第21話「家族」

 二人は立川家から出た。父親に「車で行くか」と問われた猫戸が返答する前に、立川が「俺の歩行練習の為にも歩いていく」と言い切った。人に車を貸す事を拒む男が、人の車を借りたがるとは思えなかったからだ。猫戸はその立川の判断に関して、何も言わなかった。

 立川の案内で徒歩一〇分弱のスーパーに着くと、猫戸が買い物カゴの取っ手にハンカチを巻いて持った。隣を歩く立川から苦笑いが漏れる。

「うわぁ、プライベートでもしっかりそういうのやるんだ」

「やるに決まってんだろ」

「いや、俺はいいと思うよ。むしろ猫戸らしさがあって安心感がある」

 明るく言う立川に向かって、猫戸は冷めた様子で言った。

「今更だろ、無理に肯定すんな」

立川は苦笑いをしながら、ちょこちょこと買い物メモを見て歩いている。それを猫戸が覗き込んだ。やや屈んで松葉杖を突く立川の顔の前に、猫戸の耳が近づいた。猫戸はメモを眺めてから体勢を戻すと「この内容だと、ぐるっと回らないと駄目だな」と呟く。立川は素っ気なく「そだな」と言うとすぐに歩き始めた。

 秘書を務める猫戸のナビゲーションは、買い物でも完璧だった。スーパー全体のどこに何があるのかを即座に把握し、頭に入れた買い物リストの内容をテキパキとピックアップする。

 立川は猫戸に付いて行きながら、改めてメモを見た。

「あ、最後にコーラって書いてある……明らかに龍二が書き加えたな」

「ははは、あの年頃だとそういうの好きだよなぁ」

「これ、俺らが持って帰るっていうの理解してんのかな」

 立川は眉を下げて苦笑する。そうして、清涼飲料のコーナーで1.5リットルのコーラをカゴに入れた。


 二人は頼まれた全てをカゴに納めると、レジへ向かった。立川が支払い、猫戸が袋に詰めている。その時立川がふと気づいた様子でスーパーの陳列棚を振り返った。

「――あ、ごめん猫戸、買い忘れあった」

「え?あ、うん」

 立川が松葉杖を突きながら、入り口横のドラッグストアへ消えていった。

 ものの三分程で、立川が戻ってきた。笑顔で「ごめんな、待たせて」と言うなり、猫戸が袋に入れた買い物を自分のバックパックの中に押し込んでいる。それを見た猫戸が慌てて止めた。

「おい、いいよ俺が持つから」

「大丈夫だよこんくらい」

 そう言って、立川はコーラを始めとする重い荷物を背負った。


 だらだらと来た道を戻りながら、猫戸が時計を見る。――午後六時五〇分。流石に陽が落ちかけていた。二人の歩く横を、自転車が追い越していく。

「なあ、猫戸。質問していい?」

「なんだ」

「退院の荷物の中にあった、俺の『宝物』見ただろ?」

 猫戸は返答に詰まったが、今更「見ていない」という返答も不自然だ。小さく「おぉ」と、なるべく低く喉から声を出した。立川は空笑いをした。

「あれ、楠原さんが置いていっちゃってさぁ」

 猫戸が無表情で立川を見る。立川が「うっ」と言い淀んだ。

「別に、俺が買ったわけじゃないんだよ」

「――その割には、パソコンの上に置かれて使用頻度も高そうだったな」

 核心を突く猫戸の言葉に、立川はより一層汗をかいている。

「いやぁ、うん、どうだろうな、ハハハ」

「あーいうのが好きなのか?お前」

 猫戸が俯きながら言った。夕陽が猫戸の横顔を照らしている。いつもすぐに赤くなる耳は、夕陽のせいで既に真っ赤になっていた。立川がゴクリと喉を鳴らした。

「好きか嫌いかで言ったら、好き」

「……ふーん」

「猫戸は?」

「はぁ?」

「あーいうのはどう?」

「知らねぇよ」

 猫戸の声色は純度百パーセントの嫌悪感で構成されていたが、立川は退かなかった。

「お前、そうやっていっつも、エッチな話になると超オクテみたいな反応してるけど……一人エッチくらいするだろ?」

 立川にとってはただの疑問で、ただの質問だった。しかしそれを突然放り込まれた側の猫戸には、その質問を受ける準備など少しも無い。猫戸は口ごもり、怒りを含んだ眼差しを立川に向けた。

