寿司の恩返し

寿司の恩返し

「あのとき助けていただいた寿司でございます」


 残業帰りの俺を待っていたのはいつも通りの暗い玄関ではなく三つ指ついた銀髪美少女で、疲労の余り帰る部屋さえ間違えたのか、さては幻覚でも見ているのかな、と目をゴシゴシこすって確認する間に彼女の口からこんな言葉が飛び出すもので、俺はくたびれ果てた頭を抱えてなんとか一言絞り出した。


「分かるように説明して?」

「ネタはマグロです」


 そうじゃない。


「たとえばここに罠にかかった寿司がいたとします」

「前提おかしくない?」


 俺の指摘に少女は首を傾げる。


「じゃあ路地裏で雨に打たれる寿司がいて」

「廃棄処分されたんだな」


 半額シールが貼ってあるんだろう。


「もしくは、ある日空から寿司が降ってきて」

「ネタとシャリバラッバラになるよね、それ? 助ける助けないとかの問題じゃなくない?」

「もう、どうして話の腰を折るんですか! エビですか、甘エビがよかったんですか!?」

「腰どころか頭だよ! 冒頭いきなりおかしいからだよ! そもそもなんでマグロなの!?」

「それは、その……」


 人差し指をつっつき合わせて頬を染める寿司少女(仮)。何かいいづらい事情でも――


「美少女がマグロなんですよ。据え膳ですよ。うまいことつけいる隙ができそうじゃないですか」

とか言ったな!? やっぱり寿司じゃねえだろテメー!」

「当たり前じゃないですか! お寿司が恩返しに来ると思ってるんですか!? 回転寿司でレールに乗った人生から救い上げた思い出でもあるんですか!?」

「なんでちょっと逆ギレ気味なの!? というかそこは常識あったんだ!? だったらどうして寿司とか言っちゃったわけ!?」

「し、仕方ないじゃないですか……。どうしてもあなたに近づきたかったのに、何のネタもなくって……」


 少女は艶々した銀色の髪をいじりながら口を尖らせる。


「ほう、ネタがない。つまりお前は――」


「あのとき助けていただいたシャリでございます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寿司の恩返し @yakiniku_tabetai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