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 それは正真正銘の、UFOだった。

 直径は軽く百メートルはある。厚みは、三十メートルほどか。滑らかな、銀色の皿を二枚、重ねたような形状で、どこにも継ぎ目はなく、音もなく宙に浮いていた。

 僕と、絵里香の視線に気づいて、伊藤も、集まっているレポーターたちも、次々と空を見上げだした。

 見上げた途端、一様に驚愕の表情を浮かべ、黙り込んだ。

 あまりに驚くと、人は黙ってしまうらしい。徐々に喧騒は止み、静寂が支配した。

 UFOの中央部分が、シャッターの絞りのように丸く開き、そこから緑色の光がゆっくり、地上に向かって伸びた。光束は、明らかに、こっちに向かっていた。

 光は、僕と、絵里香、伊藤の三人に向かって伸びていた。

 僕は、ただただ、呆然と浮かんでいるUFOを見上げているだけで、何をどう、と考えることすら出来なかった。その時、僕の心理を正直に述べれば、伸びてくる光束を避けよう、という考えすら浮かばなかった。

 絵里香と、伊藤も同じだと思う。二人とも、僕と同じように、身動き一つせず、近づいてくる緑の光を、ボーッと見詰めていた。

 緑の光を浴びた瞬間、ふわりと浮き上がる感触があった。慌てて足元を見ると、僕の身体は、宙吊りになっていた。ぶらぶらする両足の間から、ポカンと上を見上げている報道陣、天宮奈々、月影留美の顔が見えた。

 左右を見ると、絵里香、伊藤の二人も、緑の光束に囚われて驚愕の表情を浮かべていた。

 上を見上げると、UFOが徐々に近づいてくる。というより、僕がUFOに近づいているのだが。

 UFOの丸く開いた入口は、さらに大きくなって、僕ら三人をすっぽり呑み込むほどになっていた。僕たちは、緑の光に包まれたまま、UFOの中に呑み込まれた。

 終始、音はなかった。

 内部に呑み込まれて、すぐ穴は塞がった。穴が消滅すると同時に、僕らを捕らえていた緑の光は消え、ぼんやりとした白色光に満たされた。気がつくと、僕らは平坦な床に横たわっていた。

 身動きすると、普通に動ける。

 まず最初に動いたのは、絵里香だった。

「ふん、面白いな!」

 ちっとも面白がってなさそうな表情で、絵里香は立ち上がり、周囲を見回した。僕も絵里香に倣って、周囲を見回した。

 真っ白な空間が広がっている。

 足元を見ると、影はなかった。ただし、床を踏みしめている、という感覚はあったので、宙に浮かんでいるのでは、なさそうだ。この感覚がなければ、一歩も動けそうになかった。

「信じられん……」

 伊藤が、呆然とした表情で呟いた。

 はっ、と伊藤は何か思いついたようで、内懐から拳銃を取り出した。

「やめとけ!」

 伊藤の動きを見て、絵里香が口を開いた。伊藤は、絵里香に顔を向けたが、何も言わず、拳銃の安全装置を外し、鉤金に指を掛けた。発射しようとしている伊藤は、歯を食いしばっているらしく、顎の筋肉が引き締まった。

 僕は発射音に身構え、両耳を手の平で押さえた。

 かちゃり……と、撃鉄が動いた。

 が、発射音はなかった。

 銃は不発だった。

 かちゃ! かちゃ! と、伊藤は何度も鉤金を引いた。が、一度も銃口から、火炎が噴出することはなかった。

「糞っ!」

 大声をあげ、伊藤は銃を持つ腕を振り上げた。

 投げつけるのか、と思ったが、伊藤は思い直したように、銃を内懐に仕舞った。

 伊藤は絵里香に向き直った。

「お嬢さん、どうして銃が機能しないと判った? それが判っていたから、俺が発射するのを止めたんだろう?」

 伊藤の問い掛けに、絵里香は頷いた。

「ああ、判っていた。不発かどうか、判らなかったが、銃が機能しないことは予想できた。なぜなら、おいらたちを拉致したのが、UFOという現象だからだ。UFOなど、この世に存在する道理がない。道理がないのに、存在する。これは矛盾だ。この矛盾を説明する論理的な説明は、たった一つだ」