「だーめ。怒ってもだめー」

 立川がにやにやと笑って言う。

「なかなか二人きりになれないんだから、こういう時くらい、猫戸の色々教えてよ」

「嫌だ」

「どうして?」

「なんだよ、嫌だっつー気持ちに理由なんていんのか?」

「理由なんていらないよ、教えてくれたらいいだけじゃん」

 猫戸は唇をぎゅっと結んだ。

「――そんなの教えて何になるんだよ」

 口調に苛立ちが混ざる。立川が苦笑しつつ言った。

「俺は、猫戸の事なんでも知りたいよ。家族の事も、趣味も、エッチな事も、今まで聞いてなかった話を全部聞きたい」

 猫戸が黙った。特に言い返しもしてこない。立川が続ける。

「はい、ほら、お前のオカズ教えろって」

 さらに追求されて、猫戸は苦しそうに言葉を選び始めた。

「オカズって……そんなもんねぇし」

「え?エロ本とか買わないの?」

「買わない」

「動画派?」

 猫戸は首を振って否定した。立川が首を傾げる。

「じゃあなんだぁ?他にネタあるかなぁ?」

 小さくため息を吐くと、猫戸が言った。

「昔の経験を思い出したり……」

「――昔のって、あの中二の初体験のやつ?」

「それも、含めていろいろ」

「へぇ……」

 立川は意外そうな顔をして猫戸を見ている。猫戸は瞬きをパチパチと繰り返しながら、苦々しい表情で前を向いていた。立川が小さな声で聞いた。

「女子に、ほら、されたとき嫌じゃなかったの?」

「嫌に決まってんだろ」

「でもそれでしちゃうんだ?」

 立川の言葉に、猫戸は羞恥を抑えきれなくなった。立川から『嫌悪していた行為でも、性的に興奮するんだな』という言葉が今にも投げかけられそうだと思った。もしそれを言われれば、猫戸は立川を一人置いて、自分のマンションに帰る覚悟すらある。

 そんな猫戸の覚悟を知らずに、立川が嬉しそうに言った。

「猫戸が普通の人で良かった」

「――はぁ?」

「完全に性欲まで無いとかになったらもう聖人とか仙人じゃん」

 くだらない立川の感想を聞いて、猫戸は思わず唇を引いて笑った。

 まるで中学生のような性の話をしていると、早々に立川宅に戻ってきた。猫戸が門を開けてやると、立川がひょこひょこと進んでくる。猫戸の前を進みぎわに、立川が優しく微笑んで言った。

「さっきの話、俺と猫戸の秘密な」

「秘密にしなくたって、あんな事喋る相手俺にはいねぇよ」

 猫戸の言葉に苦笑いをした立川を、龍二が玄関先で出迎えた。 


 戻った二人は、和室にある大きな食卓の上に大量の料理が並べられているのを目前にして、立ち尽くした。サラダ、煮物、唐揚げ、スパゲッティー、酢の物など、食は国境を越え今立川家の中心に鎮座している。脈絡の無いそれらの料理は、一品の量も多かった。

