なおちゃんのバイトクエスト

宮原にこ

その1 弁当屋

なおちゃん17歳のときのこと。


バイトをしよう!と思った。「受験勉強に集中するから」と部活をやめたが、まだ2年なのに受験勉強なんてはかどるわけない。単に部活がもう嫌になったのだ。面白い先輩たちもいなくなって、あんまり仲の良くない真理がキャプテンになった。楽しくないのに続ける義理もない。時間もあるしお金もない。これはバイトをするしかない。


なおちゃんはまあまあ真面目なので、お金も欲しいけど何かを学ぼう!と思った。何かはよくわからないけど、いろんな世界を見てみよう。きっと将来の役に立つだろう。


初めてのバイトは弁当屋にした。

なんで弁当屋なのかというと、高校生でも時給がそこそこもらえたし、家から3分だったし、弁当の残りを貰えそうだったから。とんかつとかもらえるのかな〜。わくわく。


眼鏡の店長はやけに髪がさらさらで、おっさんなのにさらさらって何なんだって思いながら初日を迎えた。

弁当屋でまず学ぶのは、ご飯の盛り方だ。しゃもじでだいたい入れてはかりで180グラムになるよう調整する。こういうの、なおちゃんは得意だった。ちょうどぴったりになるとおばちゃんにほめられて嬉しい。弁当屋ではお昼のおばちゃんが全権力を握っていて、昼は店長が小さくなっている。なおちゃんたち学生が行く夜になると店長はのびのびしている。店長も大変だなと思った。


お店に行くと、揚げ物の数を確認して、ないものを揚げる。お客さんが来たらご飯を盛っておかずをつめる。暇なときは弁当箱につけあわせのお漬物やポテトサラダをつめる。ちなみに最も難易度が高いのは親子丼。卵が固くなりすぎると美味しくなさそうになってしまう。そしてまたお客さんが来たらご飯を盛っておかずをつめる。その繰り返し。そしてお店を掃除して、閉める。5時から9時。時給780円。体育会系女子高生のなおちゃんは衝撃だった。部活より百万倍楽なのにお金をもらえるなんて…!


一緒にバイトをしていたのは近所の女子大生、ようこさん。ようこさんは何というか、ちょっとアホで可愛いひとだった。茶色い髪がふわっとしていて、すぐに顔が赤くなる。体育会系女子高生のなおちゃんは、店長やおばちゃんに指導されるとき「ハイッ、わかりました!」「なるほど!」といったリアクションだったが、ようこさんは「そうなんだあ」とか「わかんない」とか言った。けど別に、サボるわけではないのでなおちゃんは嫌いではなかった。期末テストの時、休ませてほしいと店長に言うとようこさんも「私も大学の期末テストだから休みたい」と言った。店長は「高校生の期末テストと大学生の期末テストは違うでしょ。なおちゃんはいいけど、ようこさんはダメ」と言って、ようこさんは顔を赤くして「ひど〜い」と言った。ようこさんちは普通の家に無理やり増設したクリーニング屋をやっていて、なおちゃんはバイトを辞めたあとも前を通るたびにアホっぽいようこさんのことを思い出した。


そのうち新しいバイトの人がきた。さわだくんは工業高校生。なおちゃんの中学の同級生だった。さわだくんは中学ではおとなしく目立たない存在だったので、話したことがなかった。話してみるととても考えがしっかりしていて大人だった。なおちゃんが高校生になったと同時に、様々な同級生が様々な高校生活を送っているんだなと思った。


なおちゃんは高3で受験勉強が本格化するまで弁当屋のバイトを続けた。ある日突然、店長が変わった。ようこさんも辞めた。何で店長変わったんですか?となおちゃんが聞くと新しい店長はモゴモゴと言葉を濁した。新しい店長は悪い人ではなかったが、残った揚げ物を持ち帰るのが禁止になり、なおちゃんは心からがっかりした。しかしまあ、すぐにやめることもないかなと思いしばらく働いたのだった。


なおちゃんが弁当屋で学んだこと

・ご飯をはからなくても180グラムぴったりに入れる技

・中学の評価は人生において全てではない


なおちゃんが弁当屋で学べなかったこと

・店内不倫を見ぬく観察力

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る