「UFOが存在しない?」

 伊藤は不審の表情になった。

「だが、俺たちは、今、こうやって囚われているぞ」

 絵里香は薄笑いを浮かべた。

「お前は、千年後の世界からやってきた、タイム・パトロールだと言ったな?」

 伊藤は「うむ」と頷いた。

 絵里香は言葉を続けた。

「それじゃ聞くが、今から千年間に、UFOが存在したと、公式の記録に残されているか?」

 絵里香の反問に、伊藤は「あっ!」という顔になった。呆然となっている伊藤に向かって、絵里香はさらに続けた。

「そうだろう? 多分、今から千年の間に、UFOが公式に確認されていたなら、お前さんがあんなに驚くわけがない」

 絵里香の言葉に、伊藤は微動だにしなかった。

「ついでに言うが、おいらはタイム・パトロールなんてのも、信じちゃいない。お前は千年後の時間局から派遣されたと主張するが、それもおいらには信じられないな。もしかしたら、タイム・パトロールというのは、お前の妄想かもしれないじゃないか」

「何を言う! 俺は確かに……」

「待った!」

 絵里香は両手を広げ、伊藤を制した。

「お前が、タイム・パトロールだと言う証拠は何だ? おいらが納得できる、証拠を示せるか? さあ、どうだ!」

「当たり前だ! 俺が使った、この神経麻痺光線を発する器具はどうだ?」

 伊藤は、銀色の器具を示した。

 絵里香は肩を竦めた。

「さあ、どうだかな? 最新式のスタン・ガンでも、離れたところに細いワイヤを飛ばして、人間を痺れさせることが出来る。その玩具がどのような原理で動くか知らないが、同じようなものは、おいらだって作れる」

 伊藤は口惜しそうな顔つきになった。ぐいっとスーツの袖をまくると、僕らに向かって腕時計を示した。

「これはどうだ! 腕時計に見えるが、これは小型のタイム・マシンだ。俺はこのタイム・マシンで、三十一世紀から、この時代にやってきた!」

 絵里香は吠えた。

「それじゃ、そのタイム・マシンで三十一世紀へ戻ったらどうだ!」

「よし!」

 伊藤は腕時計の周囲にある、小さな突起を指先で素早く叩いた。

 何も起きない。

 伊藤の顔が焦りに真っ赤になり、何度も腕時計の突起を操作した。何度も何度も。

「くくくくく……!」

 伊藤は、呆然と立ち竦んだ。

 嘲笑の表情を浮かべている絵里香に対し、伊藤は詰問した。

「おいっ、お前はなぜ、タイム・マシンが作動しないか判っているのか?」

 絵里香は急に、真面目な表情になった。きりっと肩を動かし、僕に向かい合った。

「理由は、啓太にある! このUFOも、啓太が出現させたようなものだ」

 僕は呆れて、両手を挙げた。

「そんな馬鹿な! さっきも、絵里香は僕がすべての原因だとか、言っていたけど、どうして僕がUFOを呼び出せるんだ?」


 ──それは、わたしが説明します──


 突然、周囲に〝声〟が響き渡った。

 アニマが僕に語りかけたときのような〝声〟に似ていたが、遥かに迫力があって、僕は思わず、居住まいを正したほどだ。同じ〝声〟は絵里香、伊藤にも届いたようで、二人とも〝声〟が聞こえた瞬間、びくっと身を震わせていた。

「誰だっ!」

 伊藤は役に立たないと判っている拳銃を、本能的だろうが、内懐から瞬時に抜き取り、身構えていた。

 僕もまた、周囲を見回していた。

 と、僕の目の上、空中二、三メートルほどの場所に、一人の少女を見つけた。

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