「何人家族が食べるのこれ」

 立川が呆れたように言う。

「父さんと、ばーちゃんと、猫戸さんだろ、あと龍二と龍造は一般の四人換算で計算した」

 父親が言いながら箸を準備している。立川が慌てて言った。

「正月に、おせちで使ってた使い捨ての箸無かったっけ?」

「あるぞ」

「俺と猫戸はそれにしてくれない?」

「え?お前のはいつものあるし、猫戸さん分も客用箸があるけど」

「いや、今日は客の気持ちで参加したいんだよ」

 訳のわからない事を言い出した息子を怪訝な顔で見ながら、父親は「そうか」と言うと、食器棚を漁りはじめた。

 立川が松葉杖をキッチンに立て掛けると、すでに乾いている食器を再度洗おうと手を伸ばす。不可解な立川の動きに、父親が首を傾げている。

「なんだ、もうそれ洗ってるぞ」

「うん、まぁそうだけど」

 立川が答えを濁しているその横に、猫戸が進み出て立川に笑いかけた。

「立川、ありがとうな。でも、大丈夫だぞ俺」

「いや、お前……無理してないか?」

「無理してねぇよ、だって女将が準備してくれたんだろ?」

 その言葉に立川がぶふふと声を出して笑った。

「じゃ、いっか」

 そう言うと、立川は父親が用意した使い捨ての箸を大量に掴んでリビングへ戻った。使い捨ての箸を開けてすべての料理の横に添えると「今日はお客様が来てんだから、直箸じかばし禁止だぞ!」と仁王立ちで家族に言っている。龍二は涎を垂らす勢いで料理に熱視線を注ぎながら、気もそぞろに「うん」と返事をした。


 立川一家と猫戸の、ささやかなパーティーは本当にささやかにスタートした。立川が両足を伸ばして座り、その横に猫戸が着席する。立川の前には父親、猫戸の前には祖母が居る。龍二は卓の一番端に陣取ると、自由に動きながら、好きなおかずをピックアップしている。

「唐揚げ超うめー」

 瞳を潤ませて言う龍二を見て、皆が笑った。猫戸の前には、上品に皿に盛られたおかずが置いてある。使い捨ての箸を使って酢の物を口に運ぶと、猫戸は「おいしいですね、一人暮らしだとなかなか、酢の物など作らないので」と言って、祖母に笑いかけた。

「お口に合って良かったわぁ」

 祖母が嬉しそうに答えた横から、父親が猫戸にビールを勧めてくる。猫戸は笑顔でそれをコップに受けた。立川が白飯を食べながら、その光景をじっと見ている。白い泡が縁から盛り上がったコップを猫戸が手元に置きながら、そっと立川を見る。

「立川は、アルコールまだ駄目なんだろ?」

「いや、別に制限はされてないよ」

 それを聞いた父親が目を丸くした。

「じゃあ飲むか?」

「あー、少しだけ飲みたいんだよなぁ、沢山はいらないんだけど」

「よし、龍二小さいコップ持ってきて」

 龍二が立ち上がろうとすると、立川が突然言った。

「あー、猫戸のやつちょっとくれたらいいよ」

「え?」

「わざわざコップ用意するのもあれだし」

 父親がふと慌てたように口を開こうとした瞬間、猫戸が言い切った。

「嫌だよ」

「――ほ、ほら!猫戸さんもそう言ってんだろ!早く龍二持って来いって」

 ヘイヘイ、と適当な返事をしながら龍二が立ち上がり、すぐにコップを持って戻ってきた。小さなガラスのコップに注がれたビールで、立川はまた家族全員と猫戸に乾杯をした。


 宴会は盛り上がった後、自然と大人たちの飲み会になった。立川は明らかに以前より酔いが回りやすくなったようで、赤い顔をしながら声を上げて笑っている。龍二は同じリビングで、胡座をかいてテレビに釘付けになっていた。

 話題は自然と立川の事故の話になる。希少価値のある銘柄の日本酒をちびちびと口に含んで、父親が言った。

「相手の保険屋はなんて言ってるんだ?」

「信号の変わり際だったのと、スピードを上げて進入したって事で、全面的に否を認めてる。特に、揉めてはないよ」

 立川はお猪口に注がれた日本酒を飲んだ。

「正直なところ、全然記憶が無くてさぁ……猫戸、覚えてる?」

 突然話を振られて、猫戸は驚いた様子で立川を見た。

「なにを?」

「だから、俺が事故ったときの様子」

 猫戸はごくりと唾を飲み込んだ。決して忘れていない、忘れられない光景が頭の端にこびり付いている。一瞬ちらりとそれに意識を向けただけで、猛烈な恐怖や悲しみが沸き上がってくる。感情を乱されるシーンを単純に言葉にする事は容易ではなかった。

