
窓際にある自分の席で、茨城国の野望というオリジナル漫画を描いている茨城ちゃんは、チラリと窓の外に目をやり、そんな事を思っていました。漫画を描いている、と言っても賞に応募できるような立派な作品ではなく、暇つぶしにノートに描いた落書きみたいな物です。
ふう、と息を吐いた後、雨音をBGMに、再び鉛筆を持つ手を動かしました。
「んもう鳥取ちゃん、私の真似しないでって言ってるでしょ!」
「んもう島根ちゃんこそ、私の真似しないでって言ってるでしょ!」
可愛らしい声が聞こえてきて、なんだろうと後ろを振り向くと、後ろのロッカーの前で鳥取ちゃんと島根ちゃんが言い争っていました。
二人とも同じ身長、同じ体重、同じ顔つき、そして長い髪をリボンで結えるという髪型も同じです。一見すると双子に見えますが、二人とも血の繋がりはありません。
どうしたんだろ?
茨城ちゃんはノートを閉じて、二人の所に向かいます。
「鳥取ちゃん、島根ちゃん、どうしたっぺ?」
「あ、茨城ちゃん!」
「あ、茨城ちゃん!」
同時に喋る二人のほっぺには、同じ位置に絆創膏が貼ってあります。
「ちょっと聞いてよ。島根ちゃんったら酷いのよ。いつも私の真似ばかりして」
「違うもん。いつも私の真似ばかりしてるのは鳥取ちゃんの方だもん」
「さっき転んで怪我しちゃったから、ほっぺに絆創膏を貼ったのね。そしたら島根ちゃんたら、真似して同じ位置に絆創膏を貼ったの」
「先に怪我したのは私の方だもん。そしたら鳥取ちゃんが真似したんじゃん」
「茨城ちゃん、どう思う?」
「茨城ちゃん、どう思う?」
「あう……」
二人に詰め寄られて、タジタジになる茨城ちゃん。
「んもう。有名な出雲大社がある私の県に憧れるのも解るけど、だからって何もかも真似しないでよね。そんなんだから私たちの場所を間違える人が多いのよ!」
「私に憧れてるのは島根ちゃんの方でしょ? 有名な鳥取砂丘がある私の県に憧れるのも解るけど、だからって何もかも真似しないでよね。そんなんだから私たちの場所を間違える人が多いのよ!」
島根と鳥取。どっちが右でどっちが左か分かってない人が多いのは有名な話です。因みに左が島根で右が鳥取です。
「なによ、カレーばっか食ってるくせに!」
「なによ、サバばっか食ってるくせに!」
「うー!」
「うー!」
同じ表情、同じ仕草で、唸りながら睨み合う二人。
「島根より鳥取の方がすごいもん!」
「鳥取より島根の方がすごいもん!」
「茨城ちゃんはどう思う!?」
「茨城ちゃんはどう思う!?」
「あう……」
そんな事を聞かれても。茨城ちゃんは困ってしまいました。
「と、とにかく喧嘩はダメ。仲良くしなきゃ」
「出来ないわよ、こんな真似っ子なんか」
「出来ないわよ、こんな真似っ子なんか」
「……うーん、困ったな」
渋い顔で腕を組む茨城ちゃん。
どうしていいか分からず、とりあえず一旦その場を離れて、東京ちゃんに相談しに行く事にしました。
「ねーねー姉御」
茨城ちゃんは、机にうつ伏せて寝ている東京ちゃんのスカートの裾を引っ張ります。
「ねーねー姉御、起きてー」
「ん……んん?」
目を擦りながら顔を上げる東京ちゃん。
「ん、どうしたの茨城ちゃん」
「あのね――」
茨城ちゃんは事情を説明しました。東京ちゃんはまだ眠気が残っているらしく、あくびを噛み殺しながら相づちを打ってます。
そして話を聞き終えると、
「それじゃ良い方法を教えてあげる」
と手首に付けた天然石のブレスレットと、耳に付いたウサギのイヤリングを外し、茨城ちゃんに渡しました。
「ありがとです、姉御」
丁寧にお辞儀する茨城ちゃん。
「違う違う、茨城ちゃんにあげるんじゃないよ」
苦笑する東京ちゃん。
「これを一つずる二人に渡して、身に付けさせるの。別々のアクセサリーを付けておけば真似っ子にならないでしょ?」
「なるほど、良いアイデアだべ! ありがとです、姉御!」
茨城ちゃんが小走りに二人の元へ向かうのを見届けた後、東京ちゃんは再び机に伏せました。
「おーい、鳥取ちゃん、島根ちゃん!」
「なに?」
