その2 バレンタインのチョコ売場

なおちゃんは18歳になった。


なおちゃんちはあまり裕福でなかったので、大学の費用はできるだけ自分で捻出するように言われていた。ルールは厳格で、大学入学時に100万円出す。以上。なおちゃんの計算だとどんなに学費が安い大学でも1、2年分の学費にしかならない。

とりあえず学費の安い国公立を受けたら、推薦入試でぽっこり合格した(担任の先生が本当に「ぽっこり合格」と言った)。しかし、なおちゃんがよく考えずに受けたその大学は200キロ離れた山中の公立大だった。なおちゃんは予定外に一人暮らしをすることになり、全力で稼がねばならなくなった。


短期・近さ・時給などを真剣に検索して、1月からバレンタインまでのバイトに面接に行った。なおちゃんちから電車で10分の繁華街にあるデパートの催事場で、バレンタインフェアが開催されるのだ。いつも家族で行くデパートだし、時給も1000円だし、これはいいなと思った。


まず、売り場に入る前に研修があった。30人ほどが集められ、揃いのトレーナーを渡された。デパートの研修室みたいところで、みんなで挨拶や包装の練習をした。一緒に働く人はみんな大学生で、高校生のなおちゃんはちょっと大人になった気分だった。


売り場に出る日がやってきた。まず、いつも行くデパートの通用口から入るというのに興奮した。デパートの裏側を知る!密着24時!という気分だった。仕事はさほど難しくなく、売り場の社員さんの指示のもと賞味期限や値段などお客さんの質問に答えて、時にはレジを打ち、包装し、チョコが足りなくなったら屋上の倉庫に取りに行くという繰り返しだった。


社員さんには、デパートの社員さんとメーカーの社員さんがいる。なおちゃんが働くのは大手の製菓メーカーで、売り場も広かったので社員さんもたくさん応援に来ていた。密着24時の取材中気分で、社員さんが「魚売り場のイケメンが」などと話していることを盗み聞きして魚売り場を見に行ったりした。

しかし、なおちゃんが最も衝撃を受けたのは夜だった。デパートの地下で催事は行われるが、全てをショーケースに入れられないので出している商品は段ボールにつめる。しかし、朝になるとそれがかじられているのだった。鼠がいるのである。社員さんによると、古くから地下街があるこの街の鼠は猫ぐらいあるらしい。ある夜に、商品を段ボールにつめて帰ろうとした時遠くで猫のような影を見た。でかかった。なおちゃんは恐怖のあまり小走りで帰った。


2月に入り、戦場のような忙しさがやってきた。お客さんは山のように押し寄せて、売っても売ってもチョコが売れる。ちょうど高すぎず安すぎない、ブランドではないがコンビニには売っていないチョコレートは義理チョコにちょうどいいようで、何十と買っていく人がたくさんいた。クラブのママさんみたいな人は100個ぐらい買って、リストを渡してきた。全部送るという。なおちゃんは社員さんと一緒に見知らぬおっさん宛の送付状を書き続けた。


もう学校は休みだったので、なおちゃんは毎日働いた。お昼ごはんは社員食堂で食べるのだが、休憩時間は30分しかなかった。5分でも戻るのが遅れると社員さんにものすごく怒られる。一度デパートに買い物に来たお母さんが怒られている現場を目撃してショックで泣いたほどだが、なおちゃんは忙しすぎて麻痺していたので「怒られたな〜」と思っただけだった。チョコを売る、倉庫に走って取りに行く、そしてまた売る、ひたすらこれを繰り返した。10連勤め、バレンタイン直前の頃には一緒に働く大学生が「やってらんね〜!」と怒り出して、倉庫で生チョコを盗み食いしだした。なおちゃんは、それはダメなんじゃと思ったが、1つくれたチョコがあまりにもおいしかったので、何も言えなくなってしまった。


そしてとうとう、14日がきた。バイト仲間はみんな、達成感を持って最終日を迎えた。打ち上げをやろう!とリーダー格の大学生が誘ってくれて、なおちゃんもソフトドリンクで参加した。いつの間にかバイト仲間の中で二組もカップルができており、なおちゃんは驚愕した。なおちゃんが生きることで精いっぱいだった2週間の間に恋が生まれていたとは…!

しかし何とか生きのびて、バイト代12万円を受け取ったなおちゃんは十分満足だった。


なおちゃんがチョコ売場で学んだこと

・デパートの裏側(闇にうごめくモンスターの存在)

・意外と不正に甘い自分


なおちゃんがチョコ売場で学べなかったこと

・グループ内恋愛に気づく観察力

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