「そ、うだな……梨花ちゃんが向こう岸にいて……俺が名前を呼ばれた気がして」

 ぽつぽつと語り始めた猫戸を、父親、祖母と立川本人がじっと見ていた。猫戸が眉を寄せて空笑いを浮かべる。

「顔を上げたら、横断歩道を梨花ちゃんが走って来ようとしてて……でも向こうからトラックが来てるのに気づいたから」

 一瞬猫戸の声が裏返った。

「行こうとしたら、肩をこう、グイっと捕まれて、立川の背中が見えて……」

 猫戸の声が震える。真っ白なシャツを着た立川の背中が小雨の中に消えた事が脳裏をよぎる。白いシャツはあの時同様、目映まばゆく目を刺した。

「――すみません、私も、覚えていなくて」

 震える唇でそう言った猫戸の瞳から、ポタリと滴が落ちた。瞬時に俯いた猫戸は、それが誰にも見られていなければいいと考えていたが、隣にいた立川は「いいよ」と優しく告げると、正座をしていた猫戸の膝に手をそっと置いた。テーブルの下で、それは辛うじて二人だけが共有する感情だった。

「猫戸さんだって怪我してたものね、無事で何よりだったわよ」

 祖母の言葉に笑顔で頷いた猫戸は、膝に置かれた手の暖かさに救われていた。

「あはははは」

 テレビを見ていた龍二の笑い声が無邪気に響く。テレビ画面の中では、人気芸人が来週の放送内容を告げていた。時刻は二十二時を回りそうだった。

 立川がバランスを取りながらゆっくりと立ち上がった。皆から声を掛けられる事を察知して、先に「トイレ」と告げると、松葉杖を持ってのろのろと部屋から出て行く。

 祖母が、ゆで落花生を手で剥きながら笑顔で言った。

「本当にねぇ、猫戸さんには色々してもらって、もう一人孫ができた気持ちよ」

 父親が吹き出して「俺じゃ猫戸さんみたいな上品な息子には育てられなかっただろうな!」と笑っている。猫戸は、まさに家族へ向けるような純朴な笑顔を浮かべた。

「皆さんの期待に応えられるくらいの、龍造くんみたいな根性は、私は持ってないですよ」

 猫戸の返しに笑いが起こる。その流れで、祖母が言った。

「猫戸さん、今日泊まっていったらどう?」

 普段よりも酒量が増えていた猫戸は、反応が鈍くなった視線を祖母に向け、瞬きをした。祖母の言葉がいまいち頭に入って来ない。

「客間にお布団敷くから」

 聞いた内容を頭で処理して、猫戸の身体はぞわぞわと反応し始める。酔っていても、根底の潔癖症は全てを忘れさせてくれない。心臓が早いリズムを刻み始めた。

「あの、私、他人ひとの家に泊まるのは、幼少期以来くらいの事なもので……」

 猫戸の動揺を遠慮と取ったのか、父親が「大丈夫!」と大きく言って、親指をぐっと立てた右手を猫戸に突きつけながら続けた。

「旅館タチカワだと思ってゆっくりしてくださいよ!」

 それを聞いた瞬間、思わず猫戸は吹き出した。その時、立川が戻ってきた。腹を抱えて「あははは」と笑っている猫戸に向かい、引き戸の入り口に凭れて立ったまま「どしたの」と声を掛ける。

「た、たっちかわ!お、おと……おとうさんがっっ」

 ヒィヒィと息をしている猫戸を見つつ、立川はちらりと父親に視線をやって言った。

「何これ、猫戸がこんな事になってるの初めて見た」

 その言葉には、極めて細微な嫉妬が顔を出している。父親はその感情に気づく事無く、つられて笑っている。

「そうなんだよ、なんかすっごいウケちゃって」

「猫戸、大丈夫?」

 猫戸が目元に浮かんだ涙を拭って、息を整えながら言った。

「あっはは、お父さんが、旅館立川って、言ってて……」

「うん?」

 立川がゆっくりと近づくと、また猫戸の隣へ腰を下ろした。酔いと笑いで真っ赤に染まった顔を立川に向けた猫戸は、肩で大きく息をして必死で笑いを堪えようとしている。祖母が楽しそうにそれを見ていた。