「なに?」
「これ姉御からのプレゼント!」
「わー、ありがとう!」
「わー、ありがとう!」
島根ちゃんはブレスレットを、鳥取ちゃんはイヤリングを受け取りました。
「こ別々のアクセサリーを付けてれば同じ格好じゃなくなるから、これでもう真似っ子じゃなくなるっぺ!」
「…………」
「…………」
二人とも黙ってアクセサリーを見つめるだけで、なかなか身に付けようとしません。
しばらくすると、
「私いらない」
「私もいらない」
「ふえ?」
鳥取ちゃんと島根ちゃんは、せっかく貰ったアクセサリーを、押し付けるように茨城ちゃんに返しました。
「ど、どして?」
意味が分からず、困った様子の茨城ちゃん。
「そんな事より聞いてよ茨城ちゃん、鳥取ちゃんったらね、酷いのよ。傘の柄まで私の真似をするんだから!」
「あの傘は私の方が先に買ったんだもん。あとから真似して買ったのは島根ちゃんの方でしょ」
「姉御のアクセサリー……」
「ふーんだ。島根は神様がいっぱい集まる場所なんだから」
「ふーんだ。鳥取はいろんな漫画家を生み出してる場所なんだから」
「漫画家より神様の方が偉いもん!」
「その神様を描けるのが漫画家さんだもん!」
「…………」
茨城ちゃんはゆっくりとその場を後にし、再び東京ちゃんの席へと向かいました。
先ほどと同じく、机に伏せて眠っている東京ちゃんのスカートを引っ張ります。
「ねーねー、姉御」
「…………」
「姉御、起きてー」
「……んん?」
ふあっ、と欠伸をしながら起きる東京ちゃん。
「どうしたの、また何かあった?」
茨城ちゃんの頭をなでなでしながら訊ねました。
「あのね、島根ちゃんと鳥取ちゃん、これいらないって」
先ほど貰ったアクセサリーを机の上に置きました。
「そっか」と言いながら、そのアクセサリーを身につける東京ちゃん。
「どうしてだべな。これで真似っ子じゃなくなるのに」
「きっと二人とも、真似っ子してる方が好きなんだね」
「好き? でも喧嘩してたよ?」
「それは喧嘩してるように見えて、遊んでいるんだよ。本当に嫌いだったら、お互い相手にしないはずでしょ?
「千葉ちゃんと埼玉ちゃんみたいなもん?」
東京ちゃんは吹き出しました。
「だね。あの二人も、なんだかんだ言いながら、一番気にしている相手みたいだしね」
そう言われてもピンと来ない様子の茨城ちゃんは、口に指を当てて首を傾げます。
「うーん。みんなで仲良くした方が楽しいと思うけどなー」
「でも、競う相手がいるってすごく大事な事なんだよ? 『この人にだけは負けたくない』って気持ちが、身も心も成長させてくれるんだから」
「そんなもんかな?」
「そんなもんだよ」
キーンコーンカーンコーン、と六時間目の授業を知らせるチャイムの音が鳴り、教室のドアから歴史担当の天照先生が現れました。
「姉御、授業中は居眠りしちゃダメだべよ?」
「はいはい」
茨城ちゃんは自分の席に戻ると、机の上に置きっぱなしのノートをしまい、歴史の教科書を取り出します。
「ねえ、向こうで何の話をしてたの? なんか行ったり来たりしてたみたいだけど」
隣の席の栃木ちゃんが話しかけてきます。
「姉御と、競い合う相手がいるって大事な事なんだよって話をしてたべ。栃木ちゃんはどう思う?」
「うん、すごく大事な事だと思うよ。アニメでも漫画でも小説でも、ライバルがいない作品ってつまらないもん」
栃木ちゃんの分かりやすい説明に、なるほどなー、と感心したように頷く茨城ちゃん。そうなると急にライバルが欲しくなるから困ったものです。
でも、茨城ちゃんのライバルって誰だろう?
「…………」
「……?」
ジーッと栃木ちゃんを見つめる茨城ちゃん。
そして急に、
「栃木ちゃんなんて嫌いだべ!」
プイッと顔を背けてしまいました。
「ええ、どうしたの急に!?」
困った顔の栃木ちゃん。
ふふ、これでおらにもライバルが出来たべ。
心の中でほくそ笑む茨城ちゃんでした。
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