対外試合 2

『よろしくお願いします!』

「……うらやましいな」

試合当日、相手の天久女子学院を見て率直な感想がそこだった。倍以上はいる部員数に少数の俺らはそう感じてしまった。


「監督、お前の助っ人とやらはまだか?」

千秋さんだけは何故か俺のことを監督と呼んでいる。

「いや、もうすぐ来ると思うけど」

学校の場所は伝えてあるし、今どき携帯のマップを使えばそう迷子になることは無いはずだ。


選手たちのアップを見ながら俺は顧問同士の会話をボッと眺めている。本来なら俺も三船先生と一緒に挨拶でも行くべきなんだが、先生同士のことを気にする必要はないと追い出されてしまった。

(うーん、勢いはあるけど教育者としては優秀だよな)

三船先生のことを見直してしまう。


「藍原くんは彼女たちのところに行かなくていいの?」

「いや、俺は選手じゃありませんから。試合前にリラックスさせてもらいますよ」

疲れた様子も見せない先生が俺の横に腰掛ける。

「先生こそ貴重なお休みなのにありがとうございます」

「そんなこと気にしなくていいのよ。それに普段は生徒たちで頑張ってるからそれなりに楽をしているのよ?」

愉快に話すが、それは職務怠慢と言うのではないだろうか?


「はぁ……はぁ…兄さん、間に合った?」

「遅刻だな」

後ろから声が聞こえてくるが、慣れ親しんだ声なので俺は振り向かずに答える。

「あら、例の助っ人って言うのは妹のこと?思ったより爽やかなのね」

ようやく後ろを振り向いて確認するとユニフォーム姿で額に汗が滲んでいるところを見ると走って来たんだろう。

「ほら、息を整えて彼女たちのキャッチボールに混ざってくるといいよ」

「あぁ、分かってるよ。荷物ここに置いて置くから」

大きめリュックとショルダーバッグをベンチに置いていき、グラブを取り出すと初対面の彼女たちの方にまた走って行った。


「……わざわざ来てもらったのに冷たいのね」

「意外と厳しい評価ですね。まあ大丈夫です試合が終わってから労いますから」

彼女というよりもの性格はそれなりに把握している。走ってここまで来るぐらいだし、よっぽど野球をしたかったんだろう。

真琴まことも年上と対戦出来るのが楽しみだったんでしょう」

「そうなのかしら?」

「あいつ兄から見てもひいき目無しでも上手いですからね」

同世代だとどうして頭一つ抜けた存在だからこういう機会は滅多にないからな。


「助っ人って妹さんのことだったんですね!」

アップを終えた光たちが戻るとさっそく真琴のことについて聞いてくる。

「俺が呼べる助っ人って真琴ぐらいだし、それに上手かっただろ?」

実際真琴のプレーを見ていて思うところがあったのか誰も文句を返してくる人はいない。

「ちょっと兄さん、そういうのはいいからさ」

照れくさそうに真琴が言う。

「……宗輝コーチに爽やかを足したら妹さんが生まれるんですね」

小春先輩、小声でも言っても聞こえてるからな。


「スタメンは昨日言った通りだ。真琴の出番は六回以降、美智瑠さんが崩れたらその限りでもないけどな」

「ボクの活躍で完投させたくなったら素直に言っていいからね」

煽るような言い方をしたが、この調子なら大丈夫そうだ。

「俺はいい結果だから負けても満足という形にはしないからな。やるからには勝つ、それだけの練習をして来たから自信を持っていこう」

『はい!』


(思ったよりも早くに試合が出来る。これは神様からのきっと贈り物のはず)

キャプテンとして相手チームとメンバー表の交換と攻守決めを行うために主審のところに集まる。余談だが、小春の信仰心が間違った形で発展したのが今の千秋だ。

「今日はよろしく頼む」

「よろしくお願いします」

相手チームのキャプテンとメンバー表を交換してから握手をし、攻守をじゃんけんで決めた。

「私たちは先攻をもらうよ」

(……負けました)

無情にも自分の手元を見るとパーとなっていた。

「私たちは、今年こそは全国を狙っているからな。今日も本気で望ましてもらうよ」

(……全国?あれ、もしかして強豪というやつですか?)

何とも言えない不安に包まれながらも三塁ベンチに戻って行く。


「……あの、後攻になりました」

「うん、ありがとう」

小春先輩からメンバー表を受け取るも何故か顔色が優れない。

「小春先輩、風邪でもひきました?」

「そんな簡単にひきませんよ!」

妹たちから冷たい視線を浴びているが、体調を崩しやすい人なんだろうな。


「今日の相手チームって、もしかして強豪校というやつですか?」

「小春は知らなかったのか?」

同級生の尚美先輩からさも当たり前のように発言した。

「大会にはだいたいベスト4には入るチームだし、全国大会に出場した経歴もあるぞ」

「あわわ、ど、どうしたら良いのでしょうか!?」

見る見るうちに小春先輩の表情が悪くなっていく。

「気にすることはないよ。そういうチームは遅かれ早かれ戦うはずだし、うちには隠すものは何もないからね」

俺も初めて聞いたけど、これだけのチームなら女子野球を知るいい機会だ。


「宗輝の言う通りだ。それに薫は相手から推薦も貰えるぐらいには実力があるしな」

「やだなー先輩、昔の話ですよ。それに大体みんな高校は兎も角それなりに推薦を貰っているんだから」

したり顔で言う尚美先輩の発言を薫さんは珍しく照れくさそうな表情で返す。

「姉上、心配しなくても私がしっかりと結果を残して勝利を届けます」

「ふははは、私もやる!何を具体的にと言われたら困るが物凄くやるぞ!」

「……二人とも、そうだよね。私もキャプテンとしてみんなを引っ張って見せるよ」

小春先輩もようやくやる気を取り戻した。


「今日が初陣だからって気負うことはないよ。ただ目の前の相手を倒すことに集中して行こう」

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