「龍造、ばーちゃんがね、猫戸さんに泊まっていったら?って聞いたの」

「えっ、マジで?」

 すぐに立川の瞳がじっと猫戸に向けられた。

「いいの?大丈夫なの?」

 続けざまに言われた質問に、猫戸は笑いを殺しながら「大丈夫、じゃ、ない」と首を振ったがその否定は説得力が皆無だ。

 立川は未だに呼吸を整えようと喘ぐ猫戸を真面目な顔で見詰めた。

「猫戸、俺が入院の時に買った新品のトランクスが余ってる」

「ちょっと、ま、待って」

 ヒィヒィと喉を鳴らす猫戸を尻目に、立川が龍二の背中へ声を掛ける。

「龍二」

「んー?」

「お前新品のパジャマとか持ってない?」

「ないよ」

「そっかー……俺もパジャマとかジャージは全部使って来ちゃったしなぁ」

 立川は困った様子でボリボリと頭を掻いている。父親が立ち上がると、食器を片付け始めた。息を整えた猫戸がそれに気づき立ち上がろうと重心を変えた時、立川が小さく言った。

「何としてでも泊まってもらうぞ、猫戸」

 猫戸の顔の赤みは、みるみるうちに増した。何も言えず唇をぎゅっと横に引いた時、龍二が二人を振り返って見た。

「そういや、体育祭で俺のチームが作ったTシャツなら、新品あるよ」

 立川が光の速さで弟へ手を伸ばし、頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「龍二でかしたぞリュウジ――ッ!」

「うわ、なんだよ!さわんな!」

「兄ちゃんがハグしてやろう、ハグ」

「きもい!」

 言い捨てて龍二が立ち上がると、バツが悪そうに視線を逸らし、大人たちが飲み散らかした酒器を片付け始めた。文句一つ言わず動く龍二を見た猫戸の前に、家族で協力し、互いを思いやって笑顔で生活する立川家の姿が浮き彫りになる。猫戸の胸がぎゅうと傷んだ。

「俺も――手伝わねぇと」

 その光景から視線を逸らさないまま、猫戸は言って立ち上がった。恐る恐る、自分が使ったグラスと、落花生の殻が入った木製の菓子鉢を持ってキッチンへ向かった。食器を持ってきた猫戸の姿を見るなり祖母が「いいのよ、猫戸さんはゆっくりしてて」と言う。龍二が猫戸から食器を受け取った。

 父親がキッチンから和室を覗き込む。

「おい、龍造、客間に布団敷くの手伝ってくれ」

「あー、うん!」

 元気いっぱいに応えると、ひょこひょこと立ち上がって松葉杖を突き、キッチンへ現れる。客間へ向かう父親の後に続きながら、立川がウキウキした様子で言った。

「あー、もう俺客間の常連だなぁ」

「ん?何言ってんだ?」

「え?だから、俺の部屋もう無いし、こんなに客間に泊まる日が来るなんてなぁ、って思って」

 父親はきょとんとした顔で上機嫌の息子を見た。

「いや、お前は龍二の部屋だぞ」

「――はぁッ!?」

「お前、床に寝たら起きるのいちいち大変だろ」

「龍二の部屋なんか二階にあるじゃん、トイレとか辛いよ!」

 立川の言葉に耳を貸す事無く、客間に着いた父親は収納から布団を引き出した。

「ほら、奥から引っ張ってくれって」

 子供じみたふくれっつらで立川がノロノロと手伝う。父親が呆れて言った。

「さっきは歩行訓練がどうとか言って張り切って買い物行ってたじゃないか。二階から降りる歩行訓練だと思え」

「なんでだよー、べつに客間でいいのに」

「猫戸さんがいるだろ」

 立川は思わず『だからいいんじゃないか』と言いそうになり、グッと堪えた。

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